最悪の結末
突如苦しみ出したニャニーと、少しずつ硬くなってきている実花の身体。
奏楽は険しい表情を浮かべると、ずっと押さえていた実花の身体から腕を離した。
「ソラ!?」
「!?」
蛍の声に反応して、莉一も奏楽の方へと視線を向ける。
奏楽の腕から解放された実花の身体は、邪魔するものが無くなったにも関わらず、誰のことも襲おうとしなかった。
子守唄も命令もない状態で実花が暴れるのを止めたことなど一度もなく、どういうことかと莉一は目を見開く。
奏楽は両腕をダランと降ろすと、眉根を下げ苦しそうに微笑んだ。
「……実花さんの身体……もう……限界みたいです」
「!?」
「!…………」
奏楽の言葉に、何のことだかわからない莉一はただただ訝しむだけだが、事情を知っている蛍は「そりゃそうか」と納得した。
奏楽の見立てでは、実花の身体を生前のまま保てるのは一ヶ月間だけ。死体になったのは一ヶ月前。正確には一ヶ月と数日前だ。もういつ身体が死後硬直を始め、腐敗していってもおかしくない。
奏楽から解放されても身体を動かさないということは、今日がその日ということだろう。
……結局身体の方は諦めるしかねぇってことか……それよりも問題は……。
蛍がチラリと横目でニャニーを見る。
元々限界が近いと知らされていた実花の身体の硬直よりも、ニャニーが突如苦しみ出したことの方が問題だった。原因もわからなければ、このままどうなるのかもわからないのだ。
蛍の頭の中には、奏楽と同じく一番最悪な可能性が浮かんでいた。
「おい!テメェの異能、魂の本体の方が死んだら、別の身体に宿された方の魂はどうなんだ!?」
「ッ!?」
蛍に突然聞かれて、意味がわからない莉一は首を傾げる。それでも蛍の切羽詰まった声に莉一は口を開いた。
「?……本体が死ねば……魂も一緒に消滅します。例え、別の身体に入っていたとしても……」
「「!」」
蛍と奏楽が同時に「やっぱり」と心の中で呟く。
蛍と奏楽の頭の中に浮かんでいた最悪の可能性……それは実花の身体の限界に合わせて、ニャニーの中に宿っている実花の魂も一緒に消滅してしまうということだった。残念なことに、二人の予感は当たっていたらしい。
「……だから、あんなに実花の身体に拘ってたのか」
蛍がボソッと呟く。
蛍はずっと、ニャニーが居るにも関わらず、実花の身体を必死に守ろうとする莉一が不思議で仕方なかった。しかし、実花の身体が死ねば、ニャニーの中に在る実花の魂そのものも消えてしまうというなら話は別だ。
どんな形でも、何をしたとしても、大切な人と一緒に居たい……その気持ちは蛍にもわかる。
蛍の呟きが聞こえたのか、莉一は「それだけじゃあ、ありませんけどねぇ」と苦しむニャニーの頭をソッと一撫でした。
「約束したんですよぉ。絶対に元に戻してみせるって……例え無謀だとしても、もう一度実花自身の身体で、この娘に笑ってもらいたいんですよぉ。……それよりさっきの話……実花の身体がもう限界って、どういうことですぅ?」
「ッ……」
莉一に視線を向けられて奏楽が口を閉ざす。
ニャニーが口止めしているのも理由だが、莉一に酷な現実を突き付ける勇気が奏楽には無かった。
実花の身体の“死”がニャニーの……実花の魂の“死”と同義であるなら、既に実花の身体にタイムリミットが来ている現時点で、莉一や奏楽達に出来ることは何もない。
結局のところ、実花を救う手立てが一つもないのである。
それを、未だ実花のことを諦めず救おうとする莉一に伝えることは、奏楽にはできなかった。
何も応えない奏楽。そんな奏楽に代わって、蛍が一つ溜め息を吐くと「これはニャニーから口止めされてたことだが」と話し始めた。
「実花の身体はもう生前の状態を保っていられねぇんだ。ニャニーが言うには、最近実花の身体に死斑が浮かんだり、死後硬直が始まったりしてるらしい。奏楽の話じゃあ、亜人の死体が綺麗な状態で保たれる期間は三週間……テメェの異能の効果で誤魔化せる期間は一週間……合わせて一ヶ月だ。つまり、実花の身体はもう限界……言い方変えりゃあ、腐り始めてんだよ」
「……な、それって……」
「時間切れだ。実花はもう、助からねぇんだよ」
「ッ!!」
残酷な現実を淡々と告げる蛍に、莉一が驚愕した表情を浮かべる。そしてすぐに膝下のニャニーへと顔を向けた。
以前として苦しそうに胸を押さえているニャニーだが、莉一には段々とニャニーから実花の魂が消え始めていることがわかった。
蛍の話が本当なのだと認めるしかなくなる。
……そんな……だって、まだ約束も果たせていないのに……こんな……。
頭の中が急激に冷えていくのを莉一は感じた。
あの時と同じだ。目の前で実花が亜人に殺されたあの時と。
……結局俺は何もできないまま…………否、まだ……まだ…………。
しばらく黙って俯いていた莉一が顔を上げる。その目は明らかに正気を失っていた。
「……そうですよ……自分の魂宿で与えられた星力が尽きたなら、もっと沢山の星力量を与えれば良いだけです……既に死体ですから、他人の星力を入れたところで反発しませんし……自分の星力で足りないなら他の貴人や亜人を連れて来て……」
「ッ!いい加減にしろ!!」
往生際の悪い莉一にキレて、蛍が莉一の胸倉を掴み上げる。
「どれだけテメェが努力してもなぁ、死んだ人間は生き返らねぇんだよ!!テメェの妹は一ヶ月前に死んだんだ!!大体亜人を庇うのが重罪だって知ってんだろ!!?テメェ捕まりてぇのか!!いい加減諦めろ!!!」
蛍が怒鳴りつける。
蛍の正論に対して、莉一は隈の濃い目元に涙を滲ませながら奥歯を噛み締めた。
知っているのだ。
何をやっても無駄なことを。実花が助かることはもうないのだということを。
死んだ人間を生き返らせることは、どんな異能を持ってしても不可能なのだ。
どんなに認めたくなくても、現実は変わらない。
莉一は溢れてくる涙と共に嗚咽を漏らした。
その様子に蛍は掴んでいた莉一の胸倉から手を離す。
蛍の手から解放されて顔を下に向けた莉一は、ニャニーの様子がおかしいことに気付いた。
「ッ…………実花!?」
「…………」
ニャニーは何も応えない。
先程までの苦しんでいる様子もなく、ただの人形のように莉一の膝下に転がっていた。
到頭時間切れが来てしまったのである。
「実花……実花ッ!!」
震える声のまま、莉一がニャニーを抱き上げる。何度も名前を呼ぶが、ニャニーが応えることはなかった。
「そんな……お願いですッ……だって……まだッ……」
莉一の目から溢れ落ちる雫がニャニーを濡らしていく。
悲しみに包まれる中、今まで黙っていた奏楽が既にただの死体となった実花の身体を抱いたまま、莉一の前で膝を着いた。
「ッ?……」
「……結果は何も変わりません。時間もほんの少ししか保ちません」
突然の奏楽の言葉に、何を言ってるのか脈絡が掴めない莉一は頭に疑問符を浮かべる。構わず奏楽は真剣な表情で続けた。
「それでも良ければ……ボクがお二人の約束を代わりに果たします」
読んで頂きありがとうございました!!
一週間がいつの間にか過ぎていて、大慌てで書き上げました。お陰様で中々に読み難い文章を書いてしまった感が否めません。
もしかしたら、後で改稿します。多分……。
それはそうと、前回奏楽の異能を紹介することを案の定忘れていたので、ここで説明します。
奏楽の異能は『龍装』。簡単に言えば万物(動物除く)に龍型の武装をすることができる能力です。木の枝だろうが石ころだろうが、奏楽の異能に掛かれば、威力百の武器に早変わりというわけです。つまり身の回りのものを全て武器に変えることができる超アタッカータイプです。
本当は他にもありますが、とりあえずはここまで。
後の奏楽の異能説明については恐らく近々本編で出るはず……
次回もお楽しみに!




