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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜群青の調毒士〜
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不穏な影

 透の家を出てから約十五分。

 蛍達は莉一の家の地下研究所へと来ていた。

 十八人の亜人を異能で持ち上げて運ぶのはあまりにも目立つ為、三人はなるべく目立たないよう、屋根を伝って全力疾走してここまで運んできた。

 今はとりあえず十台ある寝台に一人ずつ寝かせ、余った八人はバカでかいソファ三つに寝かせている。


「……お前ん家……聞いてはいたが、一人暮らしにしちゃあデカすぎんだろ。何で五人は余裕で座れるソファが三つもあんだよ。要らねぇだろ、絶対」


 莉一の家のあまりの豪華さに蛍が唖然とする。どう考えても学生一人が暮らすには贅沢過ぎだ。


「まあ元々は宮園の所有する別荘の一つですし、一人暮らし用ではありませんからねぇ。研究所付きで学校が近いから住んでるだけで、使ってない家具なんざ腐る程ありますよぉ」

「セレブかよ」


 ほんの一週間程前まで築何十年のボロアパートで暮らしてきた元貧乏学生である蛍にとっては、雲の上の話だ。そもそも使わない家具どころか、必要な家具すら持っていなかった。

 一方、豪華な家には慣れているのか、莉一の家に無反応のまま、亜人達の症状をそれぞれ確認していた奏楽が「そんなことより莉一くん」と話を切り出した。


「この人達の症状が回復するまで、しばらくこの家に泊めて欲しいんですけど、大丈夫ですか?」

「え…「はぁあああ!!!??」


 莉一の反応に被さって、蛍の叫び声が研究所中に響き渡る。


「何考えてんだ、ソラ!!」

「何って、この人達の中毒症状を逐一確認する為には、莉一くん家に泊まるのが一番手っ取り早いじゃないですか〜。外泊許可は父上様に言えば簡単に取れますし、寝る場所も食事も要らないんで莉一くんに迷惑はかけないつもりですよ?」

「そういうこと言ってんじゃねぇよ!!ソラ一人で泊まることについて文句言ってんだ!!」


 最早お決まりの二人の言い争いをジト目で見守りつつ、莉一は一つ溜め息を吐いた。


「なら蛍殿も泊まりますかぁ?部屋なら余ってますし、自分は別に構いませんよぉ?外泊許可とやらが取れるならの話ですけどぉ」

「外泊許可…………また梨瀬さんに貸し作っちまうじゃねぇか……」


 と言いながらも、蛍はスマホを取り出す。どうやら結局泊まるらしい。


「ほたちゃんも泊まるんですか?なんだかお泊まり会みたいでワクワクしますね〜」

「奏楽殿ぉ、目的忘れないでくださいよぉ」


 奏楽と莉一が話している間に連絡が終わったらしい。蛍から「許可取れたぞ」という報告が入った。


「それじゃあボクとほたちゃんは、何泊か分の着替えを取りに、一旦帰りましょうか」

「だな。明日する筈だった課題も全部持ってこねぇといけねぇし」

「なら一旦解散ですねぇ」


 そして蛍と奏楽は一度、莉一の家から出るのであった。



 *       *       *



 人目につかない裏路地に、怪しい影が一つ。

 唸り声を上げながら、廃墟になっている建物の壁を何発も殴り付けていた。


「クソッ!クソッ!あの野郎、絶対に許さねェ!!」


 影の正体は男だった。髪の毛の間から覗くツンと立った耳にフサフサの尻尾。獣人族の亜人だ。

 亜人は怒りを露わにしながら、到頭廃墟の壁を粉々に破壊してしまった。


「そんなに怒ってどうしたんだい?」

「ッ!!?」


 突然降り掛かった言葉に、亜人は慌てて声の方へと振り返る。

 しかしそこには誰もいない。居るのは、手入れのされていない木の枝に、コウモリが一匹だけだ。

 だが亜人には、そのコウモリが声の主であることがすぐにわかった。そのコウモリからとてつもない星力量を感じたからだ。


「……テメェ何者だ!?俺に何の用がある!?俺は今最高に機嫌がりぃんだよ!!」


 亜人が怒気の含んだ声で吠えれば、コウモリはパタパタと亜人の近くまで飛んでいき、ぶつかると思ったところでその姿を青年へと変えた。

 黒に近い紫色のマントがふわりとはためく。

 月光を集めたような長い金髪に、夜の闇を閉じ込めた紫紺の瞳。整った顔立ちと、西洋の貴族を思わせるフォーマルな出で立ちも相まって、何処ぞの御伽話から飛び出してきたみたいだ。そして一番の特徴は、左目の下にある、涙のような雫の形をした痣である。

 青年は人当たりの良さそうな笑みを浮かべると、亜人の耳元でソッと囁いた。


「君が苛立っている原因は……ある貴人に友人を誘拐されたから……かな?」

「ッ!!!な、何故それを!?」


 図星らしい。思わず青年を振り払う亜人の男だが、青年の方は亜人の反応にニンマリと笑みを深めていた。

 直感的にヤバい奴だと感じ取った男は、青年から距離を取ると、爪を構える。しかし青年は焦らない。


「君はその貴人に復讐して、お友達を助けたいんだろ?」

「だったら何だ!!?」

「手を貸してあげようか?」

「ハァア!!?」


 意味がわからないと声を荒げる亜人。

 青年は気にせず、右手の人差し指を天へと向けた。


「君と君の友人を突如襲い、友人君を誘拐していった貴人の名は『七海透』。彼は君の友人の他にも、沢山の亜人を捕まえては、非道な実験をしている。是非君には亜人達の為にも、七海透を殺して亜人達ぼくらの“英雄ヒーロー”になって欲しいんだ」

「…………名前がわかったところで、ソイツの居所がわからねぇよ。第一、俺がソイツを殺せるなら、目の前であいつを攫われるなんて間抜けはしてねぇ!そもそも殺されそうになったところを、俺はあいつに庇われて生き延びたんだ。その七海とかいう貴人と俺じゃあ、力量さがあり過ぎんだよ!」


 青年と会話をすることで、少しは頭が冷えたらしい。滲み出していた怒気や殺気はなりを潜め、代わりに悔しさが亜人の心を満たしていた。


「居所なら問題ない。彼が亜人達を捕まえるのは、亜人の毒にやられた妹を救う為だ。現在妹は咲良病院に入院している。その妹を逆に誘拐すれば、七海透自身から君の元へ来てくれるさ。それと力の差も心配は要らないよ」


 そこまで告げると、青年はベストのポケットから一つの小瓶を取り出した。中には血のように赤い液体が入っている。


「これは『MB』という薬だ。コレを飲めば、爆発的に身体能力と星力量が向上する。まあ一時的なものだけどね……誘拐してきた妹を人質にすることもできる。彼の異能は敵味方全てを巻き込む禍いの力だ。妹の前で使うことはできないよ」

「……何でそんなに情報も星力量もある癖に、俺に頼むんだ」


 青年の話に、訝しむように亜人が青年を睨み付ける。

 青年の星力は、亜人の男が今まで感じたこともない程強大で膨大だった。それこそ、北斗七星に勝るとも劣らない星力量だろう。

 その上、敵の居場所どころか弱点、能力に関わることまで知っている。

 にも関わらず、青年が亜人の男に「透を殺して欲しい」と頼む理由が、亜人にはわからなかった。何か裏があると考えても不思議はない。

 だがしかし、青年は疑いの目を向けられても動じることなく、「ごめんね」と一つ謝罪を言った。


「僕には他に大事な使命と事情があってね。まだ大々的に行動する訳にはいかないんだ。北斗七星に僕の存在が気付かれるのは、どうしても避けたいんだよ。だから、バックアップは完璧にしてあげるから、代わりに君にお願いをしているわけだ」

「……『使命と事情』って?」

「それは話せない」

「…………」


 亜人の男が更に眉を顰める。とてもじゃないが、青年のことを信用できない。だが、そんな亜人の心情を見抜いたのか、青年は少し残念そうに眉を下げると、「信じられないなら仕方ないな」と口を開き、小瓶をポケットに戻した。


「無理にとは言わないよ。仕方ない。君の友人含めた十八人の亜人達には尊い犠牲になってもらおう」

「なっ!」

「ん?何だい?驚くところがあったかな?君がやらないということは、つまり十八人の亜人達が死ぬということだ。今言った通り、僕は動けないからね。それで良いんだろう?」


 青年が尋ねる。

 亜人の男は奥歯を食いしばったまま応えない。その様子を横目で見ながら、青年は畳み掛けるように小瓶を亜人の目の前に差し出した。


「僕を信じ、言う通りに動いてくれたなら、君は絶対に七海透を殺して友人を救うことができる。僕を疑い、このチャンスを棒に振れば、もう二度と友人と会うことはできないだろう。さあ、どうする?好きな方を選んでくれ」

「…………俺は……」


 ゴクリと、亜人が無意識に出てきた唾を飲み込む。まるで悪魔と契約を交わしているかのような緊張感に、自然と亜人の額には冷や汗が浮かんでいた。

 それでも決心したのか、亜人は奪うように青年の手から小瓶を受け取った。


「助けてぇに決まってる!!絶対に助けられるんだな!?」


 亜人の念押しに、青年は非常に満足そうな笑みでコレに応えた。


「ああ、勿論だ」



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