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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇指極編
15/101

天璇指極

 

「試験合格、とりあえずよくやった」


 土萌邸の奥、当主の間に一人呼び出された蛍は、開口一番梨瀬から冒頭のセリフを言われた。

 一応褒められているわけだが、梨瀬の言い方が上から目線であることと、試験合格がゴールではないとわかっていることも相まって、蛍は大して喜びもせず無言で梨瀬を見上げている。

 そんな蛍の様子に「可愛げのない奴だな」と溢しながら、梨瀬は改めてこれからのことを説明する。


「蛍、今この瞬間からお前は土萌の次期当主となる。だが、星天七宿家の人間としての教育を全く受けていないお前を、いきなり当主にするわけにもいかない。というわけで、学校に行ってる時以外は、土萌邸で次期当主に相応しい男にするべくみっちり教育してやる。覚悟しておけ」


 これに蛍は鼻で笑いながら「わかってるよ」と返した。

 これから星天七宿家や北斗七星についてみっちり教え込まれるというのは、奏楽からも言われていたことだ。覚悟など今更である。


「本当に生意気な奴だな。まあ良い。それより蛍、お前に一つ聞きたいことがある」

「?何だよ」


 突然雰囲気を変えた梨瀬に、蛍が若干身構えながら尋ねる。梨瀬は少し目を伏せて恐る恐ると言った感じで口を開いた。


「蛍……お前……奏楽に惚れているのか?」



 *       *       *



 梨瀬との用が終わり、蛍が客室に戻ると、制服姿に着替え終わった奏楽が出迎えてくれた。


「お帰りなさ〜い、ほたちゃん。梨瀬さんからのお話何でしたか〜?」

「………」


 あいも変わらずフワフワとした奏楽の口調と笑顔に、蛍は肩に入っていた力が抜けていくのを感じる。

 座布団に腰掛けながら、奏楽の注いでくれたお茶に口をつけると蛍はホッと息をいた。


「あー……これからみっちりしごいていくってのと、後は……()()のことだな」

「学校?」


 奏楽が首を傾げる。

 梨瀬の呼び出しで最後に報告されたのが“学校”についてのことだった。


「ああ。明後日の月曜日から別の高校に行けだと……確か『星影高校』だったか?もうとっくに転校手続きも済ませてあるらしい」

「あぁ、そのことですか〜。それなら、そうなるだろうなっていうのは、ある程度予想してましたよ〜。ボクも月曜日から星影に転校しますしね〜」

「……………」


 あっさりと奏楽が言い放つ。

 まあ正直、奏楽も転校するだろうなというのは蛍も予想していた。

 だが問題視したいのはソコじゃない。

 何とも言えない表情かおで蛍が奏楽を見つめると、「確か……」と蛍は更に続けた。


「その『星影』ってところは“()()()()()()()()専門学校”らしいんだが……やっぱりソラは知ってたんだな?」

「まあ有名な学校ですからね〜。凡人でも知ってるくらいには」

「ほぉ〜、ならその有名高校を()()()()()()()()()()()()()俺が知らなかった理由は?勿論知ってるんだよな?」

「……さあ、知らないですね〜」

「とぼけんな!!」


 一瞬目を泳がせて視線を逸らす奏楽に蛍が大声を上げる。

 梨瀬から星影高校の話を聞かされた時、星影のことを一切知らなかった蛍は「え、そんなことも知らないの?」という眼差しで梨瀬から馬鹿にされた。

 確かにガーディアンとは無縁の凡人ですら知ってる学校を、貴人で尚且つガーディアンになりたがっている蛍が知らないというのはおかしいだろう。

 そんなことも知らなかった自分に呆れながらも、蛍はすぐにある答えに辿り着いた。

 星影高校について何の情報も入ってこなかった理由など、考えつく限り一つだ。


「ソラ、お前わざと俺に星影の情報が回ってこないよう細工しただろ」

「ナンノコトカワカリマセン」

「白々しい棒読み止めろ」


 梨瀬から話を聞いた時、すぐさま蛍は奏楽の仕業だと勘付いた。どうやらそれは当たりらしい。

 普段はフワフワと何も考えていないように見える楽観主義者の癖に、こういうところだけは抜け目がない。

 蛍は一つ溜め息を吐いた。

 それにビクッと反応すると、奏楽は恐る恐る蛍の顔を覗き込む。


「ほたちゃん?もしかして、怒りました?」


 不安げに揺れる奏楽の真っ青な瞳。

 蛍は奏楽のこの表情かおに弱かった。

 もう一度大きく息を吐くと、蛍は天井を仰いだ。


「……別に怒ってねぇよ。今更だしな」

「ほたちゃん……ですよね〜!ほたちゃん、どっちかって言うと、ボクに出し抜かれて悔しそうですもんね〜!まだまだ修行が足りないですよ〜」

「本気でしばくぞ?」


 どうやら先程のアレは演技だったらしい。既にニコニコと全く反省していない笑みを浮かべる奏楽に、蛍は額に青筋を立てた。

 まあどれだけ言っても、蛍が奏楽に手を上げることなど、天地がひっくり返ってもできない。

 色々と湧き上がってくる感情を飲み込んで、蛍は「それで」と話を元に戻した。


「知ってんだろ?星影のこと。どんな学校なんだよ」


 蛍が真面目に問えば、奏楽はニコニコ揶揄うのを止めて「えっとですね〜」と説明を始める。


「ガーディアン創設者である氷室さんが建てた私立高校なんですけど……さっきほたちゃんが言ってた通り、ガーディアンになる隊員を育てる為に創られた学校ですね〜。ちなみに既にガーディアンに入ってる学生さんは特待生として全ての学費を免除してくれますし、任務で授業を休む場合は公欠にしてくれますし……ガーディアンになりたい人より、なってる人にとって、とっても有り難い学校なんですよね〜」


「へぇ」と蛍が相槌を打つ。

 学費全額免除と公欠は確かに有り難い。特に貧乏学生には垂涎ものだろう。


「それから、生徒の人数が一般の高校よりも遥かに少ないんで、全学年合わせて七(クラス)だけ……しかも一(クラス)の中に一年生、二年生、三年生、全学年の学生が混同してるんですよね〜。なので、座学以外の実技は学年混合でするらしいです。逆に座学は他(クラス)の同学年の子全員と一緒にするんで、広い講義室で授業を受けるみたいですよ〜」

「……ややこしくないか?ソレ」


 奏楽の説明を受けて、蛍がツッコむ。

 つまり組分けに学年という区別はないが、それだと座学の授業の進みに差が出てしまうので、座学の時だけ同学年の生徒達と合同授業をしようというわけだ。

 そんな面倒なことをするくらいなら、始めから学年別にちゃんと組分けをして、実技授業だけ学年混合にすれば良いのにと蛍は思う。そちらの方が幾分かわかりやすいだろう。

 そもそも他学年と同じクラスでは、クラスメイトであっても先輩後輩というややこしい関係になってしまう。年上の人間に敬意を払うのが当然という思想が強いこの国では、非常に厄介極まりない組分けだ。

 まあそんな思想、蛍にはあまり関係ないが……。


「実際ややこしいですよ?まあでも、学年別の組分けだと、一(クラス)零人になっちゃう組が出てくるんで仕方ないんですよね〜」

「何でそんなクラスが出るんだよ」

「星影高校の組分けが完全な成績重視だからですよ〜。一組が一番レベルが高くて、一番下が七組です。でも、それぞれのクラスに定員がいて、成績順に上から割り振っていくって感じじゃなくて、成績何点から何点までが何組って感じで割り振っていくんで……質が悪ければ一組は零人になる学年が結構定期的に出るんですよね〜。だから全学年混同の組分けにしてるんですよ〜」


 なるほど、確かにこれは完全なる成績重視型だ。零人の可能性が定期的にあるという一組の壁は、それほどまでに高いのだろう。


「ちなみに一組になる為には、どれくらい成績が必要なんだ?」


 蛍がちょっとした興味本位で聞く。トップの座に興味はないが、次期北斗七星になるなら目指しておくべきだろう。

 奏楽は人差し指を顎に当てて、「う〜ん……」と微かな記憶を辿っていった。


「確か……七百点満点中650点以上ですね〜。配点は〜、普通の一般教科の筆記試験が五十点、実技試験が三百点、星力量試験が半分の350点だったと思います」

「……配点おかしくねぇか?」

「そうですか?」


 奏楽が首を傾げる。

 だが蛍の価値観は一般的には正しい。

 いくら専門学校といえど、筆記試験が零点だったとしても一組に入れる可能性があるのは驚くべきことだろう。

 後、実技より星力量に重きが置かれてあるところも、蛍には意外だった。


「でもまあ、ボク達星天七宿家の人間にはあんまり関係ないことですよ」

「?何でだ?むしろ絶対に一組に入れって言われそうなもんだろ?」

「いえいえ、絶対に入れじゃなくて、()()()()()()んですよ、一組に」

「は?…………不正で?」


 ほんの数秒思考が停止した蛍の頭で導き出されたのが不正ソレだった。すぐに不正ズルが出てくるあたり、流石人間不信を拗らせているだけのことはある。

 奏楽はそれに笑って「違いますよ〜」とのんびり否定した。


「ズルなんかしなくても、一組に入れるんですよ。そもそも試験を受ける必要すらありません。だって、星天七宿家の人間という時点で一般の貴人とは星力量の桁が違いますからね〜。実技もボクらは幼少期から戦闘訓練を積まされてるんで、一般育ちの貴人には負けません。というか現役ガーディアン隊員である教師にすら余裕で勝てます。成績評価はあくまで一般の貴人用として決められてるんで、余程ヘマしない限り、星天七宿家の人間は星力量試験と実技試験は満点取れちゃうんですよ。この二つで満点取れれば、一組に入る為に必要な点数揃っちゃうんで、確実に一組に入れる訳ですね〜」

「なるほどな」


 蛍が納得する。

 言い換えれば、血筋による天性的な出来レースということだ。ズルではないが、似たようなものだろう。

 まあ成績に関する不安要素が消えたことは素直に嬉しい。普通の人間なら……だ。


「……余程のヘマ……する可能性しかねぇんだが?」

「…………」


 蛍が少し冷や汗混じりに奏楽へと視線を送る。それに対して、奏楽はポカンと無防備な表情を見せると、次の瞬間には吹き出した。


「あっはは!確かにほたちゃんはヘマする可能性しかないですね〜!」


 ツボに入ったらしく、涙目になりながら笑う奏楽に、「笑い事じゃねぇよ」と蛍が呆れる。


「大丈夫ですよ〜、ほたちゃん!骨は拾ってあげます!」

「ヘマする前提で話すんじゃねぇよ!!」

「えぇ〜、ほたちゃんから言い出したのに?」

「こっちは大真面目なんだよ!」

「ボクも真面目ですよ?」

「そんなに笑っておいて、どこら辺が真面目なんだよ!?」

「ほたちゃんを揶揄うのに真面目です」

「ソ〜ラ〜!!」

「きゃ〜!ほたちゃんが怒りました〜!」

「ちょっ、待てコラ!!」


 そこからは追いかけっこだ。

 いくら広い客室と言えど、高校生二人が戯れるには狭い。

 すぐに奏楽が捕まって終了かと思いきや……そこは流石不幸体質。


「あ……」

「へ?……ほたちゃんッ!」


 鈍い音が部屋中に響く。

 座布団につまづいた蛍を庇おうとして、結局奏楽も一緒に床に倒れてしまったのだ。


「悪い、ソラ!大丈夫か!?」


 奏楽を下敷きにしてしまう形になった蛍が、慌てて自身の身体を持ち上げる。先程までの怒りは何処へやら、奏楽の顔を真剣な表情かおで覗き込む蛍に、奏楽はふにゃりと笑んで返した。


「大丈夫ですよ〜。ほたちゃんこそ平気ですか?」


 奏楽の伸ばされた右手が蛍の頬を撫でる。「ああ」と頷くと、蛍はそのまま奏楽を押し倒す形で、自身の唇を奏楽のソレに押し当てた。

 そんな蛍の突然のキスを、目を閉じて素直に受け入れる奏楽。

 軽く触れるだけの戯れのような甘いキスを繰り返しながら、蛍はふと、先程の梨瀬との会話を思い出した。



 ……『蛍……お前……奏楽に惚れているのか?』

 ……『だったら悪いかよ』

 ……『……即答か……。なら悪いことは言わん。諦めろ。いずれ必ず()()()()ことになるからな』




読んで頂きありがとうございました!!


これにて第一章終了です。

次からは第二章『天璇進行編』に入ります。

ちなみに、もう書き置きがなくなったので、毎日投稿は出来なくなります。

次話も何日後になるのかわかりませんが、気長にお待ちください。


それでは第二章お楽しみに!

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