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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜常盤色の人形遣い〜
40/101

成長の一歩

 

 一人用の椅子と肘置きだけが置かれてある、何処となく厳粛な空間。既にお馴染みの土萌邸、当主の間である。

 椅子に座り、右肘を肘置きに置いた梨瀬が、目下で膝を着いている蛍を見つめる。

 ニヤリと口角を持ち上げた梨瀬は「それで?」と蛍に話を促した。

 蛍は心底愉快そうな梨瀬にうんざりしながら、奏楽に言われたことを頭に思い浮かべる。



 〜       〜       〜



 遡ること一時間前。

 奏楽に言われた通り、梨瀬へと『工場の場所』『後片付け要員の要請』を蛍が電話で伝えた後のことだ。


「それで?『事件の真相を揉み消す』ってどういうことだよ」


 スマホを胸ポケットに仕舞いながら、蛍が奏楽へ視線を向ける。莉一も奏楽の真意が気になるのか、疑問符を浮かべて奏楽の様子を伺った。

 そんな二人の視線を浴びながら、奏楽は全くいつも通りの調子で口を開く。


「んん〜、そのままの意味ですよ?今回の誘拐事件、ざっくり言えば犯人は……裁かれるのは“莉一くん”だけになります。実行犯である実花さんは、莉一くんの異能で仮の生命いのちを与えられてただけですからね〜。経緯がどうであれ、このままいけば莉一くんだけが犯罪者になっちゃうんですよ〜」

「……お気遣い頂いてるとこ悪いんですけどぉ、実花の名に傷が付かないなら、別に自分が裁かれるのは構いませんよぉ?全く処罰なしというのも、虫の良い話ですしねぇ」


 奏楽の話を遮って、莉一が述べる。事件の真相を消したい奏楽と違って、莉一は自分の犯した罪を償う気だった。

 蛍は莉一が前科持ちになろうとなかろうと興味がないのか、「莉一はこう言ってるがどうすんだ?」と奏楽に決定権を丸投げする。

 すると奏楽は一瞬キョトンとした表情を浮かべてから、すぐにハッと何かに気付いた表情かおになった。


「そう言えば、ほたちゃんも莉一くんも知らないんですよね〜」

「「何が(ですぅ)?」」


 意味深な奏楽の台詞に二人の声が揃う。

「仲良しですね〜」とニコニコしながら、奏楽は二人の質問に答えた。


「実はこれも星天七宿家と一部のガーディアンの貴人しか知らないことなんですけど……生け捕りでも構わない亜人と違って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()されちゃうんですよね〜」

「「…………は?…………」」


 またしても蛍と莉一の声が揃った。

 ふわふわした口調で話されるには、随分と物騒な話だ。

 思考が止まっている二人に構わず、奏楽は話を続ける。


「この社会は貴人が支配してると言っても、人口の八割は凡人ですからね〜。貴人の支配権を守る為にも、凡人にとって貴人は、亜人から自分達を守ってくれる英雄ヒーローでなくちゃいけないんですよ〜。ガーディアンであろうとなかろうとね〜。そんな“貴人ヒーロー”が亜人と同じく凡人に被害を与えて、犯罪者あくにんになるなんてこと、貴人の上層部が許しません。なので貴人が犯した罪ごと、犯人である貴人のことを社会から抹消するんですよ〜。勿論こんな事情が公になると困るので、ガーディアン隊員であってもこのことを知らない人は多いです。まあ、怪談話っぽく噂だけなら出回ってますけど……」


 そこで話を区切ると、奏楽は一つ息を吐いて、「というわけで」と真っ直ぐに莉一を見据えた。


「今回の事件の真相を梨瀬さんに話すということは、莉一くんの“死”を意味しちゃうわけです。それに……黙っていることはできますけど……真相を知って実花さんの正体に気付く人が居ないとも限りませんしね〜」

「……奏楽殿……」


 莉一が声を漏らす。

 つまりは、莉一の命と実花の名声を守る為に、事件の真相を隠したいわけだ。

 奏楽の優しさが心に沁みる中、莉一は一つ疑問があった。


「……何故昨日今日の付き合いしかない自分に、そこまでしてくれるんですぅ?襲ってきた亜人を生かすくらいですから、元々優しいんでしょうけどぉ……星天七宿家の当主を欺いてまで自分を助けるなんて、いくらなんでもリスクがデカ過ぎやしませんかぁ?貴方のメリットは何処にあるんですぅ?」


 莉一の訝しむ目が奏楽に刺さる。対する奏楽は目をパチクリと瞬きさせると、眉根を下げて笑った。


「ボクは……自分の手の届く範囲内で誰かに死んでもらいたくないだけですよ〜。ただそれだけです。勿論、全員護れるなんて思ってないですけどね〜。それに……莉一くんはボクとほたちゃんの大切なお友達ですから〜。助けたいって思うのは仕方ないことですよ〜」


 ニコッと笑いかける奏楽に、今度は莉一が惚ける番だった。


「……とも、だち…………」

「おい、ソラ!誰と誰が友達だよ!?莉一は友達なんかじゃねぇよ!!」

「またまた〜。ほたちゃんは照れ屋さんですね〜」

「人の話を聞け!!」


 その場で立ち尽くす莉一をほったらかしにして、戯れ合う奏楽と蛍。

 短い付き合いだが、既に見慣れた光景だった。

 無意識に莉一の口に笑みが浮かぶ。


「そんなに仰るなら、お言葉に甘えましょうかねぇ」

「「……」」


 裏のない莉一の笑顔に二人は言い合いを止め、同時に顔を見合わせる。そして一呼吸間を置いて、二人は莉一に顔を向けた。


「はい!任せてくださいな〜」

「まあ、ソラの頼みだから仕方ねぇしな」



 〜       〜       〜



 というのが一時間前の出来事だ。

 つまり犯罪者として消されてしまう莉一と、亜人だとバレることで不名誉な烙印を押されてしまうかもしれない実花を守る為、事件の真相を揉み消すのである。

 その為、隠す内容は簡単だ。犯人が莉一ではなかったと証明し、実花のことには一切触れなければ良い。真犯人のでっち上げは奏楽が済ませている。


 蛍は深呼吸を一つすると、真っ直ぐに梨瀬を見つめ返した。


「電話で伝えた通り、誘拐事件を解決した」

「ああ、確か犯人は蛍のクラスメイトだったな」


 梨瀬が確認するように相槌を打つ。

 今回の事件の捜査権を奪う時、蛍は梨瀬に犯人が莉一であると告げていた。

 ここからどう、どんでん返しをするか。

 焦らないよう心を落ち着けて、「それが」と蛍は口を開いた。


「犯人が莉一っていうのは勘違いだった。調べたところ、真犯人は亜人で、莉一は人質を取られて仕方なく亜人の言う通りに行動してただけだった」


 予め奏楽に言われていたあらすじを梨瀬に説明する。

 梨瀬は「ほう」と信じているのかいないのかわからない表情のまま「つまり」と話に割り込んだ。


「次期ガーディアンたる人間が亜人の脅しに屈していたと?そんな輩に土萌の名を汚されたと?そういうことか?蛍」

「……」


 前からそうだが、意地の悪い言い方をすることだ。

 梨瀬の言い分に蛍は顔を顰めながら、言い訳もとい反論する。


「誘拐事件の被害者七人は、それぞれ怪我を負っているが、誰一人として致命傷は負ってねぇ。加えて言うなら、誰も死んでねぇ。それは莉一が亜人の言いなりになったと見せかけて、被害者七人を守ってたからだ。あいつの機転がなけりゃ、七人の人間は今頃とっくに死んでたよ。それを脅しに屈していたというか否かはあんたに任せるが……亜人から凡人を守るのがガーディアンだろ?莉一はまだ正式にはガーディアンじゃねぇし、自分にできることを最低限の被害でやってのけたんだ。事件を解決するどころか、関わることもできねぇ星天七宿家おれらよりよっぽどか優秀だろ」


 ガーディアンも星天七宿家も人々を守る為の組織だ。

 だが、証拠や権利がなければ事件に首を突っ込むことができない。捜査権を申請している内に被害者が増えては元も子もないだろう。

 それを莉一は何の権力もなしに一人で七人の被害者を守り抜いた(という設定だが)。功績を称えこそすれ、馬鹿にされるのはお門違いというものである。

 しかしながら、梨瀬はそう簡単に納得しない。


「……真犯人である亜人が莉一に指示していたことは?亜人が犯人であるなら、基本誘拐は起こらない。何故なら亜人が凡人を襲うのは食う為だからだ。拐って生かす必要性は本来ない。何故亜人は七人を生かしていた?莉一はどうやって亜人に怪しまれず、七人を守っていた?」

「………」


 蛍の真意を探るように、梨瀬の瞳が怪しく細められる。


 ……これもう、真相バレてんだろ……。


 蛍が心の中で呟くが、バレてるからといって真実を話すわけにはいかない。一応細かい設定も奏楽に言われていた為、動揺することなく蛍は梨瀬の疑問に答えていった。


「亜人が莉一に指示してたのは、自身の犯行の証拠……星力痕の隠滅だ。星力痕が出てこなけりゃ、ガーディアンが出動しねぇからな。それから亜人が被害者七人を食べなかったのは――…………」



 *       *       *



 事件解決の翌日。午前八時ごろ。

 星影高校一組教室内。


「――つうわけで、何とか梨瀬さん誤魔化せてるから感謝しろよ?」

「と言っても、多分大方のことはバレてるでしょうけどね〜」


 教室に入った瞬間、開口一番蛍と奏楽に言われて莉一はポカンと惚ける。


「……まさか本当に当主を欺くとは……」


 思わず漏れた言葉だが、蛍は「はぁあ!?」と声を荒げる。


「言っただろ!?ソラからの頼みだ!俺だって、梨瀬さん騙すなんて、後が面倒なことしたくなかったよ!」

「ボクもほたちゃんも、せっかく友達になれた莉一くんともっと一緒に居たかっただけですから〜。どんなことでもしちゃいますよ〜」

「だから友達じゃねぇって言ってんだろ!?」

「ほたちゃんは恥ずかしがり屋ですね〜」

「…………」


 目の前で繰り広げられる会話は酷く温かくて、昨日までの莉一にとっては遠い景色のことだった。

 それが今はこんなにも近い。


「……」


 ふと莉一の頭の中に実花の笑顔が浮かんだ。

 考えてみれば、結局実花を救うことはできなかった。何もできず、実花が死にいくのを見守ることしかできなかった。

 それでも最期に実花との約束を果たすことができたし、ずっと伝えられずにいた本心も伝えることができた。

 蛍と奏楽が居なければ、少なくとも実花が笑って逝くことはなかっただろう。その上事件の真実すら隠し通して莉一のことを守ってくれた。


 ……本当、お節介な人達ですねぇ……。


 フッと莉一の口角が上がる。

 本音を言えば、実花を残して自分だけが生きていることに罪悪感を感じている。罪が露呈して本当に暗殺されるとしても、七年間実花の気持ちに気付くことができなかった罰だと思える。


 ……それでも生きなきゃですよねぇ。エゴだとしても、実花の分も……この人達と……。


 莉一が思考の海を泳いでる間も、奏楽と蛍の言い合いは止まっていなかったようだ。


「おい、莉一!お前からも言ってやれ!!」

「ほ〜たちゃん?あんまり否定してちゃ、莉一くんも悲しんじゃいますよ?ねぇ、莉一くん?ほたちゃんと友達になってくれて、本当にありがとうございます〜」

「だーかーら!!友達じゃねぇよ!!どっちかっつったら、ライバルだ!ライバル!!」

「照れ屋さんですね〜」

「話聞いてるか?」


 相も変わらずギャーギャーと騒ぐ二人。

 やれやれと呆れながらも、莉一の心情は晴れやかだった。


「友達でもライバルでもどちらでも構わないんで、目の前でイチャつかないでもらえますぅ?」


 こうして今まで奏楽しか信頼できる人間が居なかった、“人間不信拗らせ蛍”に、生まれて初めてのライバルができたのである。

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