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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇指極編
3/101

不幸体質

 

 どこの世界にも運のない奴は大抵かなりの確率で居るものだ。絶対にくじ引きで当たりが出なかったり、ジャンケンで勝てなかったり、パチンコで大損ぶっこいたり、詐欺に遭ったり……。

 だが、それを踏まえても彼程不運な奴はいないだろう。

 彼の名前は土萌どもえほたる。鮮やかな赤い短髪に深いバイオレットの瞳を持った美青年だが、彼は生まれた時から不幸体質だった。

 何をするにも空回り……どころか蛍が行動する度、面倒事が増えていく。道を歩けば何もないところで躓き転んで、倒れる先は川か池か、車の行き交う道路の中か。

 蛍一人が不運ならまだしも、どうも蛍の不幸体質は周りの人間をも巻き込むらしく、蛍が産まれてすぐ彼の父の働いていた会社は倒産。それを皮切りに夫婦仲に亀裂が走り、瞬く間に離婚。その後蛍は孤児院へと入れられた訳だが、そこでも“疫病神”だと疎ましがられ、実際蛍の所為で何度施設が火事で丸焦げになりかけたことか。

 頭も運動神経も悪くはないが、何故かやること成すこと全て悪い方向へと転んでいく。

 紛うごとなき“疫病神”。

 そんな人生を十何年と過ごしてきた蛍だ。メンタルだけは無駄に鍛えられてきた……鍛えられてきた筈なのだが……。


 ……流石にこれは“不幸”なんて言葉で表せないだろ。


 なんて、蛍は心の中で愚痴を溢す。

 今日は六月五日金曜日。記念すべき蛍の十六歳の誕生日。

 そして蛍の目の前にはいかつい男二人組。その節くれだった手に握られているのは一枚の紙。

 この十六年間、誕生日プレゼントなどたった一人の変人を除いて誰からも貰ったことがない蛍だが、まさか見ず知らずの男から貰える程モテるようになっていたとは……。蛍は肩を竦めた。


「おい!何余裕ぶっこいてんだ!!?さっさとテメェの親がこさえた借金返せや!オラァ!!」


 前言撤回。見ず知らずの男からの贈り物じゃない。生まれて初めての両親からの誕生日プレゼントだ。

 最初で最後の両親からのプレゼントが借金だなんて、我ながら笑い話にもなりゃしないと、蛍は自嘲気味に笑った。


「はぁ……俺はその名前も知らねぇ親から捨てられたんだが?何でもう子供でも何でもねぇ俺に借金の皺寄せが来てんだよ」

「テメェが捨て子だろうが何だろうがそんなことはどうでも良いんだよ!!確かに借金保証人のところにテメェの名前が書いてあんだろうが!!」

「さっさと貸した金一千万に利子つけた一億円持ってこいや!!」


 蛍が問えば、男二人から理不尽な怒号が飛ぶ。

 借りた金が一千万円であるのに対し、返さなければいけない額はぴったり十倍の一億円。どれだけ滞納すれば九倍の利子がつくのか、是非とも聞きたいところだと、蛍は呆れた。

 そもそもそんな大金を持っていたら、蛍はこんな築何十年のボロアパートで暮らしていない。


「見ての通り、んな大金持ってねぇよ。つうか、学校遅刻するんだが?」


 借金取り相手に一切怯まず蛍が告げる。だがそれで退く相手ではない。


「金がねぇのはわかってんだよ!!」

「金がねぇなら体で払え!!」


 ある意味常套句を叫びながら、男二人が更に距離を詰めてくる。そんな中、蛍の頭は非常に冷静だった。


 ……はぁ、時間が勿体ねぇ。()()()が来る前にさっさと片付けるか。


 こういった連中はどうせ言葉で言ってもわからないだろう。要は蛍が借金を返さなくてはいけないという証拠を消せば良いのだ。


 ……あの契約書破り捨てて、ちょっと脅せば良いだろ。


 蛍の考えは決まった。

 実は蛍はこう見えて結構腕が立つのだ。本来こんな見せかけだけの男二人など目ではない。目ではないのだが……不運過ぎて喧嘩で勝つ前に、大抵蛍の身に何かが起こってしまうのだ。

 蛍は軽く息を吸い込み、瞬時に男の懐へと入った。

 だがしかし……。


「うおっ!」

「「!!??」」


 やはりと言うか何と言うか、足を踏み出したは良いものの、廊下に落ちていたらしい何かを踏み付けた蛍がバランスを崩し、前方二人に思いきり突っ込んでしまった。

 流石は疫病神。

 硬い廊下に倒れ込んだ三人は、それぞれぶつかった所を手でさすりながら起き上がる。

 またやっちまったと思いながら蛍が男二人の顔を見ると、憤怒一色といった様子の男達と目が合った。

 どうやら完全に怒らせたらしい。

 丁度その時、金属製のアパートの階段を誰かが登ってくる音が三人の耳に届いた。

 その次の瞬間、間伸びした気怠げな声が緊迫した空気をかき消す。


「なーにしてるんですか〜?ほーたちゃん?」


 ……ゲッ………!


 蛍の顔が最大限に歪められる。

 蛍の視界には、目の前の男二人を通り越して、一人の()()()の姿しか映っていなかった。

 少しだけ癖っ毛の柔らかな短髪は色素の薄い新橋色をしている。真夏の雲一つない空を思わせる紺碧の瞳は、まるで宝石のようだ。幼さを残した顔立ちは人形のように整っている。

 美少女と見紛うが、着ている制服が男物なので男なのだろうか。


「………ソラ………」


 蛍の呟きに合わせるように、ソラこと春桜(しゅんおう)奏楽(そうら)がニコリと微笑んだ。



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