ツッコみが追いつきません
「猫さん!戻ってきてくれたんですか〜!」
蛍の腕から離れた奏楽は、滅多にないハイテンションでぬいぐるみを抱き上げる。
その様子を唖然とした表情で見つめる蛍は一呼吸置いて「否、何だよソイツは!?」と我に帰った。
まあ蛍の叫びをスルーして、奏楽はぬいぐるみに夢中な訳だが。
「ニャー!ニャー!」
「ボクと友達になりたいから戻ってきてくれたんですか?とっても嬉しいです〜!お名前教えてもらっても良いですか?」
「ニャー!」
「『ニャイチさん』ですね〜。ボクは春桜奏楽って言います〜」
和やかな雰囲気を出して談笑する一人と一匹。
風景としては微笑ましいが、状況としては異常だった。その異常さを唯一理解している蛍が「おい聞けよ」と鋭いツッコみを入れる。
「どうしたんですか?ほたちゃん。そんなに慌てて。何かありました?」
「『何かありました?』じゃねぇだろ!!そのぬいぐるみは何かって聞いてんだ!!」
「何って……ニャイチさんですよ?」
「名前なんざ聞いてねぇよ!!何でぬいぐるみが勝手に喋って動いてんだって聞いてんだ!!」
「……そりゃ喋って動きますよ〜、ぬいぐるみですもん」
ごく自然なトーンで言われた奏楽の言葉に蛍が固まる。
一瞬自分の常識を疑うが、奏楽の方がおかしいと考え直した蛍は「そんなわけねぇだろ」と一蹴した。
「普通ぬいぐるみは一人でに喋って動かねぇんだよ!!」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ!!お前は今までの人生で喋って動くぬいぐるみに会ったことあんのか!?」
「今日会いました〜」
「だからそれがおかしいっつってんだろ!?」
「そうなんですね〜」
蛍の必死の説明も虚しく、いまいち状況の異常さを理解しきれていない奏楽がフワフワ頷く。
この天然マイペースなお姫様にこの世の理を理解させる方が無茶だと悟った蛍は、大きな溜め息を一つ吐いて説明を諦めた。
「つか、何でソラはソイツの言ってることがわかんだよ」
「“ソイツ”じゃなくて“ニャイチ”さんですよ〜。逆にほたちゃんは言ってる意味わからないんですか?」
「おう、残念ながら俺に人語以外は話せねぇんだよ」
ツッコむことすら放棄した蛍が奏楽の質問に答える。それに対して奏楽は「不便ですね〜」とフワフワ返した。
勿論ツッコみ返すことなく、蛍は「で?」と話を進める。
「結局ニャイチサンは一体何なんだよ。知ってんだろ?ソラ」
「え……知らないですよ?」
当然と言わんばかりに首を傾げる奏楽に蛍は絶句した。
何も知らないにも関わらず、ただでさえ喋って動く怪しいぬいぐるみを何故こうもすんなり受け入れられるのか。
奏楽の器のデカさ……というよりも呑気さに蛍は開いた口が塞がらない。
「……お前は……得体の知れねぇモンを気安く受け入れんな!!何かあったらどうすんだよ!!?」
「ほたちゃんは心配性ですね〜」
「そういう問題じゃねぇよ!!」
やいのやいの言い合う二人。もはやお決まりの光景なわけだが、そんな犬も食わない二人の言い争いに「あの」と声がかかる。
二人同時に声の方へと振り返れば、先程奏楽から無言で逃げた眼鏡の青年が変わらぬ目付きの悪さでそこに立っていた。
「あ、君は……」
「今度は誰だよ」
それぞれに反応を示す奏楽と蛍だが、青年の方はそんな二人には目もくれず、ニャイチだけに視線を遣る。
その目は怒っているようにも焦っているようにも見えた。
「……拾ってくれて感謝します。そのぬいぐるみ、こちらに返して頂けますかぁ?」
間延びした口調は気怠げな雰囲気を醸し出しているが、やはり何処か焦りが滲んでいる。
しかし青年の事など知ったことじゃない蛍は、お構いなしに「コレはテメェのかよ」とぬいぐるみを返すことなく、奏楽の腕の中で抱かれているニャイチを指差した。
「ええ。自分のなんで、さっさと返して頂けますぅ?」
「じゃあ丁度いい。何でこのぬいぐるみが勝手に喋って動くのか答えろ」
「……は?……」
言葉通り急かすように腕を伸ばしていた青年は、蛍の質問に身体を硬直させた。青年は「まさか」と聞き取れない程小さく呟くと、恐る恐る口を開ける。
「あの……変なこと聞くんで、全然笑ってくれて良いんですけど……まさかとは思いますが、そのぬいぐるみ喋りましたかぁ?」
「??喋りましたよ?」
「動いたりは……」
「勿論動きましたよ?」
「……………」
奏楽の返答を受けて、再び固まる青年。奏楽も蛍も青年の様子を「何だ」と疑問に思う中、青年の方は大きな溜め息を一つ溢すと「取引しましょう」と切り出した。
揃って首を傾げる二人に構わず、青年は続ける。
「聞きたいことは何でも答えてあげるんで、ニャイチ……そのぬいぐるみのことは他言無用でお願いしますよぉ」
青年の提案に、不思議そうに二人は顔を見合わせると、まず奏楽が口を開いた。
「何でニャイチさんのこと、黙ってて欲しいんですか?」
奏楽の最もな疑問に一瞬視線を落とした青年は、すぐに表情を取り繕って「それは」と答え始める。
「……騒ぎになるからですよぉ。ぬいぐるみが喋って動くなんて非常識極まりないですし、一々理由を聞かれるのが面倒なんで」
気怠げに淡々と告げる青年。まあ理由としては当然だ。
誰もが奏楽みたいに喋って動くぬいぐるみをすんなり受け入れるわけではない。蛍のように警戒して、どういう構造をしているのか探求しようとするのが普通だ。
飼い主(?)としては、確かに面倒この上ないだろう。
青年の理由に納得したのかしてないのか、奏楽はニッコリ微笑んで「そうなんですね〜」と返すと、「別に良いですよ〜」と青年の案を飲んだ。
「じゃあ早速答えろ。ニャイチは一体何なんだ?」
蛍が親指でニャイチを指差す。青年は本日二度目の溜め息を吐くと、仕方なさげに説明を始めた。
「何って、ただの自分が作ったぬいぐるみですよぉ。喋って動くのは、自分の異能の力です」
そこで一旦説明を区切った青年は、二人に見えるように右手の平から光の玉を生み出した。
「これは“魂”……自分の異能は“魂宿”と言って、無生物に魂を与えることができるんですよぉ。つまり新たな人格と生命を創るわけですなぁ。ニャイチも魂を宿されたから、人格が生まれて、自由に喋って動いてるだけ。まあ、人語は話せませんがねぇ」
説明が終わり、青年が右手に落としていた視線を上に戻すと、眩いばかりの輝きを瞳から放っている奏楽と目が合った。
青年は一瞬たじろぐが、自分の異能を知ってテンションを上げなかった人間は今までいない。どうせ凄い異能だ何だと持て囃すんだろうと、斜に構える青年に対して、奏楽は開口一番「凄いです〜」と笑顔を見せた。
「ニャイチさんを作ったなんて、とっても器用なんですね〜。羨ましいです〜」
「………は?」
「否、ツッコむのはソコじゃねぇだろ。異能の方反応しろよ」
予想と斜め上の方向から褒められて唖然とする青年。その心を代弁するかのように蛍が指摘すれば、奏楽は「そうですね〜」と頷く。
「異能の方もとっても凄いです〜」
取ってつけたように褒める奏楽だが、ようやく思った通りの反応が返ってきて、青年は少しの落胆を見せながらも逆にホッとする。
「羨ましいですよね〜。ぬいぐるみとお喋りし放題」
「はぁ!?」
「「……」」
だがその次出てきた奏楽の発言に、青年はついつい声を張り上げてしまった。奏楽と蛍が突然どうしたという表情を浮かべて青年へと視線を向ける。
普段の青年なら何も言わずにすぐさま立ち去るが、余程奏楽の発言に驚いたのか少し声を震わせながら「それだけですかぁ」と奏楽に尋ねた。質問の意図がわからず、奏楽はコテンと首を傾ける。
「何がですか?」
「感想ですよぉ。自分の異能、感想はそれだけですかぁ?」
「??他にありますか?……ああ!人形ともお話できますね!」
「……………」
「ソラ、多分そういうことじゃねぇ」
二の句を告げることができない青年に代わって蛍がツッコむ。まあ華麗にツッコミをスルーして、奏楽は「あ、そう言えば」と話題を変えるわけだが。
「自己紹介まだでしたよね〜。春桜奏楽です〜。で、こっちの人間不信拗らせちゃった守銭奴が……」
「土萌蛍……だからその紹介止めろって!」
「…………」
何処までも我が道を行く二人に青年は呆然としながらも、本日何度目かの溜め息を吐いて、小さく口を開いた。
「……宮園莉一です……」
読んで頂きありがとうございました!!
何か書きたいことがまとまらなかった結果、ハッチャカメッチャカな文章になってしまいました。
そんな私の代弁はサブタイトルに全て込めてます。
当初の予定では、奏楽さんはちょっぴり天然マイペースくらいの設定だったのに、いざ書き進めていけば度の超えた問題児になってしまいました(笑)蛍さんの苦労が目に見えてわかりますが、蛍さんも蛍さんでぶっ飛んだ人格の持ち主なんで、結局『ツッコみが追いつきません』という状態になるわけです。
莉一さんにはツッコみ方面を頑張って貰いたいところ!
何故か話数が進むごとに主人公二人の漫才がウザくなってる気もしなくはありませんが、一応シリアス作品なので多分もう少しすればおふざけも落ち着くはずです。
では次回もお楽しみに!




