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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇進行編〜常盤色の人形遣い〜
22/101

建前

 

「……で?どうすんだよ。首突っ込む権利ないんだろ?」


 二人きりになった路地裏で、蛍が奏楽に尋ねる。

 事件を放っておかないと口で言うのは簡単だが、解決するとなればやはり権限がないと難しい。

 勝手に調べることは勿論可能だが、犯人を捕えるには証拠と権利が必要なのだ。

 果たしてどうやって権利を得るか。

 だが、奏楽は既に策があるらしく、蛍に向かってニッコリ微笑んだ。含みのある笑みに、蛍は嫌な予感を感じる。


「勿論権利をもぎ取ってくるんですよ〜、ほたちゃんが」

「…………ハァアア!!?」



 *       *       *



 土萌邸の最奥、当主の間。

 当主専用の座椅子と腕置き以外は家具一つ置かれていない厳かな空間で、蛍は一人、土萌の当主と対峙していた。


「……つまり、当主の権限を利用したいというわけだな」


 土萌の当主……梨瀬が腕を組んで、先程蛍から聞いた内容を要約する。それに対して蛍は「まあ、そういうことだ」と返しながら、路地裏で奏楽に言われたことを反芻した。


 奏楽が言うにはこうだ。

 星力痕がなく、北斗七星が出動できる程の証拠がない今、この事件は警察に渡されることになる。ちなみに過去六件の誘拐事件も結局全て警察行きだ。

 つまり、現在この事件の捜査権は警察にあるということである。

 正攻法では蛍と奏楽に捜査権が移ることはないだろう。

 そこで使うのが、星天七宿家当主の権力だ。政界にも口出しできる星天七宿家当主は当然警察庁のトップにも顔がきく。

 簡単に言えば、梨瀬に警察を脅して貰って、捜査権を奪い取ってしまおうというわけだ。

 勿論警察を脅せるのは梨瀬だけではないが、この事件は元々土萌家が確認捜査を預かった件である。確認捜査の報告も梨瀬からする必要があるし、春桜家の人間が出しゃばるわけにはいかない。

 というわけで、梨瀬への説得も蛍が担当しているわけだ。


 ……結局面倒事は俺任せじゃねぇか!


 心の中で蛍が舌打ちを溢す。

 奏楽から梨瀬の説得を任された時、蛍は当然抗議したが、あっさりと言い負けてしまった。

 渋々こうして梨瀬に事のあらましを説明したわけだが、当の梨瀬は「ふむ」と難しげに口を結んでいる。明らかにお願いを聞いてくれる様子ではない。

 そもそも蛍は人に頼み事をするのが苦手であった。


「……言いたいことはわかった。この件が警察では手に負えないということも、ガーディアンの出る幕ではないということもな。警察に圧をかけるのも簡単だ」


「だが」と梨瀬は続ける。


「不正の方法で事件に首を突っ込んでも利益はないぞ。むしろバレれば信頼は落ち、責任も取らされる。ハイリスクローリターンを背負うわけだ。蛍、お前の動機はくだんの容疑者に仕返しをする為だと言ったな。そんな下らん理由で土萌の名を危険に晒せると思うか?私がお前達に手を貸す利を示せ」


 当然の主張だった。

 梨瀬の正論に、蛍も内心「当然だな」と呟く。

 ハイリスクローリターンもあれだが、どう考えても動機が不純だ。しかし、蛍もまさか普通に頼んだだけでお願いを聞いてくれるとは思っていない。

 ここまでは単なる事情説明。説得はここからだ。

 蛍は口を開いた。


「じゃあ動機を変えるわ。俺は次期土萌の名を背負って立つ者として、今回土萌の名に傷をつけたあいつに落とし前をつける。これならどうだ?」


 蛍がニヤッと笑む。対して梨瀬は興味深そうに「ほう」と声を漏らした。


「本気でり合ってないにしろ、こっちの異能を壊され馬鹿にされたのは事実。それも星天七宿家の人間でも何でもない三下相手にだ。土萌の人間として、その名に泥かけられたまま放置するわけにはいかねぇだろ。それこそ、土萌の恥だ。利益やリスクなんて、そんなくだらねぇこと言ってる場合じゃねぇ」


 蛍の言い分に梨瀬は口角を上げる。しかし、まだ折れる気はないようだ。


「……確かに。一般の貴人に負けたとあれば、土萌に汚名を着せられたのも同然。落とし前をつける必要がある。だがそれはそれ、これはこれだ。土萌の名を汚されたのなら、私が直々に手を出すべき件になるし、この事件でわざわざ決着をつける必要もない」


「さあどうする」と言わんばかりの挑発的な梨瀬の視線に、蛍は口をへの字に曲げた。

 どう見ても梨瀬はこの状況を面白がっているようにしか見えない。事実、蛍に難癖をつけるのを楽しんでいるだけである。ハイリスクローリターンも梨瀬にとってはどうでも良いことだった。

 それがヒシヒシと伝わってくるからこそ、蛍は腹が立ってしょうがないのだ。

 イライラと額に青筋を立てる蛍だが、一旦落ち着く為に深く息を吐く。そして、真っ直ぐ梨瀬を見つめた。


「……土萌家次期当主として、自分の落とし前は自分でつける。この件で決着つけなきゃ、そりゃ逃げたのと同義だろ。これ以上名前に傷つけてどうすんだ」


 そこまで言うと、蛍は口を閉ざし両手を床についた。


「!?」


 梨瀬が目を見開く。

 蛍はゆっくりと上半身を前に倒していくと、丁寧に梨瀬に頭を下げた。所謂土下座である。


「…………当主殿、俺に名誉挽回のチャンスを頂けないでしょうか?」


 初めて聞く蛍の敬語に梨瀬はポカンと口を開ける。しばらく惚けていると、梨瀬はフッと笑った。


「良いだろう。合格だ。その土萌の次期当主としての誇りが、今度は口先だけのモノにならないことを願おう」

「……余計なお世話だ」


 さりげない嫌味に蛍が頭を上げながら悪態をけば、梨瀬は「それじゃあ」と口を開く。


「条件を付けるぞ」



 *       *       *



『つうわけで、条件付きで了承は得たぞ。捜査権は明日からこっちに移る』

「そうですか〜。さすがほたちゃん、説得お疲れ様でした〜」


 スマートフォン越しに奏楽がフワフワと蛍を褒める。

 今は夜の九時頃。奏楽が自室にて篠笛を吹いていた時、蛍から電話が掛かってきて梨瀬との話し合いの結果を教えて貰ったのだ。


「それで、条件って何ですか?」

『あー……明日丸一日、土萌家で次期当主としての勉強をみっちりしろだと。つうわけで、明日俺学校行けねぇから、ソラも休めよ?』

「え、何でですか?」


 当然とばかりに言われたセリフに奏楽が疑問を返せば、何言ってんだお前とでも言いたげな蛍の呆れた声が電話から聞こえてくる。


『何でって……一人じゃ学校すら行けねぇ方向音痴が何言ってんだ?お前、明日どうやって学校行くつもりだよ。後、俺の居ない間に、有象無象に好き放題絡まれたらどうするつもりだ』


 前半はともかく後半の頭おかしい蛍の言い分に、奏楽はあっけらかんと「心配性ですね〜」と告げる。


「大丈夫ですよ〜。莉一くんの星力覚えたんで、莉一くんが学校に居てくれれば、莉一くんの星力辿って学校に行けます。後、心配しなくてもボクは北斗七星の一人ですよ〜?絡まれたって、一人で対処できます」


 得意げに胸を張る奏楽だが、電話の向こう側で蛍が「そういう意味じゃねぇよ」と項垂れる。そんな蛍の声は届かなかったのか、奏楽は構わず「それに」と続けた。


「今日莉一くんに『また明日』って言っちゃいましたからね〜。聞きたいこともありますし、ボクは学校に行きますよ」

『ハァア!?ソラ一人であいつと話すんのか!?二人きりで!?絶対反対に決まってんだろ!!』

「……ほたちゃん、声大き過ぎです。耳死んじゃう」


 スマホを腕一杯伸ばして遠ざけながら奏楽が文句を言う。だがしかし当の蛍はそんなことより、自分以外の誰かと奏楽が二人きりで過ごすことの方が大問題だった。

「絶対反対」と首を縦に振らない蛍に、奏楽はやれやれと代打案を出す。


「仕方ないですね〜。そんなに会話が気になるなら、ボクに盗聴器を仕掛ければ良いですよ〜。これなら話の内容もわかりますし、例えボクが誰かに絡まれたってすぐにわかるでしょ?」

『……それでも嫌なことに変わりはねぇが……普通盗聴器って相手にバレねぇように仕掛けるもんだろ。仕掛けられる側から提案するか?』


 珍しくまともな反応を蛍が返す。まあ、真にまともな人間は、まず盗聴器が犯罪であることをツッコむだろうが。残念ながらそのことに気付く常識人はここには居ない。


「まあまあ、その辺はちょっとした誤差ですよ〜。これならほたちゃんも安心でしょ?」

『まあ多少はな……はぁ、おかしな内容聞こえてきたら、すぐそっちに行くからな』

「了解です〜」


 そんな通話を最後に、今日という濃い一日が幕を閉じたのであった。

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