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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜群青の調毒士〜
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血星療法

 白い廊下に白い壁。清潔感に溢れる空間は、病院特有の臭いが鼻をくすぐる。

 莉一の家に泊まった翌日の午前八時半頃。奏楽は白衣を身に纏い、咲良病院へと赴いていた。

 長い廊下を歩いている奏楽の手前には、ナース服に身を包んだ春桜家の女性が一人、奏楽の案内役をしている。


「この先が優里亜ちゃんの病室です。今朝の検査結果はこちらに。前回試した薬の効き目はあまり芳しくありませんでした」


 手短な報告を受けながら、書類を受け取り確認する奏楽。その書類からわかるのは、優里亜の身体を蝕む毒が増殖し続けているという事実ことだ。


「ダメでしたか……優里亜ちゃんの容態は?」

「どんどんと意識が混濁していってるようで、危険な状態かと……」

「……あんまり酷いようなら血星けっせい療法をするしかありませんね〜」

「っな!?」


 慌ててナースが奏楽の方へと振り返る。その表情は「あり得ない」とでも言いたげに、焦りが滲み出ていた。


「ご、ご冗談ですよね!?」


 そうであってくれと願うような確認の言葉だが、対する奏楽はあっさりと「本気ですよ〜」といつもの調子で言い放った。


「お、お考え直し下さい!優里亜ちゃんは貴人ではありません!凡人です!奏楽様が御身を削られる必要などございません!!」


 必死で止めるナース。

 奏楽達の言う『血星療法』とは、一種の応急処置のことだ。

 亜人から攻撃を受けた場合、被害者の身体には、その亜人の星力が必ず残る。亜人の毒など、正に星力の塊みたいなものだ。血流に紛れて、亜人の星力どくが被害者の身体全体を流れているのである。

 その特性を利用して、更に強い別の人間の星力で、亜人の星力を相殺させることを『血星療法』と言うのだ。

 星力とは本人の身体全体……血や肉、涙など全てに宿っている。その為、まずは貴人か亜人から血液(一番効率が良いから)を採取し、特別な機械を用いて血液の中に満遍なく宿っている星力を一箇所に集める。星力がより濃く集まった部分のみを取り出して、患者の身体に点滴の要領で注入する。手順が少しだけ似ている為、『血清療法』をもじって『血星療法』なのだ。

 しかし、この治療法の問題点は血液を提供した者の負担が激しいことにある。

 体内を巡る亜人の星力を相殺する為に必要な血液の量が半端じゃない為、重度の貧血に陥りやすい。その上、しばらくの間星力が一切操れなくなるのだ。つまり、異能は勿論、治癒術や身体能力の補助なども使えなくなる訳である。

 一般の貴人がボランティアでしたり、ガーディアンに生け捕りにされた亜人を使ってしたりするのが一般的で、いつ緊急任務要請が来るかもわからない北斗七星が積極的にすることではなかった。


「『凡人』って……むしろ凡人だからするんですよ?もし優里亜ちゃんが貴人だったら、血星療法は使えませんでしたからね〜」

「それは……そうですが……」


 歯切れが悪くなりながら、ナースが奏楽の言葉を肯定する。

 血星療法は簡単に言えば、他人の星力を自身の体内に入れる行為であるから、患者が貴人であった場合、絶対に使うことができない治療法であった。

 その為、優里亜が貴人ではなく凡人であったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。まあ、貴人であれば自身の星力で多少の中和ができたであろうが……。


「まあ判断は優里亜ちゃんの容態を確認してからですね〜」

「……容態が悪かった場合、本当に血星療法をなさるおつもりですか?」

「そうなりますね〜。心配しなくても、ちょっと星力が操れなくなったぐらいで闘えなくなる程柔じゃないですよ〜。貧血だって、北斗七星ならそんなに血液量必要ないですしね〜」


 笑って告げる奏楽だが、未だ納得いかないのか眉を顰めているナース。しかし奏楽の性格は知っているらしく、これ以上反論する気はないようだ。

 そうこうしている内に、優里亜の病室へと辿り着いた。


「失礼します〜」


 ソッと扉を開けて中に入ると、奏楽は優里亜の寝ている寝台へと近付いた。

 奏楽の表情が少し歪む。

 優里亜の状態は想像以上に悪かった。

 血の気の引いた顔色は青白く、汗で濡れている。固く閉ざされた瞼に、浅い呼吸。毒の進行が速いのだろう。

 奏楽は静かに、汗で額に張り付いている優里亜の前髪を払ってやった。


「……せ、せんせ……?」


 優里亜の瞳が開かれる。奏楽は優しく微笑んだ。


「はい、医者せんせいですよ。おはようございます、優里亜ちゃん。気分はどうですか?」

「……ぐる、ぐるする……くるし……ね、せんせ……ゆりあ、しんじゃ、のかな?……」


 じわりと優里亜の瞳に涙が滲む。当たり前だ。まだ九歳の女の子が未知の毒に侵され、命の危険に晒されているのだから。

 奏楽は「大丈夫です」と優里亜の頭を優しく撫でた。


「昨日、優里亜ちゃんのお兄さんに会ってきたんですよ。優里亜ちゃんの言ってた通り、優しいお兄さんですね。優里亜ちゃんの毒を治そうと、とっても頑張ってました。……だから大丈夫です。優里亜ちゃんはきっと元気になりますよ」

「……ほんと……?」

「はい」


 にこやかに頷く奏楽に、優里亜も少しだけ笑顔を取り戻す。


「……ね、せんせ……せんせ、は、お兄ちゃ、と……ともだち、なの?……」


 ハクハクと息を繰り返しながら尋ねてきた優里亜の質問に、奏楽は少しだけ固まった。

 友達かと聞かれたら、どう考えても奏楽と透は友達ではないだろう。昨日会ったばかりだし、そもそも透は奏楽のことを嫌っているに違いない。

 しかし、奏楽は変わらず笑顔でこれに答えた。


「はい。お友達ですよ〜」

「……だ、だったら……おねがい、きいて、くれる?」


 優里亜が真剣な眼差しで奏楽を見つめる。余程の願い事なのだろう。

 奏楽は内心首を傾げながらも、「はい、ボクにできることなら何でも言ってください」と快諾した。


「……あのね……お兄ちゃ、にね……あいたい、て……おみま、い……きてほし……て、つたえて……」

「!」


 優里亜の願いに、奏楽はハッとした。

 今思えば、二人だけの家族にも関わらず、透は一度も優里亜の見舞いには来ていない。


 ……透さんが病院に来ないのは、解毒剤を作る為でしょうけど……。


 どんな理由があれ、唯一の家族に見舞われないのは悲しいことだろう。

 ほんの一瞬憂いだ表情を見せた奏楽は、すぐに安心させるような笑みを浮かべて「はい」と首を縦に振った。


「任せてくださいな。必ず透さんに伝えます」


 奏楽の応えに、再びニコッと笑う優里亜。滅入っていた心が少しは元気になってきたらしい。


「なら透さんが来た時、笑顔でお出迎えできるよう、今日は特別な薬を用意しましょうか」

「……お、くすり?……」

「はい。少しだけチクッとしますけど、頑張れますか?」

「うん……」

「良い子ですね。偉いですよ〜」


 そう言って、優里亜の頭をもう一度撫でると、奏楽は「それじゃあ、薬の準備してきますね」と優里亜の病室を後にした。



 *       *       *



「血星療法の準備、お願いします」

「……本当になさるんですか?」


 空いた診察室に入った奏楽はすぐに周りにいるナース達に指示を出した。

 しかし、どのナースも動作に入ろうとしない。

 案内役をしていたナースが否定的な目で奏楽を見つめていた。


「……やりますよ。今やらなくちゃ、優里亜ちゃんの命は後数時間しか保ちません」

「……それはわかっています。しかし……奏楽様が御身を犠牲にしてまで助ける価値が、あんな少女にありますか!?星天七宿家の貴人ならともかく、貴人ですらない凡人に……!」

「…………」


 ナースの言葉を受けて、奏楽はゆっくり周りを見回した。どのナースも口にしていないだけで、このナースと考えは同じなのだろう。皆、奏楽の意見に反するように下を向いていた。

 奏楽は一つ溜め息を吐くと、真っ直ぐにナースの瞳を見つめた。


「……じゃあ聞きますけど、命の価値ってどれくらいですか?ボクの命は?君の命は?人によって優劣があるんですか?……ボクの身を犠牲にって言いますけど、別にボクは死ぬわけじゃありません。精々貧血で倒れるくらいです。でも、優里亜ちゃんは……あの娘はボク達の動き方次第で、本当に死んじゃうんですよ」

「…………」


 何も応えないナースの横を通り越して、奏楽は消毒されている注射器を手に取る。


春桜家の人間(きみたち)の仕事が北斗七星ボクを護ることであるように、北斗七星ボクの仕事は、この国に生きる全ての人達を守ることです。だから、これはボクの我儘ってことで、お説教なら後でいくらでも聞きますよ」


 そう言ってニコッと微笑むと、奏楽は躊躇なく自身の腕に注射器を刺した。


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