不純な二人
路地裏へと躊躇なく入ってきた莉一は、昼間とは別人のような荒んだ空気を漂わせていた。
「何でテメェがここに居るんだ」
蛍が莉一を睨み付ける。だが蛍の質問に答えることなく、莉一は「ニャイチ、ニャニー」とぬいぐるみに声を掛けた。名前を呼ばれた二体は「ニャー」という鳴き声と共にスプレー缶を抱き抱えて、莉一の肩から飛び降りる。そして、路地裏一帯に缶の中身を振り掛けていった。
「……何してるんですか?」
無視されたことで今にも莉一に飛び掛かりそうな蛍を制しながら、奏楽が莉一に尋ねる。
莉一はチラリと奏楽に視線を送ると、フッと小さく息を吐いた。
「自分の星力痕を消してるんですよぉ」
「「!!」」
莉一の返答に二人は目を見開く。しかし思い当たる節があるのか、奏楽は小さく「なるほど」と呟いた。
「……通りで感じたことのある星力だと思いました〜。確かに莉一くんの星力に似てましたね〜」
奏楽が先程調べた星力痕を思い出しながら告げる。
この路地裏に残っている星力痕が莉一の星力と一致するということは、莉一はこの場所で一週間以内に異能を使ったということだ。そして此処は三日前に誘拐事件があったと思われる事件現場。
「じゃあテメェが誘拐事件の犯人ってことかよ」
蛍が鋭い視線を莉一に向ける。
蛍がそう思うのは当然だろう。事件と莉一が無関係の可能性もあるにはあるが、何しろタイミングが良すぎる。そもそも何も悪いことをしていないのなら、わざわざ星力痕を消しに来る必要がない。
莉一は蛍の視線から目を逸らすと、スプレーを巻き終わった二体を再び肩に乗せた。
「別に……どう思ってくれようと構いませんよぉ。ただ、星力痕は消させてもらったんで、首を突っ込むならそれなりの権限持ってきてからにしてくださいねぇ。では……」
言うだけ言って、路地に背を向ける莉一。だがそんな莉一の進路を、音もなく現れた水膜が防いでいた。
「はい、そうですかって帰すと思ってんのか!?」
蛍である。当然莉一の発言に納得いかない蛍が“水鏡”で莉一の足を止めたのだ。
面倒臭そうに眉根を寄せた莉一は、学ランの裏ポケットから拳銃を取り出す。
「言われたことくらい一回で理解してくれませんかねぇ」
言いながら莉一は引き金を引いた。
真っ直ぐ蛍の顔面目掛けて飛んでくる弾丸。だがしかし、蛍は全く焦る様子を見せなかった。
……“水面鏡”
蛍が小さく唱えると、何もなかったところから突如水膜が蛍の目の前に現れる。
蛍の水膜はいかなる攻撃も跳ね返す水の盾だ。銃弾などあっさり弾いてお終いである。
しかし……。
「ッ!」
蛍の瞳が大きく開けられる。
信じられないことに弾丸の当たった水鏡が瞬く間に凍り付き、蛍の目の前で木っ端微塵に砕け散ったのだ。
「……水の盾ですかぁ。残念ですねぇ。自分の銃は氷結銃。弾が貫通することはありませんが、当たった瞬間一気に氷漬けにされるっていう代物ですわぁ」
莉一が小馬鹿にするように銃の解説をしてくれる。どうやら蛍の異能とは相性最悪の武器らしい。
蛍が思いきり舌打ちを溢すと、莉一は進行方向の邪魔になっている水鏡に銃口を向けた。迷わず発砲すると、呆気なく蛍の水鏡は氷の粒へと消える。
「チッ!……だったら肉弾戦で……」
「は〜い。ストップですよ〜、ほたちゃ〜ん」
「うおっ!?」
蛍が握り拳を作り、莉一に殴り掛かろうとすると、今まで黙って状況を見守っていた奏楽が突然蛍の背中に抱きつき、それを制止した。
「ソラ!?何で止めんだよ!?」
「はいは〜い、落ち着いてくださいね〜。莉一くん、また明日。学校で会いましょう〜」
蛍に抱きついたまま莉一に手を振る奏楽。訝しみながらも、今の内にと莉一はこの場から去って行った。
莉一が居なくなると、奏楽は「ふぅ」と息を吐いて蛍から腕を離す。
「『ふぅ』じゃねぇよ!!どういうつもりだ!?ソラ!」
蛍が声を荒げる。まあ予想通りのことなので、奏楽は全く気にしない。
「ほたちゃんはいつも元気ですね〜」
「しばき倒すぞ?」
額に青筋を立てながら蛍が口元を引くつかせれば、奏楽は「まあまあ」と蛍を宥める。
「莉一くんの言う通り、星力痕が消された以上、ボクらはこの件に手出し出来ないんですよ〜。そもそもガーディアンは対“亜人”組織なんで、莉一くんが本当に犯人なら亜人の事件じゃなくなるので、どのみちガーディアンの出る幕じゃありません。ボクら北斗七星は亜人の関与に関係なく発動できますけど、北斗七星が出るに値する証拠がなかったら、上から動く許可が降りないんですよ〜」
「はぁあ?じゃあどうすんだよ。このまま放っとくのか?」
とりあえず奏楽の説明を受けて冷静になれたらしい蛍が、それでも納得いかないとばかりに目を吊り上げる。
だが奏楽もこのまま放っておける程、ルールに忠実な良い子ではない。
奏楽は悪戯っ子の笑みを浮かべると、人差し指を口元に持っていった。
「勿論こんなところで引きませんよ〜。ニャイチさんともう一人のぬいぐるみの子のことも気になりますしね〜」
「動機はそれかよ……」
呆れたように蛍が呟く。
何処まで行ってもマイペースな奏楽に、今更驚くことはない。驚くことはないが、せめて表面だけでも取り繕えよと蛍は心の中だけで思った。
「それよりも、ほたちゃんこそ意外ですね〜。正義感全くないのに、どうしてこの事件に拘るんですか?」
若干失礼な発言をしながらも奏楽が首を傾げる。
いくら乗り掛かった船とはいえ、蛍の方から面倒事に向かっていくなど今までなら考えられないことだった。
だが蛍は「決まってんだろ」と口を開くと、拳を固く握り直した。
「あんなムカつく野郎に、言われっぱなしやられっぱなしで終われるか!!それにあの野郎、昼休みソラと二人きりになったんだろ!?絶対に許さねぇ!あの鼻っ面へし折ってやる!!」
「やっぱりほたちゃんも動機はそれじゃないですか〜」
どうやら蛍の動機は紛れもない私怨だったようだ。それも半分は理不尽極まりない理由。それを「やっぱり」と言えるのも、奏楽だけだろう。
やはり奏楽が奏楽なら、蛍も蛍なのである。
不純な動機しかない二人は、そうしてこの事件に両足を突っ込んだのであった。




