実花の覚悟
「……限界ってどういうことだ?」
蛍が首を傾げる。
蛍の疑問に答えるように、ニャニーは「えっとね」と更に続けた。
「最近ね、私の身体が固まってきてるの。手とか足とか動かしにくいの。それにね、たまにね、足の裏とかに紫色の点々ができるの」
説明が難しいらしく、手振り身振りで頑張るニャニーに対し、言ってる内容に思い当たる節でもあるのか蛍が「おい、それって」と奏楽に視線を向ける。奏楽もニャニーの話す実花の身体に起こった変化に心当たりがあるのか、珍しく険しい表情で「ええ」と頷いた。
「『死後硬直』ですね、恐らく。紫色の点々は『死斑』だと思います」
奏楽の発した単語に蛍はやっぱりと思う。
死後硬直や死斑とは死んだ人間の肉体に起こる変化のことだ。顎関節から固まっていき、次第に身体中の筋肉が硬直することを死後硬直、心臓と共に血流が止まることで血液が身体の一番地面に近い所に溜まっていき、血の跡が肌に浮かび上がってできる紫色の点々のことを死斑と言う。
亜人だろうが貴人だろうが、死んだ後の変化は凡人と変わらない。実花の肉体は既に死んでいるので、死後硬直したり死斑が現れたりするのも不思議なことではないだろう。
だがおかしな点がいくつかあった。
「否でもおかしくね?何で死後硬直が先に始まってんだよ。普通死斑の反応が出た後に死後硬直だろ?大体ニキビじゃあるまいし、死斑は時々できるもんでもねぇよ。それ以前に死後硬直も死斑も死んで一日の間に起こることだぜ?実花の身体が死んで一ヶ月経とうとしてんに、いくら何でも遅過ぎだろ」
蛍が不可思議な点をいくつか上げると、奏楽は「そうですね〜」といつも通りのフワフワした口調で自分の推測を話し始めた。
「(莉一くんの異能の)専門家じゃないんで、詳しくは何とも言えませんけど……とりあえず死斑が偶にしかできない理由なら予想はできますよ?死斑は血が流れなくなった結果、重力に従って血液が身体の一部分に溜まっていき、その血の跡が肌に浮かんでくる現象ですから、血が流れていれば起こらないんですよね〜。実花さんの肉体は確かに死んでますけど、莉一くんの魂宿のお陰で肉体は動いてますから、血液が一定のところに留まらず死斑も現れないんじゃないですか〜?偶に足の裏にできるのは、ジッとしている時は足を地面に付けているからですよ〜」
「じゃあ死後硬直の方が先に出た理由は?」
「それはわからないですね〜。でも、ほたちゃんさっき死後硬直や死斑は死んで一日の間に起こるって言ってましたけど、それは凡人の場合だけですよ〜」
「は?」
「貴人や亜人は身体に星力が流れてるんで、少しの間は肉体が生前のまま保たれるんですよ〜。貴人なら一週間、亜人なら三週間は保ちますね〜」
寝耳に水な情報に蛍は目を見開く。構わず奏楽は続けた。
「肉体が死んでも、身体の中に星力は多少残るんで、残った星力が止まった心臓の代わりに血液を身体中に運んでくれるんですよ〜。だから死んでしばらくは身体も腐りません」
「でもやっぱり一ヶ月は保たねぇんだろ?」
蛍が尋ねる。奏楽の話だと、一番長く肉体を綺麗に保つことができる亜人でさえ三週間が限界だ。だがしかし実花の肉体は一ヶ月死体のまま生前の状態を保っている。
それは何故か。
「うーん……多分莉一くんの魂宿の影響だと思いますよ〜?実花さんの身体には実花さん本来の星力と莉一くんの星力、二つの星力が入ってますからね〜。実花さんの星力を使い切っても莉一くんの星力が残ってるんで、普通より長く保ったんじゃないですか〜?憶測ですけどね〜」
「それで一ヶ月保つのか?」
「実花さんの身体にどれだけ莉一くんの星力が入ってるかによりますけど……ニャニーさんやニャイチさんに入ってる量と同じくらいなら保って、一週間ってところですね〜」
「合わせて二週間か……まあ前例がねぇ以上、これ以上は考えても無駄か……つか、それよりも何で実花の身体の変化がわかったんだ?」
ふと思い出した蛍がニャニーに視線を向ける。
死後、肉体の変化が起こるのは当然だが、莉一の様子を考えるに変化に気付いているのはニャニーだけだろう。では何故その変化に気付いたのか。
だがニャニーは困ったように眉を下げ首を傾げた。
「あのね、わからないの。わからないけど、なんとなくわかるの」
どうやらニャニー自身よくわかっていないらしい。
「どういうことだよ」と更に頭を悩ませる蛍だが、奏楽はあっけらかんと「やっぱり身体と魂は一心同体ってことですかね〜」と笑った。
「はぁ……まあとにかく、身体が腐りかけっていうなら話は早ぇな。莉一にそのこと説明すりゃ、諦めもつくだろ。実花の身体から亜人の魂をさっさと抜かせて埋葬すりゃ、そんで終いだ」
あっさり告げる蛍。相変わらず合理的だが慈愛の精神が欠落している。
これに反対したのはニャニーだ。
「だ、ダメ!お兄ちゃんには、私の身体のこと内緒にしてほしいの!お兄ちゃんには知られたくないの、絶対!」
「はぁあ?」
「お願いなの!」
「……」
ニャニーの強い意志に蛍は口を閉ざしてチラリと奏楽を見る。
奏楽が蛍の視線の意図を汲み取ってニコッと微笑むと、蛍は一つ大きな溜め息を吐いた。
「じゃあ、莉一に実花の身体のことを言わねぇとして、そしたらやっぱり実花の本体燃やすくらいしか解決策が無くなるが、それでも良いんだな?」
脅すように蛍が問えば、ニャニーは決意した表情で重々しく頷く。ニャニーの覚悟は本物だった。
「なら決まりだな。ソラ、莉一達の居場所わかるんだろ?案内……ソラ?」
蛍が奏楽に道案内を頼もうとしたところで、言い掛けた言葉を飲み込む。いつもの穏やかな表情ではなく、少し憂いだ表情を奏楽が浮かべていたからだ。
また何か色々ごちゃごちゃと考えているのかと、蛍が奏楽の顔を覗き込む。すると、すぐに奏楽はいつも通りの微笑みを浮かべて見せた。
そして、ニャニーに目線を合わせる。
「実花さん。実花さんは、莉一くんを救いたいんですよね?」
「うん!絶対、絶対なの!」
実花が力強く肯定する。その言葉を聞いて、奏楽も「そうですか」とニャニーの頭を撫でた。
「莉一くんも、きっと一緒ですね」
「え……」
「さあ、行きましょうか」
読んで頂きありがとうございました!!
死体の変化についてはネットで超特急で調べた程度の知識しかないので、専門の人から見たら「違うわ、このボケがぁ!」となるかもしれません。ご了承ください。
まあ多少の違いは亜人や貴人だからという理由で納得してください!
なんか最近状況説明ばっかりでストーリーが進んでないので、次回から進められたら嬉しいです。
否マジで今後書きたいエピソードを考えると、さっさと話を進めたいので頑張ります。
気長にお待ちを




