ヤバそうな家
現在、午後四時半頃。
全ての授業を終えた蛍達三人は、莉一の案内で七海透の自宅へと向かっていた。
何故莉一が透の住所を知っているのかと言うと、透の異能の噂を耳にした時、何か役に立つことがあるかもと、宮園の情報網を使って調べたことがあるからだ。
「……にしても、莉一。異能の制御ができねぇ奴、何で紹介したんだ?」
まだ睡眠不足が酷いらしく、再び眠ってしまった奏楽を姫抱きにしながら、蛍が隣で歩いている莉一に視線を向ける。莉一は目線だけ蛍に向けると、「別に」と口を開いた。
「半分は、自分に降ってかかった面倒事を誰でも良いので、別の人間に押し付けたかっただけですよぉ……」
「テメェ、本当に俺らに恩感じてんのか?」
歯に衣着せぬ莉一の物言いに、蛍が額に青筋を立てる。しかし、話はまだ終わってないのか、莉一は「それから」と更に続けた。
「後はまあ……その方の異能に興味があったからですねぇ」
「異能?……制御もできねぇのに?」
莉一の答えにいまいちピンとこないらしく、蛍が首を傾げる。
異能そのものは確かに色々と役立ちそうな感じはするが、制御できないなら使い物になりはしない。莉一は一体、透の異能の何処に興味を持ったのか。
そんな蛍の疑問が予想通りだったのか、莉一は少しばかり真剣な目を見せると「えぇ」と頷いた。
「自分にはどうしても造りたい薬がありましてねぇ。その薬を完成させる為には、かなり薬物毒物の知識が必要なんですよぉ。自分の専門分野は機械工学なんで、薬や毒の知識はお粗末ですし……詳しい異能の性質は知りませんが、役に立つかもと思いましてねぇ。制御できない異能は制御できるよう面倒見れば良いだけなんで、奏楽殿にでも頼もうかと思ったんですよぉ」
莉一がそう告げると、蛍は「は?」とジト目を向けた。
「何でそこでソラが出るんだよ」
蛍が少し不満げに尋ねれば、莉一は「それも知らないんですかぁ」と呆れながら説明してくれる。
「自身の異能を制御できない人はそう珍しくありません。特に異能が強力であればある程、完璧にコントロールすることは難しくなります。その中でも星天七宿家の貴人は強力な異能を持って産まれる方が多いので、異能を制御するコツを幼い頃から叩き込まれるらしいんですよぉ。なので、奏楽殿なら七海透の異能も制御させられるんじゃないかと期待したわけです。それで面倒事解決に繋がれば、奏楽殿にとっても利益がありますしねぇ」
「結局テメェの為かよ……」
どうやら奏楽への恩返しではなかったようだ。いっそ清々しいまでの狡猾さに、蛍は怒る気力もなく、ただただ莉一に感心した。
「つか、そうまでして『造りたい薬』って何だよ」
「……」
特に深い意味もなく尋ねた蛍だが、莉一は少しだけ肩を揺らす。莉一の反応に疑問符を浮かべる蛍だが、すぐさま莉一はいつも通りの気怠げな雰囲気を取り戻すと、自嘲するかのようにフッと笑った。
「“感情を取り戻す薬”ですよぉ」
「ッ!……」
思わぬ返答に、流石の蛍も言葉が詰まる。もしかしなくても地雷発言だったようだ。
しかし、莉一は気にしていないようで、変わらず眉根を下げて笑っている。
「実花もいませんし、もう必要ないんですけどねぇ。約束自体、奏楽殿のお陰で果たせましたし……それでも、やっぱり造っておきたいんですよねぇ。まあこれは自分のエゴなんで……異能さえ制御させられれば、奏楽殿の役に立つと思って紹介したと言うのも、ちゃんと本心ですよぉ」
「…………それこそ、ソラに頼めば、喜んで薬造り手伝いそうだけどな」
空気を変えるように、若干茶化す感じで蛍が告げれば、莉一も柔らかく微笑んで「ですねぇ」と同意する。
「でも、これ以上奏楽殿に返し切れない恩を作ってもアレなんで……奏楽殿には内緒にしててくださいよぉ」
莉一が奏楽の寝顔を見つめながら、悪戯するようにニヤリと口角を上げる。蛍も奏楽のお節介はよく知っているので、勿論莉一の頼みを受け入れた。
「まあ、ソラはテメェに恩を売ってるとも、恩返しして欲しいとも思ってねぇがな」
「でしょうねぇ……だからですよぉ。最初からお返し目当ての相手に、素直に恩返しする程義理堅い人間じゃないんでねぇ、自分は。何の損得勘定もなしに救おうとしてくれた奏楽殿だからこそ、何か返したいんですよぉ」
莉一の返しに、蛍は一瞬だけ目を丸くする。そしてすぐに「まあな」と表情を緩めた。
「それはそうと、後どれくらいで着くんだ?早めにソラ起こしとかねぇと、こいつ中々起きねぇんだよ」
蛍が穏やかに寝息を立てている奏楽の頬を軽く突く。少し「んん」と声を漏らしただけで、奏楽は全く起きる気配がない。
「それなら、そろそろ起こした方が良いかもしれませんねぇ。後十五分程で着きますよぉ」
そう言って莉一が指差した先には、住宅街の途切れた寂れた空き地が広がっていた。その空き地の奥に、確かに家のような建物がポツンと一軒建っているのが見える。
「……随分寂れた場所に建ってんな。こんなに住宅街が近ぇのに、何でわざわざあんなところに……」
「さぁ?それは知りませんが……蛍殿、貴方、星力反応くらいは探れますかぁ?」
「『星力反応』?」
突然変わった話題に、蛍が聞き返す。
星力反応とはその名の通り、亜人や貴人の持つ星力の反応のことだ。意識していない状態だと、基本的に亜人も貴人も自身の星力はダダ漏れ状態……つまり、自分の居場所を常に知らせているようなものである。亜人が貴人から隠れる時も、ガーディアン隊員が亜人を探す時も、星力反応は重要な情報の一つだ。
ただし、星力反応を探るのには少々コツが必要で、無意識に相手の星力を探れるようになるまでには訓練がいる。
土萌の人間にも関わらず、色々と知識や技術が欠けている蛍がその域に達しているとは思えず、莉一は失礼承知で聞いた訳だ。
「最近やり方習ったばかりだからな。意識しなきゃ探れねぇよ。それがどうした?」
質問の意図がわからず、蛍は訝しむように莉一を見る。莉一の表情は少しだけ強張っていた。
「なら、あちらの方向の星力反応、ちょっと探って頂けますぅ?」
莉一が指差したのは、やはり今蛍達が向かっている七海透の家の方角である。
不思議に思いながらも、言われた通り蛍は透の家の方へと意識を集中した。徐々に感じられる星力反応は、一つ、二つ……どんどんと増えていく。十を越えた辺りで、蛍は顔を顰めて、意識を家から逸らした。
「おい、莉一。その七海とかいう奴は十人越えの大家族で暮らしてんのか?」
蛍が頬をひくつかせる。尋ねている割には、答えなどわかりきっている様子だ。莉一も蛍の言わんとしていることはわかっているので、「少なくとも」と口を開ける。
「家族は凡人の妹が一人だけ。兄妹二人だけで暮らしてるらしいですよぉ」
「はぁ……やっぱ面倒事増やしただけな気がすんな。ソラ起こさず、このまま帰るか」
「構いませんが……奏楽殿が起きた後、文句言われるのは蛍殿ですよぉ?」
本気で帰りたいオーラを出す蛍に、莉一が呆れながら「待った」をかける。奏楽から文句を言われる想像をしたのか、蛍がウゲッと眉を顰めた。
しばらく悩む蛍だが、諦めがついたのか「しょうがねぇか」と息を一つ吐く。
「本気でヤバい奴だったら、テメェに貸し一にするからな」
「会いたいと仰ったのは奏楽殿なんで、ツケるなら奏楽殿にしてくれますぅ?」
そうして、結局二人は七海透の家へと向かって行った。




