無愛想
莉一と名乗った青年は「あの」と口を開ける。
「そろそろニャイチを返して頂けますかぁ?」
「あ、ごめんなさいです」
言いながら右手を前に出す莉一に、すっかりそのことを忘れていた奏楽がニャイチを抱き抱えていた腕を緩める。すると、ニャイチの方から莉一の右手へと飛び移った。
「……ったく、もう勝手な行動はしないでくださいよぉ」
「ニャー!」
「はぁ……早く鞄の中に戻ってください」
「ニャー!」
莉一の指示に素直に返事をすると、ニャイチはモゾモゾと莉一の通学鞄の中へと入っていった。それを確認して、莉一は再び溜め息を吐く。
「……誰にも見つかって欲しくねぇなら、何で学校なんかに連れて来んだよ」
蛍が呆れたように尋ねる。それに対して莉一は横目で蛍を睨むと、「一々言われなくてもそんなことわかってる」と書かれた顔で口を開いた。
「家に置いてきても、すぐに抜け出されるんですよぉ。勝手に追いかけられるくらいなら、一緒に連れて来た方がマシってだけですわぁ」
「……自分の異能で作った癖に命令も通らねぇなんざ、使い勝手が悪いな」
莉一の説明を受けて、蛍がボソッと呟く。
自身の能力を卑下されれば、誰だってカチンとくるものだ。莉一は額に青筋を浮かべた。
「……普通は自分の命令に絶対服従なんですけどねぇ。魂を宿してかなりの何月が経ってるんで、自我が生まれたんですよぉ」
莉一が「これだから理解力のない奴は」と最後に付け加える。当然喧嘩を売られたと思った蛍は、無言で莉一を睨み付けた。莉一もまた、蛍のことを睨み返す。
正に一触即発の雰囲気だが、そんな中でも奏楽はニコニコ呑気に二人を見守っている。
一人を除いて殺伐とした空気が漂う中、沈黙を先に破ったのは莉一の溜め息だった。
「はぁ……とにかく自分の異能のことも含めて、ニャイチのことは他言無用でお願いしますよぉ。もし喋ったら……何が何でも後悔させるんで」
「ハッ、やれるもんならやってみろ」
売り言葉に買い言葉。最後まで蛍と睨み合いながら、莉一は踵を返してその場から去って行った。
その背中を二人で見送った後、蛍は思いきり顔を顰める。
「……無愛想な奴だな」
「ほたちゃんに言われたらおしまいですね〜」
「うるせぇよ!」
特大ブーメラン発言に奏楽がツッコめば、蛍から怒号が飛んだ。しかし、蛍自身も無愛想なことは自覚しているので、本気で怒ってはいない。
「……それにしても、“魂宿”か……厄介な異能だな」
「そうですか?」
「命令が聞かねぇなら脅威じゃねぇが、あいつに絶対服従なんだろ?武器に魂宿して、攻撃するよう命令すりゃ、殺意を持った武器が一斉に襲いかかってくるってことだ。一般人からすりゃ恐怖の塊だろ」
蛍が両手の平を空へ向ける。
普通武器は使い手の器量によって、その脅威度が変わってくるものだ。例えばノーコンが銃を持っていても何も怖くないが、スナイパーがライフルを持っていれば殺意があるないに関わらず恐怖だろう。
だが莉一の能力では、使い手の器量は関係ない。人間が両手両足を動かすように、武器自らが自身の体を操縦して襲ってくる。つまり一度狙われたら最期。武器そのものを破壊するまで、体力切れすらない敵から永遠と追われるというわけだ。しかも人間より遥かに的が小さく、動きも素早いであろう武器を破壊するのは至難の業。これを厄介と言わずして何と言うのか。
「そうですね〜。確かに敵に回せば厄介でしょうけど、莉一くんは未来のガーディアン隊員。ボク達の仲間ですよ?」
「今は敵だろ?」
「まあ競い合うライバルではありますけど……ほたちゃんは学校で異能や闘い方について学ぶよりもまず、他人を信頼することを学んだ方が良いですね〜。クラスメイトを敵呼ばわりしてるようじゃ、立派な戦士にはなれません」
奏楽が珍しく真面目に言えば、蛍は「ウッ」と眉を顰める。
「……別にソラ以外に必要ねぇだろ、信用できる人間」
「ダメですよ〜。ほたちゃんは御家の当主なんですから、当主として人の動かし方を学ぶ為にも、色んな人と関わって信頼できる人を増やさないと」
「……ま、まあ少なくとも莉一はねぇな。絶対に信用できねぇ」
蛍が言い訳するように言い切れば、奏楽はやれやれと言わんばかりに小さく溜め息を吐いた。そして、眉根を少し下げて小さく微笑む。
「案外仲良しになるかもしれませんね〜」
「絶対有り得ねぇ」
* * *
土萌邸とは真逆の帰り道を、蛍と奏楽が並んで歩く。
現在時刻午後四時半過ぎ。転入初日は何とか無事終え、今は放課後。
本来なら真っ直ぐ帰路へと着くのだが、この日奏楽は仕事があった。奏楽の仕事に蛍が付き合う義理はない筈だが、奏楽は極度の方向音痴である。奏楽たった一人で道に放り出せば、何処へ辿り着くかわからないので、蛍が付き添いがてらナビの役割をしているのだ。
「……言われた場所はもうそろそろだが、結局何の仕事なんだ?亜人討伐じゃねぇんだろ?」
奏楽から買って貰ったスマホを右手に、蛍が横目で尋ねる。
実はまだ、仕事の内容を奏楽から話してもらっていないのだ。
「えっとですね〜、この一ヶ月間立て続けに誘拐事件が起きてるでしょ?現場からは血痕が見つかってますし、ちょっとした確認捜査ですよ」
「“確認捜査”?」
質問に更なる謎で返され、蛍は再び疑問符を頭に浮かべる。「そうですよ〜」と頷くと、奏楽は説明を始めた。
「何か事件が起こった時、その事件を誰が担当するか判断する為のものですね〜。警察に任せるのか、ガーディアンに任せるのか、それともボクら北斗七星に任せるのか……それを調べるんですよ〜。まあ、普通調べるのは星天七宿家の人間で、北斗七星自ら調べることは滅多にないんですけどね〜」
「じゃあ何でソラが調べてんだよ」
最もな疑問を蛍が口にすれば、奏楽はニッコリ笑って「梨瀬さんに頼まれましてね〜」と告げた。
「土萌邸へのアポ無し訪問の罰を無しにする代わり、土萌の仕事一つ肩代わりしろって言われたんですよ〜。土萌邸に行ったことは春桜家の人達には内緒なんで、ボクが調べるしかないってわけですね〜」
奏楽の言葉を受けて、蛍が「なるほどな」と納得する。
つまり奏楽が土萌邸に行く羽目になったのは蛍の責任でもあるので、今回の件は蛍にも手伝う義務があるわけだ。
「それで、どうやって捜査するんだ?」
何か自分にもできることはないかと、蛍が奏楽に視線を投げる。対する奏楽は「全然大したことじゃないですよ〜」と笑って言った。
「星力の痕跡を調べるだけです」
「痕跡?」
「はい。異能を発動したり異形を発現させたりすれば、その場所に最低一週間は星力の跡が残るんですよ〜。星力の痕跡が残っていれば凡人の出る幕ではないので、警察に任せる線は消えます。後は残ってる星力痕の濃さですね〜。濃ければ濃い程、星力量の多い人がその場で何かしたということなんで、あまりにも濃い場合は一般のガーディアン隊員じゃ手に負えません。なので北斗七星にお鉢が回ってきますね〜」
初めて知った蛍は「へぇ」と関心のある様子で呟く。当たり前だが、ちゃんと役割分担的なものはあるらしい。少しアバウトだとも思うが。
そんなこんなで、話をしている間に目的の場所に到着したようだ。
「着いたぞ、ソラ」
蛍が地図アプリを閉じて、そのままポケットへとスマホを仕舞う。
二人がやって来たのは、ただの住宅地のひっそりとした路地裏だった。一見何も変わったところはないが、三日前に起こった誘拐事件の現場である。
心なしか空気すらも重たく感じる気がする中、そんな重苦しさとは無縁な軽い足取りで奏楽はスタスタと路地裏へ入っていった。
「流石ほたちゃん。歩く人間ナビゲーション!」
「その呼び方止めろ!むしろ地図見て迷子になるテメェの方が異常だわ!」
本当に仕事で来てるのかと首を傾げたくなる程いつも通りの二人なわけだが、ふざけ合いもそこそこに早速奏楽は仕事に取り掛かった。
地面に膝を付き、奏楽はソッと右手で地を撫でる。すると黄色いモヤみたいなものが、地面からユラユラと浮き上がってきた。
このモヤこそ地面に残った星力の痕跡である。
一分程して奏楽が地面から手を離すと、浮き上がっていた星力がパッと消えた。
「終わったのか?」
蛍が奏楽の側に寄る。
だが奏楽はどこか浮かない表情であった。
「どうかしたか?ソラ」
「……この星力、どこかで……」
奏楽が考え込むように声を漏らす。
その時だった。
「ニャー!!」
「「!?」」
聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきて、二人は同時に顔を振り向ける。そこには何と形容して良いかわからないぬいぐるみが一体立っていた。
「……ニャイチ……か?」
言いながら警戒態勢を取る蛍。確かに目の前のぬいぐるみは昼に会ったニャイチに似ていた。しかしニャイチがこんなところに居る訳がない。
いつでも攻撃できるように構える蛍だが、その隣では奏楽が先程の真剣な表情をすっかり捨てて、キラキラと輝いた目でぬいぐるみを見つめていた。
「可愛いですね〜!ニャイチさんのお友達ですか?ボクは春桜奏楽っていいます〜」
膝を曲げてぬいぐるみに視線を合わせる奏楽。蛍がずっこけたのは言うまでもない。
「んな呑気なこと言ってる場合か!?つかそもそもソイツ、ニャイチじゃねぇのかよ!?」
「何言ってるんですか、ほたちゃん。全然顔立ちが違うじゃないですか〜」
奏楽に言われて、蛍がもう一度ぬいぐるみをジッと見る。言われてみれば所々違う気がするが、それでも微々たる差だ。ぬいぐるみに興味がない蛍にはその違いがわからない。
「否、んなことはどうでも良いんだよ!!ニャイチだろうとそうでなかろうと、こんなぬいぐるみ作れんのは……」
「やれやれ……わざわざ星力痕を消しに来たっていうのに、もう見つかってしまいましたかぁ」
蛍の言葉を遮って、気怠げな低い青年の声が路地裏に響く。その右肩には本物のニャイチが乗っており、ニャイチもどきのぬいぐるみも青年の左肩へと飛び乗った。
「莉一くん」
奏楽が青年の名を呟く。
路地裏に現れたのは宮園莉一であった。




