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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜常盤色の人形遣い〜
32/101

お返し

 


「決まってんだろ?テメェの妹を『化け物』から『人間』に戻しに来たんだよ」



 〜       〜       〜



 時を遡ること十分前。実花の身体を火葬すると決めた直後のこと。


「燃やすなら、俺の異能じゃ使い物になんねぇな」

「まあ……ほたちゃんの異能、簡単に言えば“水の膜”ですもんね〜」


 蛍はどうやって実花の身体を燃やすか考えていた。

 要は実花の身体に火を付けて、その身体が燃え尽きるまで、暴れるであろう実花を押さえつければ良い話だが、火を付けるのはともかく、燃えているものを生身で押さえることはできない。

 どちらにせよ、異能を使うのが一番手っ取り早いわけだが、蛍の異能は『水鏡』。つまりは“水”。普通にマッチなどで点火したとしても、異能で実花の身体を押さえることができない。逆に火を消してしまうのだ。

 ならばどうするか。


「仕方ねぇか。じゃあソラ、お前が実花の身体を燃やしてくれ」

「え……」

「俺じゃあ、火を付けることはできても押さえることができねぇし、どうせ莉一あいつの足止めが必要だからな。俺が莉一あいつの気を引いてる隙に頼んだぞ、ソラ」

「…………」



 〜       〜       〜



『蛍が莉一の相手をしている内に奏楽が実花の身体を燃やす』

 作戦を頭の中で復唱しながら、蛍は手で印を結んだ。


 “水面鏡すいめんきょう


 蛍が小さく唱えると、十枚の水の膜が一斉に莉一の周りに現れる。


「!?」

「そんじゃまあ……昨日のお返し、たっぷりしてやるよ」


 ニヤリと笑った蛍に、すぐさま莉一が臨戦体勢を取った。

 だが関係ない。

 蛍は胸ポケットからスティックライトのようなものを取り出すと、側面に付いてあるスイッチを押した。

 するとスティックから光が一直線に飛び出していき、そのまま蛍の出した水鏡の内の一つにぶつかる。そして……。


 “水面鏡・反射線弾はんしゃせんだん


「ッ!!」


 莉一がすぐさまその場から離れた。

 蛍の水鏡に当たった光は水面を反射し、別の水鏡にぶつかってまた反射する。そうして十枚の水鏡を反射しながら、物凄いスピードで先程まで莉一が立っていた床を粉砕していた。


「レーザー光線って奴だ。当たりゃあ、致命傷……で済まねぇかもな」


 蛍が笑う。

 蛍の取り出したものはスティック状になっている携帯用レーザー光線銃だった。

 光線が蛍の水鏡を反射して行きながら莉一を襲うという仕組みで、レーザーの発信源は一つでも、莉一の周りを浮かんでいる十枚の水鏡が、四方八方から相手を狙うことを可能にしている。

 しかし、莉一は小さく舌打ちを溢しただけですぐに冷静さを取り戻した。


「確かにまあまあ厄介ではありますけどねぇ。お宅の異能の弱点は知ってんですよぉ!」


 莉一は上着の裏ポケットに仕込んである銃に手を伸ばすと、銃口を自身の正面にある水鏡に向けた。

 パァアンと銃声が工場内に響き渡る。すぐ後には、凍りついた水鏡の砕け散る音も聞こえた。

 莉一特製氷結銃だ。

 一つ水鏡を壊すと、次々に莉一は氷結銃で水鏡を狙っていく。流れるように壊されていく水鏡だが、蛍とて壊されることは想定済みだ。


「無駄だ!どんだけ壊したって、いくらでも増やしてやる!」


 言葉通り、蛍も負けじと破壊された分水鏡を増やしていった。勿論、レーザー光線を水鏡に当てることも忘れない。

 乱反射する光線の中、莉一は素早くそれらを躱しながら蛍の水鏡を凍らせ破壊していく。

 正にイタチごっこ。一進一退の攻防戦だ。


「そんな無作為に異能を使って、星力がつんですかぁ?単細胞みたいな攻撃ですねぇ」

「ハッ、言ってろ!心配しなくても、狙いはテメェじゃねぇよ!」

「?」

「何の為にレーザー使って、テメェを移動させたと思ってんだよ」

「ッ!ま、まさか!」


 蛍の言葉に、意図に気付いた莉一が顔を青褪めさせる。

 慌てて実花の方へと身体を向けようとするが、レーザー光線がそれを許さない。

 時既に遅し。完全に莉一は嵌められた。

 蛍は初めから、実花から莉一を離す為に技を仕掛けていたのだ。


「今の内だ!やれ、ソラ!!」

「止めろ!!逃げろ実花ァア!!」


 蛍が奏楽の名を呼ぶ。

 莉一が叫ぶが、全く動く気配のない実花の目の前に、既に奏楽は立っていた。

 無表情で実花を見下ろす奏楽は、そのまま右腕を静かに持ち上げると……何もせず腕を下ろして蛍に向かってヘラッと微笑んだ。


「「??」」

「やっぱり止めました」


 良い笑顔で言い放った奏楽。

 一瞬の沈黙が工場内を支配する。


「……は、はぁあああ!!!??おま、何言ってんだよ!?ソラ!!やっぱり止めたってどういうつもりだ!!?」


 蛍の怒号が飛ぶ。

 莉一も莉一で奏楽の意図が読めず、困惑したまま固まっていた。

 対する奏楽はあっけらかんと「だってやりたくないんですもん」と幼い子供のような言い分を躊躇なく言った。


「いくら死体でも、やっぱり動いて意思もあるヒトを殺す気なんて、ボクにはないですね〜。それに莉一くんを助ける為の作戦で、莉一くんを傷つけちゃ意味ないですよ」

「今言うことかよ!?大体動いて意思があるっつっても、それは莉一あいつの異能の所為だろ!?死体なんだから“殺す”ことにはなんねぇし、目の前で火葬が済めば諦めも……!?」


 そこで蛍の言葉が途切れた。

 工場に着いてすぐニャイチと一緒に奏楽の腕から降りていたニャニーが、蛍の隙を突いてレーザー光線スティックを奪ったのだ。


「「!!」」

「ニャニー!?」


 莉一が目を見開く。

 ニャニーは真っ直ぐスティックを実花の身体に向けた。


「ダメなの……もうお兄ちゃんに迷惑かけたくないの……誰も傷付けたくないの……私は身体わたしを許せないの!!」

「み、実花ァアアア!!!」


 莉一が駆け出すが間に合わない。

 ニャニーの放った光線は実花の身体目掛けて空を切っていく。

 逃げる素振りのない実花の身体。

 実花の心臓に当たる……というところで、レーザーを何かが弾き飛ばした。

 実花の身体に当たらなかった光線はガチャという金属音を鳴らして、代わりに何かを破壊する。


「…………」


 ニャニーが眉根を寄せた。

 ニャニーの視線の先には、龍の形をした鉄パイプを持った奏楽の姿があった。恐らく咄嗟にその辺に落ちていた鉄パイプに自身の異能を纏わせ、レーザー光線を叩き切ったのだろう。


「何で……何でなの!?お兄ちゃんを助けてくれるって言ったの!!なのに、何で邪魔するの!?そこ退いて欲しいの!!」


 スティックの先端を脅すように奏楽に向けるニャニー。だが、奏楽は一歩も退くことなく口を開いた。


「莉一くんを助ける……その言葉に嘘はないですよ?でもボクは、莉一くんを助けたいっていう実花さんの想いと同じくらい、実花さんを守りたいっていう莉一くんの意思を尊重したいです!大切な人を想う気持ちは誰でも一緒で、どっちが正しいとかないです。だからボクはこのまま実花さんの身体を見殺しにしたくありません!」

「ソラ……」


 奏楽の強い眼差しに蛍が呟きを溢し、ニャニーが押し黙る。

 その様子に、黙って成り行きを見ていた莉一が「ニャニー」と声を掛けた。


「ニャニー……いえ、実花……貴女が二人をけしかけたんですかぁ?」

「………」

「何故……自分の身体でしょぉ?心配しなくても、自分は迷惑だなんておもってませんし、絶対に誰のことも傷付けさせませんよぉ?安心してください。きっと……きっと元に戻してみせますから。だから、まだ諦めないでくださいよぉ」

「………」


 しばらく黙り込むニャニー。

 知っているのだ。どれだけ莉一が頑張ろうと、自分の身体の猶予がもう幾許もないということを。それを知ってしまえば、莉一がとても悲しむということを。莉一が自分を責めてしまうということを。

 だからこそ、ニャニーは何も言えなかった。言いたくなかった。


「実花、お兄ちゃんが何とかしますから、絶対に!だから、そのスティックをこちらに渡し……」

「……なの……お兄ちゃんには絶対無理なの!!もういっぱい!たくさんの人にケガさせちゃってるの!!私の所為なの!!もう嫌なの!!」

「それは貴女の所為じゃありません!!自分の異能の所為で……亜人の魂が暴走して……」

「違うの!!私の所為なの!!だって!だって私は……」

「実花?……」


 実花が言い終わる前に状況が変わった。

 いち早くソレに気付いた蛍が咄嗟に「ソラ!」と叫ぶ。


「ウッ……ヴゥ〜〜〜」

「「「!!」」」


 ずっと微動だにしていなかった実花の身体が唸り声と共に突如動き始めたのだ。まず実花の身体は目の前に立っていた奏楽を襲おうと腕を振り翳す。

 振り向きざま、すぐさま反応できた奏楽は、そのまま後ろに飛び退いて実花の攻撃を回避した。


「呑気に言い合ってる場合じゃねぇな。ソラ、元々お前が作戦を止めたんだ。どうするかぐらい考えてんだろうな?」

「ん〜、あんまり考えてないです〜」


 ヘラッと笑う奏楽に蛍は「はぁあ!?」と目を見開いた。


「おま、どうすんだよ!?これ!!」

「まあまあ、焦っても良いことないですよ〜」

「お前が言うな!!!」

「子守唄で大人しくなるんですよね?だったら、一旦子守唄で大人しくさせてから、ゆっくり対策考えましょ?」

「考えなしにも程があんだろ!!」


 二人も二人で呑気に言い合いをしている訳だが、勿論そんな場合ではない。

 蛍達に襲い掛かって来ると思われた実花の身体は、クルリと蛍達とは全く別方向に正面を向けたのだ。

 一瞬頭に疑問符を浮かべる蛍と奏楽だが、実花の身体が向いてる方向を見て一気に嫌な予感が頭の中を駆け巡る。

 実花の向いてる方向……そこには壊れた檻の中、ベッドで眠っている誘拐被害者の一人がいた。


「な、何で檻が壊れて……」


 莉一が動揺した声を上げる。

 それに対して思い当たる節があったのか、「あ」と奏楽は苦笑いを溢した。


「ごめんなさいです〜。さっきレーザー光線弾き飛ばした時、何か壊しちゃったんですよね〜」

「ソラ!!!」

「あっはは……申し訳ないです。でもおかしいですね〜。いくら焦ってても、人がいるところに飛ばしたりしないんですけどね〜」

「そんなもん、ミスすることなんざ誰でも……あ」

「「?」」


 奏楽と莉一が同時に首を傾げる。二人の視線を浴びながら、蛍は「あー」と言いづらそうに声を漏らした。


「悪ぃ。俺の水鏡で軌道ズラしたかもしんねぇ……」

「!!あ、貴方、人のこと言えないじゃないですかぁ!!」

「アッハハ!流石ほたちゃん、呪いレベルの不幸体質ですね〜」

「うるっせぇよ!!これでも前よりかはマシになってんだよ!!」


 ギャーギャーと騒ぐ三人。

 そうこうしている内に、実花は被害者のところへもう後数秒というところまで迫っていた。

 今からでは、実花の身体に追い付けない。


「マズい!おい、その銃で実花を凍らせろ!!」

「はぁあ!?できるわけないでしょぉ!?そんなこと!おたくこそ!お得意の水の盾はどうしたんですかぁあ!?」

「水鏡は一度に十枚しか出せねぇんだよ!!銃で撃つっつっても、ちょっと凍らせるだけだろ!!別に死体なんだし良いじゃねぇか!!このままだと、テメェの妹が人殺しになっちまうぞ!!」

「ッ!!……ですが……」


 銃口を下に降ろしたまま、莉一は銃を握り締める。頭では理解していても、どうしても実花を撃つことに抵抗があった。


「ヴゥッ!ヴァアアアアアア!!!」

「ッ!!止めろ!実花ァアアアアア!!!」


 莉一の制止の声も虚しく、実花が鋭い牙を剥き出しにして被害者の一人に襲い掛かった。

読んで頂きありがとうございました!!


実花の身体がしばらく停止していたのは、前話で莉一が実花に『命令』をしていたからです。

『命令に忠実な兵士』を作る実験の後遺症がまだ残ってるので、一日一分くらいなら莉一の命令を守ってくれます。


本編に入れられなかった裏設定です……。

今思えば、奏楽さんの異能をまだ説明してなかったことを思い出しました。隠してるつもりはないけど、本編で明かすタイミングを逃してしまった……。

覚えていたら次回の後書きで出します。


次回もお楽しみに。

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