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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜常盤色の人形遣い〜
39/101

カミングアウト

「それじゃあ、お二人共〜。応急処置するんで、怪我見せてください」


 隣で騒ぐ蛍を完全スルーして、奏楽が二人の怪我の具合をる。

 蛍の方は特に目立った外傷はないが、莉一は額から血が流れている上、所々擦り傷も見える。


「見せるのは良いんですけど、応急処置って何するんですぅ?」


 莉一が最もな質問をする。それに対して奏楽はキョトンとすると、すぐにニッコリ微笑んだ。


「勿論、莉一くんもご存知……星力の応用法の一つ、『治癒術』を使うんですよ〜」


 奏楽の答えに、今度は莉一がキョトンとする番だった。

 これまたすぐに表情を戻すと、莉一は「はぁあ?」と呆れたような声を出す。


「確かに『治癒術』は知ってますけどぉ……『星力鎧包』と違って『治癒術』は莫大な星力量を消費するんで、擦り傷の止血くらいにしか使えない筈ではぁ?北斗七星すら、余程の重傷は治せない筈ですけどぉ」


 莉一の言う通りだった。

 一般の貴人の持つ星力量では、せいぜい擦り傷の止血程度しか治癒できない上、北斗七星でさえあまりに大きな怪我は治せない。それ程までに星力量が必要な術なのだ。

 現在蛍と莉一の怪我は見た目じゃわからないが、それぞれ骨折という重傷を負っている。

 少なくともたった一人で治せる怪我ではない。良くて莉一の額の怪我の止血をするくらいしかできない筈だ。

 しかし、当然そんなこと百も承知の奏楽は、「そうですね〜」とフワフワ頷きながら、莉一に向かって右手を翳した。


「ほら、ほたちゃん。ほたちゃんも腕の骨折れてるでしょ?莉一くんの隣に座ってください」

「……何でバレてんだよ……」

「ちょっ、本当に骨折まで治すつもりですかぁ?」


 莉一が正気を疑う中、大人しく莉一の隣に座った蛍を確認して、奏楽は左手の方を蛍に向ける。

 ソッと目を閉じた奏楽は、自身の両手と二人の傷に意識を集中させた。

 すると、奏楽の両手がポゥと淡く光り、二人は身体の痛みがだんだん癒えていくのがわかった。

 一分程経っただろうか。

 奏楽が目を開ける。

 莉一は自身の左腕を見つめて、驚愕した表情を浮かべていた。


「嘘でしょぉ……本当に痛くないんですけどぉ……まさか本当に治癒術で骨折まで治したんですかぁ?」


 信じられないとでも言いたげな様子の莉一だが、対する蛍と奏楽は事の異常さに気付いていないのか、何をそんなに驚いているのだろうと揃って頭に疑問符を浮かべている。

 奏楽はともかく、蛍は本当に奏楽の治癒術が化け物染みていることを知らなかった。


「……そんなに驚くことかよ。ソラだぞ?骨折の一つや二つ、余裕だろ」

「それ本気で言ってますぅ?普通は北斗七星でも、星力量が足りなくて骨折は治せない筈なんですけどねぇ。実花の魂を身体に戻した時の“共鳴”?と言い、この治癒術と言い、奏楽殿。貴女一体何者なんですぅ?」


 蛍が貴人や亜人のことに関して無知なのは先程の闘いで既に知っているので、莉一は蛍をほっといて奏楽に視線を向けた。訝しむ視線を向けられた奏楽だが、大して気に留めずあっけらかんとした様子で「別に」と口を開く。


「大したことじゃないですよ〜。“共鳴”はボクの異能の一つです」

「……は?奏楽殿の異能は“龍装”ではぁ?」

「はい。“龍装”もボクの異能の一つですね〜。ボクは()()()()()()()()()()()()()()()んですよ〜」

「……………………」


 刹那時が止まる。とんでもないカミングアウトに莉一の脳がフリーズした。

 異能は一人の貴人に一つだけ。異能二つ持ちなど、信じられないことだ。そもそもあっさり話す内容でもない。

 固まる莉一の傍らで奏楽は構わず「だから他の北斗七星よりも星力量が多いんですよね〜。治癒術で骨折が治せるのも、それが理由です」と続けていた。


「………否、はぁあああ!!?異能二つ持ちって、そんな話聞いたこともないんですけどぉ!?」


 我に帰った莉一が大声を出す。だが当の奏楽はどこ吹く風。


「はい。北斗七星と一部の貴人しか知っちゃいけない内容ですからね〜。莉一くんが知らないのも当然です〜」

「否、じゃあ何故自分に言ったんですぅ!?」


 これまたあっさり告げた奏楽に莉一がツッコむ。しかし、事の重大さを理解しているのかいないのか、奏楽は小首を傾げるだけだ。


「??……何となく?」

「…………『何となく』で一部のお偉方しか知らない情報教えちゃって良いんですかぁ?」


 半ば呆れながら莉一が問えば、奏楽はニッコリ「大丈夫ですよ〜」と微笑んだ。


「人に言っちゃいけないのは、この力を悪用しようとする人達が出てこないようにする為ですから〜。莉一くんなら、大丈夫ですよ〜」

「……」


 真っ直ぐ向けられる純粋な信頼に、莉一は押し黙る。その頬は淡く紅が差していた。

 とそこで、今まで二人の会話を黙って見守っていた蛍が、一つの溜め息と共に話に割って入ってくる。


「おい、そんなことよりソラ。お前が気絶させた亜人どうすんだよ。大体、何でわざわざ攻撃防ぎやがった?あれが決まってたら、お前が技を使わなくても問題なく勝てたってのに」


 ムスッとした表情で不満を漏らす蛍。

 三人の側には、以前気を失ったままの亜人が倒れていた。蛍の攻撃がもし決まっていたら、今頃この亜人は屍として血溜まりの中に倒れていたことだろう。

 結果として、奏楽の行動は亜人から蛍達を助けたというより、蛍の攻撃から亜人を救った形になっていた。

 勿論、亜人を助けることは重大な犯罪である。

 まあ、当然奏楽はそんな堅苦しい犯罪ことを気にするでもなく、ニコニコと笑いながら「だって」と口にした。


「ほたちゃんの攻撃の軌道から見て、直撃すれば、この亜人ひとは即死してたんですもん。だから攻撃を防いだんですよ〜」

「「…………」」


 蛍と莉一が揃って沈黙した。

 莉一は、奏楽が堂々と亜人を庇う発言をしたことに対する驚きから言葉が出ないだけだが、蛍は全く別の理由で口を閉ざしていた。

 蛍が重々しく口を開く。


「……ガーディアンの規則じゃあ、捕らえた亜人の生死は問わねぇ筈だが?」

「『生死を問わない』ってことは、わざわざ殺す必要はないってことですよ〜」

「……」


 真剣な蛍に対して、奏楽は茶化すように笑う。蛍は更に顔を顰めた。


「おい、ソラ。亜人こいつは、お前に手を出そうとしたんだぞ?このまま生かすと思ってんのか?」


 脅すように語気を強める蛍。要は「俺のソラに手を出そうとした奴を生かす(許す)わけねぇだろ」ということである。そんな蛍の心情はわかっているので、形だけの脅しなど奏楽は毛程も気にしない。

 蛍の両頬に手を添えると、奏楽は子供をあやすように柔らかく微笑んだ。

 憤怒で燃えた紫の瞳に、奏楽の青い瞳が重なる。


「思いますよ?だって、ほたちゃんはボクが悲しむことを絶対にしませんから。ボクの目の前で誰かを殺すなんてことしません。でしょ?」

「…………お前が思ってる程俺は……」

「ほ〜たちゃん」


 蛍の言葉を遮って、奏楽が名を呼ぶ。

 相変わらずフワフワした口調なのに、その声は物申させない力強さがあった。


「ほたちゃんが殺す理由に『ボク』を使わないでください」


 そう告げた奏楽の表情はどことなく凄みがある。しかし、それよりも蛍が奏楽の表情から感じたのは『悲しみ』だった。

 大切な人が自分の為に誰かを殺そうとすることに心を痛めている表情かお

 奏楽にそんな表情かおをされては、蛍の取れる行動など限られている。

 長い沈黙の後、蛍は大きく溜め息を吐いた。


「………………今回だけだぞ?」


 結局折れたのである。

 蛍の応えに、奏楽は満足そうに笑って「ありがとうございます」と先程までの切なげな空気を完全に消して言った。


「さてと、そんなことよりいい加減、拐われた人達をちゃんとした病院に運んで、土萌の人達を呼びましょうか〜」

「……土萌の人間?警察呼ばないのか?」


 思考回路を切り替えた二人が、檻の中で眠る七人に意識を向ける。

 これだけ騒がしくても誰一人として起きないということは、余程身体の状態が悪いのか、薬を入れられてるかのどちらかだ。どちらにしても早く病院に送った方が良いだろう。

 だが勿論のことだが、救急車を呼べば良いだけではない。彼らは誘拐被害者なのでまずは警察を呼ぶべきだ。しかし、蛍の頑張りと梨瀬の協力により、この件は北斗七星に捜査権が移っている。

 どちらを呼んで誰に何を報告すれば良いかなど、蛍はまだまだ知らないことが多い。その為奏楽がニコニコと「そうですね〜」と事件の片付け方を教えていく。


「北斗七星の扱う事件になった時点で、警察を呼ぶ必要はないんですよね〜。ボクなら春桜家の人達に、ほたちゃんなら土萌の人達に後片付けを頼んで、後は上に報告すれば終了です〜。“上”っていうのは、任務を依頼してきたガーディアンのトップのことですね〜。まあ今回は、勝手にこっちで捜査権を奪ってきたんで、ボク達が報告する相手は梨瀬さんだけですけど……まあなので、とりあえず一回梨瀬さんに報告しときましょうか〜。土萌の人達を手配する権利はほたちゃんじゃなくて、梨瀬さんにありますし〜」


 奏楽に粗方教えられた蛍は携帯を取り出しながら一言「楽で良いな」と感想を呟いた。

 そう、楽なのである。

 北斗七星は事件を解決したら、後は部下に片付けを全て丸投げして、自分は適当に報告書を仕上げれば終了。面倒臭がりの北斗七星だと、報告書すら秘書に任せるというのも珍しくない。

 随分と虫の良い話だとも思うが、それだけ北斗七星は仕事量が多いのである。一々事件の後始末までする余裕は彼らにはないので、これが一番合理的というわけだ。


「じゃあ梨瀬さんに事件の真相報告して、人送ってもらうぞ?」


 電話帳にある『梨瀬さん』の文字をタップする直前に、蛍が奏楽へと最終確認をする。しかし奏楽は「いいえ〜」と首を横に振った。


「今この場で事件の真相を梨瀬さんに話しちゃダメですよ〜。今からほたちゃんが梨瀬さんに電話で伝えるのは、此処の場所と事件を解決したから人を送ってほしいというメッセージだけです〜」


 いつもみたくフワフワ告げる奏楽。だが、蛍は直感的に何かあるなと確信した。


「……ソラ、何企んでんだ?」


 ジト目と共に捻りもなく直球で蛍が尋ねると、奏楽は意味深に笑みを深める。そして、内緒話をするように口元に人差し指を持ってくると、実にアッサリとした口調で言い放った。


「事件の真相を()()()()んですよ〜」

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