莉一の独白
昼休み、奏楽から事件のことを色々と勘繰られた莉一は、機嫌最悪のまま学校から家へと帰ってきていた。
ちなみに、莉一の家は地下研究所付きの一軒家で、現在彼は一人暮らしをしている。学生の一人暮らしにも関わらず、身の丈に合わない豪華過ぎる家な訳だが、莉一はそんなこと心底どうでも良い。
慣れた様子でリビングにあるでかいソファに鞄を置くと、莉一は鞄の中にニャニーが居ないことに気が付いた。
「な、ニャニー!?ニャイチ、ニャニーが何処にいるか知りませんかぁ!?」
莉一が尋ねれば、常にニャニーと行動している筈のニャイチはフルフルと首を横に振る。それが嘘か本当かはともかく、話してくれる気がないことだけはわかったらしい。
莉一は溜め息を吐くと、ニャニーの捜索を諦めて服を着替え始めた。
制服から動き易そうな黒いジャージに着替えると、莉一は地下の研究所へと繋がる階段を降りて行く。ニャイチもその後に付いて行った。
階段を降りて行くにつれ、ガチャガチャと金属音が激しくなっていく。その合間には「ヴゥ」という獣のような少女の声も聞こえていた。
「…………」
研究所へと辿り着いた莉一は、消していた部屋の照明を点ける。
「ただいま……実花」
莉一が歪んだ微笑みを向けた先には、全身を鎖に繋がれた小学六年生くらいの女の子が呻き声を上げながら暴れていた。
〜 〜 〜
俺の両親は有名な科学者だった。
凡人でありながらガーディアンの科学班ともコネクトがあり、どこの企業に所属しているわけでもないのに政府からさえ特別に擁護して貰えたりするほど、名も実力もある科学者だった。
その実態は、ただの研究馬鹿。自らの好奇心と欲望を満たす為だけに、この世の森羅万象を実験対象と見做し、結果を得る為ならどんな犠牲をも厭わないマッドサイエンティスト。
そんな彼らにとって、異能を持って生まれた貴人という存在は、正に最高の実験体だった。
「莉一、貴方は本当に素晴らしい異能の持ち主だわ」
「父さんと母さんの希望の星だ」
物心つく前から言われ続けた言葉は親の愛情など一切入っていなくて。俺を見つめる目が映しているのは、最愛の我が子ではなく体の良い実験動物だった。
そしてそれは、両親に限った話ではなかった。
「宮園さんのお子さんは本当に素晴らしい異能の持ち主だ!」
「こんな小さな頃から既にご両親の研究の手助けとは……天才児ですね!」
「“無生物に魂を宿す”……殺意を持って襲ってくる武器……傷や死を恐れない従順な兵……否本当に可能性に満ち溢れた異能だ!」
「是非とも今後とも仲良くさせて頂きたい!」
「将来が実に楽しみですな!」
両親の研究所に入れ替わりやって来る大人達から浴びせられるのは、いつだって同じような言葉ばかり。
『素晴らしい異能』『天才』『これからも仲良く』『将来が楽しみ』……惜しみない賞賛の言葉ではあるが、どれもこれも薄っぺらい。下心だらけなのが、すぐにわかる。
そんな幼少期を送っていたからだろうか。小学校に上がる頃には既に俺の人格は歪みきっていた。
「……宮園っていつも俺達を馬鹿にしてるみたいだよな」
「そうそう。話しかけても睨んでくるし、無視してくるし」
「天才で貴人だから、調子乗ってんだろ?ムカつく奴」
「一緒に居ても全然つまんねぇ」
友達なんて出来なかった。欲しいとも思っていなかったが……。だって仲良くなりたいと思えない。何も知らない癖に貴人というだけでチヤホヤしてくる馬鹿共なんかと。
学校も家も、どこにいたって退屈で憂鬱な日々だった。
そんな日常はある日突然一変する。
丁度小学四年生に上がってすぐの頃だった。
俺の父に連れられて、たった一人、五歳の女の子が家にやって来たのは。
「莉一、今日から家で預かることになった実花だ。仲良くするんだぞ」
「……………」
父親から紹介された実花という少女の第一印象は“哀れな奴”だった。
薄汚れたボロボロの服を着て、ブカブカな袖から見える細い手脚にはたくさんの痣がある。全く手入れをしていないのであろう髪は前も後ろも不格好に伸びていてボサボサだった。最初見た時は男と思った程だ。
だが、そんな見るに耐えない荒んだ容姿よりも印象に残ったのは、彼女から僅かに感じられる星力だった。
……貴人なのか……。
正確には星力だけじゃ貴人か亜人かはわからない。だが、ガーディアンとコネクションがある両親が亜人を連れて来る訳がないので、恐らく彼女は貴人なのだろう。
つまり彼女は、新たな貴人の実験動物として、俺の両親に連れて来られたという訳だ。
元々の生活がどんな悲惨なものだったのかは知らないが、つくづく運のない哀れな少女だと、この時は情もなくただただ思った。
* * *
少女が家に来てから三日目の朝。
丁度土曜日で学校は休みの為、両親の研究所から色々拝借してきた俺は、一人ロボットを作っていた。子供の玩具程しかない大きさだが、完成したロボットに予め用意していた適当な人間の魂を入れる。すると、先程までピクリとも動かなかったロボットが、自分の意思で腕を持ち上げ辿々しく人語を話し始めた。
「うわぁ!!とってもすごいの!!」
「!!?」
突然真後ろから聞き覚えのない声が聞こえてきて、慌てて振り返る。
そこには、キラキラした眼差しをロボットに向けている実花がいた。
「な、いつの間に……」
「ねぇねぇ!どうしてロボットさん、突然動き出したの!?」
俺の言葉を遮って少女が尋ねてくる。勿論俺は返事をするのが面倒で、少女の問いをスルーした。
しかし、無視されているにも関わらず、少女は瞳を煌めかせたまま、ジッと俺の方を見つめてくる。
「…………」
いくら俺でも、無言で見つめ続けられるのは気が散ってしまう。
溜め息を一つ溢すと、「別にぃ」と俺は口を開いた。
「ただの異能ですよぉ。貴女だって、貴人なら何か不思議な力があるでしょぉ?」
我ながら可愛げのない言い方だなと思いながら告げてやれば、少女は一瞬表情を曇らせた。そしてすぐに笑顔を浮かべて取り繕う。
「……私のは、全然なの……だからお兄ちゃんの異能、とってもすごいの!!ロボットさんとお喋りできるなんて魔法みたいなの!!」
「ま、魔法……」
少女の表情の変化は気になったが、それよりも初めて言われた言葉に呆気に取られる。
今まで賞賛の言葉は飽きる程聞かされてきたが、そんな風に誉められたことなど一度もない。
俺にとってこの異能は、“魔法”のような素敵なモノではなく、どちらかと言えば“呪い”のような忌むべきモノに近かった。大人達から言われ続けた“魂宿”の使い道も、少女の言うような『ロボットとお喋り』なんて可愛らしいモノじゃない。人の心はないのに、明確な殺意を持って襲ってくる武器の創造。それがこの異能の主な使い道だ。
勿論そんなこと知りもしない少女は「あのね」と更に続けてくる。
「私、ずっとぬいぐるみさんとお話したいって思ってたの!」
「だから何ですかぁ?」
「お兄ちゃんの魔法で、ぬいぐるみさんも動かして欲しいの!」
「…………」
返事をしなかったのは面倒だった訳でも意地悪した訳でもなかった。
あまりの豪胆さに、呆れて言葉が出なかっただけだ。
……自分の立場を理解してないんですかぁ!?この家に家族ごっこしに来た訳じゃないでしょお!?
心の中でツッコむ。間違いなく、俺が見てきた人間達の中でトップレベルの馬鹿だ。
本日二度目の溜め息を吐いて、少女からフイッと顔を背ける。今度こそ本気で無視すると決めた。
その意図が伝わったのか、少女は少しだけ寂しそうな表情をすると今日一番の笑顔を見せて口を開く。
「また明日なの!」
「…………」
それだけ言って、部屋から立ち去る少女。
これでもう関わってくることはないだろうと、確かにその日は思っていた。
* * *
明くる日。
「お兄ちゃん、ぬいぐるみさんとお話したいの!」
「…………」
そのまた次の日。
「お兄ちゃん、魔法使って欲しいの!」
「…………」
またまた次の日。
「お兄ちゃん!」
「いい加減にしてくれますぅ!?」
俺が一人の時を狙って、少女は毎日お願いをしに俺の元へと来ていた。時間の続く限り何時間も俺の隣で一方的に「お願いを聞いて欲しい」だの「ネコが一番好き」だの言ってくる少女に、最初こそ無視を決め込んでいたものの、そろそろ我慢の限界だった。
そして、少女が家に来て丁度一週間目。
「お兄ちゃん!……」
「はい」
俺が学校から帰ってきた夕方頃、いつも通り俺の部屋に押し掛けてきた少女に、俺は用意していたモノを差し出した。
俺の手にあるモノを見て、少女はポカンとしている。
「何ですぅ?その反応。貴女が言ったんでしょお?猫のぬいぐるみが一番好きって」
言いながら、途中で恥ずかしくなって少女から視線を逸らす。なにしろ俺の手にある猫のぬいぐるみは手作りだ。
ロボットや薬物の作成ならしたことはあるが、ぬいぐるみ作りは初めてである。
やっぱり市販品を買えば良かったと地味に後悔していた。
だがそんな俺の心情など全く知らない少女は今までの図太さは何処へやら。恐る恐る俺を見上げていた。
「お兄ちゃん、これ……私にくれるの?」
「だからそう言ってるでしょお?可愛くないとか手作りが嫌とか、そういった苦情は受け付けませんのでぇ。嫌ならさっさと捨ててください」
「お兄ちゃんが作ってくれたの!?」
「だったら文句ありますかぁ?」
半ば投げやりになりながら少女に無理矢理ぬいぐるみを渡すと、少女はしばらく無言で立ち尽くしていた。
そして、ギュッとぬいぐるみを両腕で抱き締める。
「……とっても嬉しいの!!お兄ちゃん、ありがとうなの!!本当にありがとうなの!!」
満面の笑みと形容するに相応しい笑顔を見せる少女に、思わず俺は視線を奪われる。
……こんな表情、初めて見た……。
生まれて初めて見た、誰かの心の底からの笑みに、俺は柄にもなくお願いを聞いてやるのも悪くないと思ってしまった。
「……まだ“魂宿”もしてないのに、大袈裟ですねぇ」
「??“たまやどし”って何なの?」
つい笑みが溢れてしまった俺に、少女が首を傾げる。そう言えば自分の異能の説明をちゃんとしてなかった。
「俺の異能の名前ですよぉ。つまり、貴女で言うところの“魔法”の名前です」
まともに答えてやれば、少女は何が不満なのか頬を少し膨らませる。
こんなに人が珍しく親切にしてやっているのに何の文句があるのかと、口を開こうとすれば、先に少女の方が声を上げた。
「実花なの!」
「はい?」
「私の名前、実花っていうの!」
「知ってますけどぉ?」
今更何だと顔を顰めれば、少女はあいも変わらずキラキラと眩しい目で俺を真っ直ぐ見据えた。
「お兄ちゃんには実花って呼んで欲しいの!」
「!!………」
思いがけない言葉に目を見開く。
確かにいつまでも「貴女」や「少女」呼びではアレだろう。また毎日「名前で呼んで欲しい」と駄々をこねられても困る。
俺は後頭部を右手で掻くと、少女から視線を逸らした。
「『実花』……これで満足ですかぁ?」
「!!………」
返事のない実花を横目で見る。
そして一気に顔が熱くなった。
……名前くらいで……ホント大袈裟ですねぇ……。
まるで花が咲くように笑う実花を、不覚にも俺は可愛いと思ってしまった。ずっと笑って欲しいと思ってしまった。
だからだろうか。
この日から実花は俺にとって大事な妹になってしまい、ただの一度も実花のお願いを断れなくなってしまったのであった。
読んで頂きありがとうございます。
本編では何となく分かりづらいと思うので、補足させて頂くと、現在莉一が一人暮らししている家は幼少期に莉一が両親や実花と住んでいた家ではありません。
宮園夫妻が所有する数ある研究所付き別荘の一つで、一人暮らしするにあたって、研究所付きの物件が欲しかった莉一が丁度良いかと両親を説得して暮らし始めました。
ちなみに莉一は本当に天才科学者で、星力痕を消すスプレー缶や氷結銃を開発したのも莉一本人です。両親の影響も勿論ありますが、本人が生まれ付きの研究馬鹿です。
次回も楽しみに!




