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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜常盤色の人形遣い〜
31/101

子守唄

 

 荒い息が人通りのない路地裏に木霊する。

 寝起きの頭がガンガンと痛む中、莉一は実花の星力を追って走っていた。

 ある程度道を進んでいけば、実花が何処へ向かおうとしているのかわかってきたらしい。


 ……まさか……。


 嫌な予感を感じて、莉一の頬を冷や汗が伝った。


 ……実花ッ!!



 *       *       *



「実花ッ!!」


 ようやく実花に追い付いた莉一が、荒い息のままその名を呼ぶ。

 莉一の声に反応を示した実花は、一瞬()を壊そうとしていた拳を止めた。

 莉一の悪い予感通り、実花は莉一が治療の為拉致していた誘拐被害者達を集めている廃工場へと来ていた。


 工場には幾つか檻が設置されており、その檻の中に誘拐被害者達がベッドの上で横たわっている。

 檻の中に怪我人を入れているのは、目が覚めた時、実花の犯行を目撃した被害者が勝手に逃げることを防ぐ為だが、そのお陰で実花は莉一が来るまでに誰のことも襲えなかったらしい。

 まだ実花の牙が被害者の誰にも届いた様子がないことに、とりあえず莉一は胸を撫で下ろした。

 だがホッとしている場合でもない。

 実花は既に莉一から意識を逸らし、再び檻の格子を破壊しようと拳を打ち続け始めているのだ。鉄の鎖すら引き千切れるパワーの持ち主だ。鉄格子といえど、破られるのは時間の問題だろう。檻が破壊されれば、中で眠っている被害者は実花に殺されてしまう。

 それだけは阻止しなければならなかった。


「止めなさい!実花!」


 莉一が背後から実花に抱き付く。


「ウウッ!!ヴゥ〜〜!!」


 唸り声を上げながら実花が暴れるが、莉一は腕の力を緩めようとはしなかった。

 実花の力は年上の男である莉一の力すら上回っている。

 莉一は全力で実花を押さえながら、スゥと小さく息を吸い込んだ。


「―――♪」



 *       *       *



 その頃、実花の身体をどうするか決めた蛍達は、現在実花の星力を辿れる奏楽の案内に従って屋根の上を走っていた。


「そういや、莉一あいつはどうやって気絶することも寝ることもねぇ実花の身体を夜通し押さえてんだ?後学校行ってる間はどうしてんだよ。拘束してもすぐに抜け出すんだろ?」


 走りながら蛍が奏楽の腕の中にいるニャニーに尋ねる。ニャニーは「えっとね」と口を開いた。


「朝とお昼はね大人しいの。()()()()()()()からだと思うの。だから放っておいても大丈夫なの」

「『お腹が空かない』って……そもそも何で死体が空腹を感じんだよ……」

「……」


 ニャニーの返答に納得できないと蛍が呟く。そんな中、奏楽は一人、ニャニーの言葉に引っ掛かりを覚えていた。


 ……やっぱり、実花さんってもしかして……。


 奏楽の考えがまとまる前に、蛍の声が奏楽の思考を遮る。


「それで?夜、実花を押さえる方法は?」

「子守唄」

「は?」

「お兄ちゃんがいつも歌ってくれた子守唄があるの。それを聴くとね、何故だか暴れなくなるの」


 予想と斜め上の方法に蛍が「はぁあ」と眉根を寄せる。てっきり一晩中取っ組み合いのプロレス合戦的なことをやっているのかと思っていた。

 そんな簡単なことで止まるのかと呆れるが、瞬時にそれでも夜通し歌い続けるのは体力的にも喉的にも限界があるなと蛍は考え直す。

 どちらにせよ、暴れなくなる方法があるのは朗報だ。

 実花の身体を焼く時に手間が掛からない。


「その子守唄って、もしかしてアレですか?『大丈夫だよ』って始まる……」

「それなの!」

「あ〜、ソラが俺を寝かしつける時に歌うヤツな。秒で寝れるヤツ」

「ほたちゃん、一瞬で寝ちゃいますよね〜」

「うるせぇよ!あれは子守唄がっていうより、テメェの“声”だろ!」

「つまりほたちゃんにとってボクの声は、すぐに寝ちゃう程落ち着くモノってことですね〜。照れちゃいます〜」

「微塵も照れてねぇだろ!!」


 全く照れてない様子で蛍を揶揄う奏楽と、図星を突かれて割と本気で赤面している蛍。

 やいのやいの二人が戯れ合う中、実花と莉一が居る工場まではもう数分程の距離になっていた。


「……ほたちゃん、もう少しで実花さん達の居る場所に到着します」

「おう、わかった」


 ラストスパートをかけるように、二人は走るペースを一気に上げた。



 *       *       *



 工場内に莉一の歌声が響いている。

 ニャニーの言う通り、子守唄を聴いた実花は暴れていた身体の動きをピタリと止め、大人しく莉一に頭を撫でられていた。


 ……このまま朝まで大人しくさせて、夜が明けたら家に連れ帰りますかぁ……それより、最近実花の身体、少しずつ硬くなっているような……。


 莉一が歌う声を止めることなく考え込む。

 しかし、思考が纏まる前に迫って来る四つの星力に気付き、莉一は意識をそちらに向けた。

 そして聞こえてきた呑気な声。


「お邪魔します〜」

「呑気に言ってる場合か!」

「ニャー!」

「お兄ちゃん!!」


 騒々しく工場に入ってきた蛍達に、莉一が眉を顰める。

 星力で気付いていたことだが、奏楽の腕の中に収まっているニャイチとニャニーの姿に、更に莉一は目付きを鋭くさせた。

 だが人に睨まれることなど慣れに慣れまくっている蛍は、莉一の視線など意に介さない。


「なるほどな。ここに誘拐してきた奴らを監禁してたわけか。探す手間が省けたな」


 工場内をグルリと見回した蛍が呟くと、奏楽も「そうですね〜」と頷いた。


「あのが実花さんですか〜。美人さんですね〜。とっても可愛いです〜」

「ソラ、お前ヤることちゃんとわかってんだよな?」


 相変わらずのほほんとした感想を溢す奏楽に、呆れたように蛍がツッコむ。

 いつも通りの二人だが、逆に“いつも通り(ソレ)”が莉一にとっては怪しく見えた。莉一は実花の耳元に口を寄せると小さく「ジッとしてなさい」と()()し、歌声を止める。


「……こんなところまで、わざわざ何しに来たんですぅ?」


 目一杯睨み付ける莉一だが、そんなことお構いなしに蛍は「ハッ」と笑った。


「決まってんだろ?テメェの妹を『化け物』から『人間』に戻しに来たんだよ」

「…………」



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