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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜常盤色の人形遣い〜
35/101

兄妹の別れ

前回、一週間一話投稿できなかったので、今週二話目です。

「……『代わりに約束を果たす』……?」


 突拍子のない奏楽の発言に、莉一が半信半疑で聞き返す。

 実花の身体は限界を迎え、それに伴いニャニーの中に宿っていた実花の魂も消滅した。今更何をすると言うのか。

 そんな莉一の疑念に気付いているのかいないのか、奏楽は申し訳なさそうに眉根を下げて苦笑いを溢した。


「実花さんを甦らせることはボクにはできませんけど……『実花さんのこころを元の身体に戻す』ことが莉一くんの望みなら……ボクがソレ、叶えてみせます」

「……一体何を……」


 莉一の瞳に不安の色が濃く映っている。

 だが奏楽はそんな莉一の不安を掻き消すように、柔らかく微笑むと右手で実花の、左手でニャニーの手を握り、ソッと目を閉じた。


「……――♪大丈夫だよ……」


 奏楽の口から紡がれるメロディーに、莉一がハッと弾かれたように奏楽を見る。


 ……この歌は……。


 子守唄だ、莉一が毎晩実花の為に歌っていた。

 何故奏楽が突然子守唄を歌い出したのか訳がわからず、莉一は困惑する。

 しかし奏楽の歌声に合わせて、次第に実花とニャニーの身体が淡く光り出すと、困惑それも何処かへ吹き飛んでしまった。奏楽から凄まじい星力のたかぶりを莉一は感じ取ったのだ。


 ……実花……。


 曲が終わる。

 最後の一音が空気に溶け、奏楽が口を閉じると、莉一の思いに応えるように実花の瞼がゆっくりと持ち上げられた。


「……お、兄ちゃ……」

「ッ!実花ッ!!?」


 莉一が目を見開く。

 確かに実花の口から「お兄ちゃん」と呼ばれた。


「お兄ちゃ、私……」

「実花、喋っ……」


 再び「お兄ちゃん」と呼んでくれた実花に、莉一は感動の余り言葉が続かない。

 七年だ。七年振りに、実花の口から言葉を聞けた。

 思わず莉一の目から涙が一筋溢れる。

 そのまま莉一は実花の身体を抱き締めた。

 その様子を見ながら、奏楽は「莉一くん」と説明を始める。


「実花さんの魂を、実花さんの身体の中に入ってる亜人の魂と“()()”させました。でも、実花さんの身体自体はもう限界を超えてるので、五分しかちません。せめて、その……」


 奏楽が途中で言い淀む。

 五分だけの……束の間の喜びだ。

 つまりはこの五分の間に別れを済ませろということである。

 良かれと思ってしていることだが、別れの為だけの時間はやはり残酷だったかもしれないと奏楽は自身の無力さを憂いだ。

 だがしかし、莉一にもそんな奏楽の優しさはちゃんと伝わっているようで、柔らかい表情で「わかってますよ」と奏楽に告げると、莉一は真っ直ぐ実花と向き合った。


「実花……すみませんでした」

「!?」


 急に頭を下げた莉一に、実花が驚く。

 どうして莉一が謝っているのか、実花には全く見当が付かない。

 オロオロと困る実花に、莉一は頭を上げると続きを口にした。


「俺、結局貴女に兄らしいことは何もできませんでした。最期の最後まで……本当にダメな『お兄ちゃん』ですねぇ」

「そ、そんなことないの!!」


 自虐的な笑みを浮かべた莉一に、すかさず実花が否定の声を上げる。

 実花は莉一の首に自身の両腕を回すと、思いきり莉一に抱き付いた。


「私、すっごく嬉しかったの!!お兄ちゃんが私の『お兄ちゃん』になってくれて!私のこと『亜人』だって知っても、“大好きだ”って言ってくれて!私の為に一杯頑張ってくれて!……お兄ちゃんは私の『サイコーのお兄ちゃん』なの!!」

「実花……」

「私ね、ほんとに……本当にね、嬉しかったの!だからね、だから、ずっと言いたかったの!」


 そこで一旦言葉を区切ると、実花は大きく息を吸った。


「『()()()()の』……」

「ッ!!」


『もう良い』……実花の言葉に、莉一の頭の中であの時の会話がフラッシュバックされる。


 ……『いくらでも!貴女が『もう良い』って言うまで一緒に居ますよ!!』


 実花が『もう良い』と言うまで一緒に居る……つまり、言われてしまった以上、もう実花と莉一が一緒に居る必要はないのだ。

 実花は『実花』という鎖から莉一を解放したのである。

 堪らず涙腺が決壊しそうになるが、莉一はこれ以上(みか)の前で涙を見せるものかと、目に力を入れた。


「お兄ちゃん、約束守ってくれてありがとうなの。……こんな私のことを好きになってくれて……私にたくさん『好き』を教えてくれて……ありがとうなの!!」

「!!」


 実花の表情かおは、七年前ニャイチをプレゼントした時と同じ、満面の笑みだった。


 ……『もう一度実花自身の身体で、このに笑ってもらいたいんですよぉ』


 やっと見れた実花の笑顔に、莉一も釣られて笑みを浮かべる。


「俺こそ……俺の方こそ、こんな俺の妹になってくれて、本当にありがとうございます。……実花、今までもこの先もずっと……愛しています!」

「!!……ッわた、しもッ……お兄ちゃんのことが、世界で一番ッ!大好きなの!!」


 抱き締め合う二人。

 長いようで短いハグが終わると、実花は「あのね」と七年前と同じ無邪気な妹の顔で小首を傾げた。


「お兄ちゃんにね、()()に一つだけお願い聞いて欲しいの」


『最期』という言葉が胸に刺さるが、莉一にもう迷いはなかった。

 莉一はフッと『お兄ちゃん』の顔をして笑う。


「勿論、みかのお願いなら何でも聞いてあげますよぉ」


 いつになく優しい笑みで応える莉一に、実花は嬉しそうに微笑むと「あのね」と願いを口にした。


「最期にね、子守唄を歌って欲しいの」


 最期にしてはやけに可愛いお願いに、実花らしいなと莉一は快諾する。

 実花が静かに眠れるように、願いを込めながら莉一はソッと口を開いた。


「……――♪大丈夫だよ 愛しいあなたにこの唄を捧げよう

 暗い夜を星で飾ろう 怖い夢を私が照らそう

 一人じゃないよ この地球ほし全てがあなたの味方

 さあお休み 素敵な夢を♪――……」


 莉一が歌い終わる。

 丁度五分。時間だ。


「お兄ちゃん、ありがとう……バイバイなの」

「ええ。何年かしたら、俺もそっちに逝きますよ。それまで……元気で」


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