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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜常盤色の人形遣い〜
33/101

実花の正体

 

「〜ッ!!」

「ヴゥ〜〜〜!!」


 歯を食いしばる音とこもった呻き声が工場内に響く。

 実花の牙は結局被害者の首に届くことはなく、代わりに奏楽の右腕を噛んでいた。

 奏楽が背後から羽交い締めの要領で実花の口に自身の腕を押し付け、実花の牙から被害者を守ったのだ。


「ソラ!!」


 蛍が叫ぶ。

 実花の力は相当なものだ。このままでは奏楽の腕が食いちぎられてしまう。

 しかし、そんな蛍の心配を他所よそに、凄まじい力で噛み付かれながらも奏楽の腕からは血の一滴すら流れていなかった。


「ッ!!……やっぱりそうだったんですね……」


 痛みに耐えながら、奏楽が空いてる手で実花の頭を撫でる。

 奏楽の言動の意図がわからず、蛍と莉一は揃って頭に疑問符を浮かべるが、その謎はすぐに奏楽の口から明かされた。


「実花さん、貴女……本当は亜人ですよね?」

「「!!??」」


 蛍と莉一が同時に目を見開く。

 奏楽の言葉が届いているのかわからない実花の身体は、一瞬ピクッと反応を示すと、変わらず奏楽を振り払おうと暴れ始めた。だが、ニャニーは明らかに動揺した瞳で奏楽を見つめている。


「ずっと我慢してきたんですよね?人を食べないように……傷付けないように……大丈夫ですよ?実花さんがずっと守ってきた矜持を、ボクがこんな形で台無しにしたりしませんから」

「ヴゥ〜〜〜ッ!!」


 言いながら奏楽は、奏楽を振り払おうと暴れる実花の身体を更に力強く抱き締めた。その拍子に実花の牙が奏楽の腕により深く喰い込むが、その皮膚が食い裂かれることはなく、血も流れない。

 これも星力を使った貴人の特徴だ。

星力鎧包せいりきがいほう』と言って、体内に流れる星力を体外へ放出し、身体全体を覆うことで自身の身体を護るのだ。目に見えない鎧を纏うようなものである。

 奏楽は実花の『人間を食べたくない』という意志を尊重して、血が出ないように、実花が人間の味を覚えないように『星力鎧包』をしているのである。


「お、おい、ソラ!実花が亜人ってどういうことだよ!?貴人なんじゃなかったのか!?」


 あまりの衝撃発言に数秒固まっていた蛍が、我に返って奏楽に問い正す。

 実花が亜人など寝耳に水だ。

 そもそも莉一や実花自身、実花が貴人であるように振る舞っていたし、一体どこからそんな考えが浮かんだのか。

 だが奏楽は確信があるらしく、「まずですね〜」と根拠を話し始めた。


「変だなって思ったのは、実花さんの身体が日中は暴れないって聞いた時ですね〜」

「?確か『お腹が空かないから暴れない』んだろ?亜人には夜行性の種族もいるし、実花の身体に宿した亜人の魂の影響じゃねぇのか?」

「ニャニーさんから聞いた話では、一ヶ月前莉一くん達を襲ってきた亜人は夜行性じゃありませんよ?襲ってきたのはお昼前だったらしいですからね〜」

「そう言やそうか」


 蛍が納得する。

 問題はここからだ。

 亜人の魂の影響ではないのなら、何故実花は日中暴れないのか。ニャニーの言う『お腹が空かない』が本当の理由で間違いないなら、考えられることは多くない。

 元々実花の身体が夜行性の亜人であるということだ。


「後は実花さんの身体の特徴ですね〜」

「特徴?」

「莉一くんの異能は、あくまで魂を宿すことによる新たな人格と命の形成ですから、肉体を変化させることはない筈です。でも、実花さんには亜人並のパワーと鋭い牙がある……」

「つまり、元から実花の身体には亜人の身体的特徴があるってわけか」


 続きを代弁した蛍の発言に奏楽が頷く。

 とそこで、蛍はあることに気付いた。

 数十分程前、奏楽の話していた考察のことだ。


 ……『貴人や亜人は身体に星力が流れてるんで、少しの間は肉体が生前のまま保たれるんですよ〜。貴人なら一週間、亜人なら三週間はちますね〜』

 ……『莉一くんの星力が残ってるんで、普通より長くったんじゃないですか〜?』

 ……『実花さんの身体にどれだけ莉一くんの星力が入ってるかによりますけど……ニャニーさんやニャイチさんに入ってる量と同じくらいならって、一週間ってところですね』


 確か莉一の星力によって死体が綺麗に保たれる時間と元々亜人の死体がつ時間を合わせれば丁度一ヶ月となる。

 蛍の頭の中でようやくピースが埋まった気がした。


 ……だから、一ヶ月死体がったのか……亜人だったから……。


 蛍が完全に実花が亜人であると納得する一方で、今まで実花が貴人であると一切疑ってこなかった莉一は唖然としたまま立ち尽くしていた。

 奏楽の根拠を聞けば、否定の文字は既に浮かんでこない。それどころか、莉一自身思い当たる節がある始末である。

 それでも認めたくなかった。


 ……そんな筈……だって、自分の両親はガーディアンと関わりがあって……亜人を連れて来れる筈が……そもそも実花からそんな話、一度も聞いたこと……。


 纏まらない莉一の頭の中で、様々な考えが浮かんでは消えていく。

 縋るように莉一は、実花の魂が宿っているニャニーに目を向けた。

 否定して欲しい。例え嘘だとしても。

 奏楽の言葉や自身の考えより、莉一はニャニーの……実花の話を信じられるから。

 莉一の視線を受けてか、無言で固まっていたニャニーは小さく自虐的な笑みを溢して、ソッと口を開いた。


「奏楽さんの言う通りなの。私は亜人なの」

「ッ!!実花ッ!」


 思わず莉一が実花の名を呼ぶ。

 それはニャニーの言葉を叱責するような否定するような響きを帯びていた。

 だがしかし、ニャニーは自身の発言を訂正しようとはしなかった。くるりと莉一に身体を向けて、眉根を下げてニャニーは笑う。


「ごめんなさいなの。ずっとお兄ちゃんを騙してたの。私本当は“貴人にんげん”じゃないの。“亜人ばけもの”なの。本当にごめんなさいなの」

「ッ…………!」


 まるで頭を鈍器で殴られたような感覚だった。

 苦しそうに謝るニャニーに、グチャグチャとした感情が莉一の胸に込み上げてくる。

 感情を吐き出すように、莉一は「何故」と声を上げた。


「何故言わなかったんです!?どうして……いつでも言えるタイミングはあった筈だ!」

「それは……お兄ちゃんのパパとママに絶対に言うなって言われてたの……」

「ッ!」


 莉一はすぐに理解した。

 当然だ。

 自分の両親がどんな人間かは莉一が一番よく知っている。

 自身の欲望を満たす為なら、どんな危険な橋だろうが平然と渡る。例えどんなことをしでかしたとしても。

 亜人という研究材料欲しさに実花に手を出し、けれどもガーディアンにバレたらマズいので厳重に口止めをしていたなど考えるまでもない話だ。

 今秘密をバラしたのは、ガーディアンの頂点に君臨する北斗七星である奏楽にバレ、隠しきれないと踏んだからだろうか。

 納得する莉一だが、ニャニーはフルフルと震え出すと涙声で「違うの」と漏らした。


「は……違うって……」

「違うの。言うなって言われてたのは本当なの。でも!……でも本当は……私が怖かったからなの!」

「!?」

「私……お父さんとお母さんに『亜人だ』ってバレてから、嫌われちゃったの。家に入れてくれなくて、目を合わせてくれなくて……ずっと『大好きだよ』って抱き締めてくれてたのに……!亜人は化け物だから……嫌われ者だから……やっと仲良くなれたお兄ちゃんにバレちゃうのが怖かったの!嫌われちゃうのが怖かったの!だからずっと言えなくて……私、とっても悪い子なの!自分のことばっかりなの!本当にごめんなさいなの!」

「…………」


 初めて聞かされた実花の過去に、思いに、莉一は思わず押し黙る。

 実花が誰かに嫌われたくなくて、自身の種を偽るのは当然のことだった。

 貴人や凡人にとって亜人は、自分達の生活を脅かす天敵だ。だからこそ亜人に対して容赦はしないし、変に情を抱くとこちらが食べられる。決して相入れることはないのだ。

 知っている。それくらい、莉一だって知っている。

 だから認めたくなかったのだ。


「だったら何故……どうして今バラしたりしたんです!?ずっと隠していれば良かったでしょぉ!?何があっても、例え誰かにバレたとしても!嘘でも何でも言って、隠し通せば良かったじゃないですか!!貴女が肯定してしまったら!……もう認めざるを得ないじゃないですかぁ……わかってるんですか?自分は貴人なんですよぉ?将来ガーディアンになってるかもしれないんですよぉ?貴女が亜人なら……俺は……俺は貴女を、殺さなくちゃいけないんですよぉ?」


 莉一が俯き歯を食いしばる。

 どうしても認めたくなかった。実花が亜人てきであると。殺すべき相手であると。

 実花が莉一に嫌われたくないと思うように、莉一だって実花を殺したくはない。

 それ程までに二人はもう互いに情が芽生えている。


「良いの」

「ッ!?」


 ニャニーの声に莉一はハッと顔を上げた。


「お兄ちゃんになら殺されても良いの……ううん、私の身体はもう死んでるの。だからお兄ちゃんは気にしなくて良いの。私、この姿結構気に入ってるの。だって誰かを見てもお腹空かないの。このぬいぐるみさんの身体なら、誰のことも傷付けないの。だから、お兄ちゃん……私の身体を救っ(ころし)て?」


 先程までの無理をしている笑みは消え、穏やかに笑うニャニー。

 対して、莉一は血が滲む程固く拳を握り締めた。


「ッ!()()()()()()()なんですよ!!……大体……どいつもこいつも……もう死んでるだとか、既に死体だとか……そんなことできるわけないでしょぉ!?頭では理解してんですよ!!実花の身体はもう死んでる!亜人なら尚更、さっさと見限れば良い!でも!……そんなことできたら苦労しませんよ!!何で一ヶ月間、身体に鞭打って寝るの我慢して、貴女が誰かを襲わないように身体を押さえてたと思ってるんです!?何でたかが一つの約束を果たす為に、できるかどうかもわからない研究を何年もやってると思ってるんです!?全部!!全部貴女が!……実花のことが好きだからですよ!!『本当は亜人だった』!?今更言わないでくださいよ!!もう実花は俺にとって大切な人なんですよ!!何が何でも守りたいし、困ってるなら助けてあげたいんですよ!お願いだって、何だって聞いてあげますよ!!『身体は諦めろ』?身体も魂も全部合わせて“実花”でしょぉ!?今更見捨てるなんてできるわけないじゃないですか!!!」

「お兄ちゃんッ……」


 感情のまま叫んだ莉一がハァハァと肩で息をする。莉一の言葉にニャニーは目から涙が溢れていた。


 ……莉一くん……実花さん……。


 暴れる実花の身体を変わらず押さえながら、二人のやり取りを黙って見ていた奏楽が心の中で呟く。

 どうにかして二人のことを救いたいと思ったところで、奏楽は一つの違和感に気付いた。


「ヴゥ〜〜〜!!」

「!」


 呻き続ける実花。何とか奏楽を振り払おうと腕や足に力を入れているが、先程までと違いどことなく動きが鈍い。その上、少し肌も硬くなっている気がした。


 ……まさか……。


 奏楽の頭の中に一つの可能性が過ぎる。

 その時、ニャニーが胸を押さえて苦しみ出した。


「ウッ…………!」

「!?ニャニー!?」


 座り込んでしまったニャニーに、慌てて莉一が駆け寄る。

 動きが鈍くなり肌が硬くなってきた実花の身体と、それに呼応するかのように突如苦しみ出したニャニー。


 ……『それじゃあダメ』ってもしかして……。


 考えうる最悪な可能性に、奏楽は珍しく険しい表情を浮かべた。


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