当主集合
奏楽による『北斗七星講座』が開かれている頃……梨瀬は日本の何処か地下にあると言われているガーディアン本部へと赴いていた。
平安時代の貴族のような重苦しい正装に身を包み、本部基地の奥の奥……ガーディアンの中でも選ばれた貴人しか入ることのできない特別な会議室へと入る。
どうやら、梨瀬が最後の一人だったらしい。
部屋の中には、同じく正装を身に纏った六人の貴人が円卓の前に座っており、梨瀬の席だけが空いていた。
梨瀬が黙って席に着くと、しばらくして円卓を見下ろす形になっている登壇場に一人の女性が現れる。
「よう来はったなぁ、北斗七星の諸君。急な呼び出しですんまへん。堪忍したってなぁ」
ステージに立つ女性が京都弁で、梨瀬を含め七人に話しかける。
この女性の名は氷室雅。ガーディアンの最高責任者……つまり、北斗七星含めガーディアン隊員のトップに当たる人物だった。
「北斗七星ねぇ……“元”北斗七星が来てるように見えるのは僕だけ?」
鮮やかな新緑の髪を持った美少年が口を開く。少年のように見える彼は一色家当主……北斗七星“ζ”に選ばれた貴人……一色叶愛。こう見えて三十代後半の歴とした大人だった。
「……まだ世代交代が上手くいってなくてな」
応えたのは白髪の混じったオレンジ頭のおっさんだ。大空家当主……元北斗七星“η”……大空新である。
「あら?前回も同じことを言っていたような気がしますけど?」
菫色の長髪を高く結った気の強そうな美女が、意地悪く笑んで返す。秋峰紅葉……秋峰家当主であり、元北斗七星“δ”だった女性だ。
「はは、それは秋峰家も一緒でしょ?ね、元“δ”の紅葉さん?」
乾いた嘲笑の笑みに、紅葉が忌々しそうに声の主を睨み付ける。天川家当主……北斗七星“γ”……天川瑠依だ。黄色に近い明るい金髪に優男然とした甘い微笑みはいつもなら目の保養だが、この時ばかりは紅葉の苛つきを増す為のものでしかない。
わざと聞こえるように舌打ちを溢す紅葉に、今まで黙って状況を見守っていたピンク頭の青年がオロオロしながら声を上げた。
「け、喧嘩は止めてくださいぃ!瑠依さんも紅葉さんも仲良くしましょう!?」
東根樹……オドオドと頼りなさげに見えるが、これでも東根家当主……北斗七星“ε”に選ばれた“七本の剣”の一人である。
「仲良くか……それこそ時間の無駄だろう。僕らは他家の人間と親しくなることを禁じられているのだから。そもそもそりが合うことがない」
樹の意見を春桜千早が冷えた口調でバッサリとぶった切る。春桜家の現当主であり、元北斗七星“α”……奏楽の実の父親だった。
「一番誰ともそりが合わないお前が言うな。大体さっさと奏楽に当主の座を渡して、とっとと引退すれば良いものを!」
梨瀬が千早を睨み付ける。
このてんでバラバラ、最高に仲の悪い七人が、国の政治すら握る星天七宿家のトップ……現当主達であった。
相も変わらず相性最悪の七人を見て、雅が溜め息を吐く。
「挨拶は終わった?ほんなら、本題に入るで?今日急に呼び出したんは他でもない。土萌家の世代交代に関することや。ちょいと問題が起きてしもてなぁ」
雅が話を切り出せば、険悪な雰囲気を漂わせていた彼らも真剣な表情を浮かべる。
ようやく真面目に始まった会議で、まず口を開いたのは叶愛だ。
「問題?お言葉ですが、家の問題はそれぞれの当主の責任……他家の僕らが手を貸す義理はありませんが?そもそも家の問題と言うなら、梨瀬から話すのが筋では?」
「言えてるね。それに世代交代って……他の家ならともかく、土萌家が一番分かりやすい筈でしょ?現北斗七星の子供が次期北斗七星に選ばれるんだから。梨瀬さんの子供は二十歳でしたっけ?確かに遅れてるみたいだけど、その内選ばれますよ。時間の問題だ。まあ、既に次期北斗七星が決まってるのに当主交代してない家もあるわけだけど」
叶愛に続いて瑠依が皮肉交じりに口を出す。
その皮肉に眉毛を反応させるのは二人だけ。全く気にしていない千早は雅に視線を向けると、「どんな問題が起こっているのですか」と説明の続きを促した。
「それがなぁ……梨瀬はんの息子はん、星証の試験に落ちはったみたいでなぁ……次期北斗七星はまだ決まってへんのよ」
「「「「「「!!?」」」」」」
雅の告白に、梨瀬以外の六人がそれぞれ驚愕した様子を見せる。
当然だ。梨瀬の子供が試験に落ちたということは、土萌の星天七宿家たる価値が揺らいでいるということなのだから。そしてそれは、いくら他家といっても、同じく星天七宿家の当主である彼らにも無視できる問題ではない。
「雅様、それでは……このまま土萌に新たな星が現れなければ、土萌家をどうなさるおつもりで?」
新が少し期待を滲ませた声で雅に問い掛ける。
新の期待に心当たりのある面々は、それぞれフッと鼻で笑いながら雅の答えを待った。
「そう慌てんくても、話はまだ途中や。梨瀬はんの息子は落ちたらしいけど、まだ希望は残ってはる。せやろ?梨瀬はん」
雅が意味深な笑みを梨瀬に向ける。
対する梨瀬は何処から情報が漏れたのかと内心毒づきながら、やれやれと口を開いた。
「雅様の仰る通り、現在土萌では家から出ていた私の甥を連れ戻し、昨日から試験を受けさせています。結果は数時間後にわかるかと」
「アハハッ!“甥”!?甥ってことは、駆け落ちして土萌の家から逃げ出した裏切り者の子供ってこと!?そんな出来損ないに賭けるなんて、いよいよ土萌家も落ちぶれたものね」
梨瀬の発言を思い切り馬鹿にするのは紅葉だ。だが、梨瀬も言われっ放しでは終わらない。
「ハッ、流石。既に落ちぶれてる家の人間は失うものが無くて、よく吠えるな。まるで負け犬の遠吠えのようだ」
「何ですって!?」
睨み合う美女二人。美人の怒った顔は恐いというが、この二人の間に割って入れるのは百戦錬磨の猛者か空気の読めない馬鹿だけだろう。
そしてここに居るのは稀有なことに猛者ばかり。まあ約一名ビビりが居るが……。
猛者達の親玉である雅が呆れたように溜め息を溢せば、「あんなぁ」と切り出した。
「千早はんの言う通り、あんさんら星天七宿家の人間は他家の人間と親しい間柄になったらあかへんよ?けど、せやかて別に険悪な関係になれぇとも言うてへんのよ。あんさんらは国を守る“剣”や。敵は同じ筈……切っ先がバラバラやと困るんよ。仲良うせぇとは言わへんけど、殺気のぶつけ合いは御免やで」
「「…………」」
雅から言われれば、流石の二人も黙り込む。
鳥肌が立つような殺気から解放された会議室で、雅は「せや」と思い出したかのように両手を合わせた。
「そう言えば、梨瀬はんの甥っ子はん……蛍やったっけ?……その蛍はんと春桜家の奏楽はんがかなり仲良しみたいな情報が入ってきてはるんやけど、実際のところどないな関係なんやろ。千早はん、知ってはる?」
雅が今度は千早に視線を向ける。
だが千早が何か応える前に、新が先に声を上げた。
「なっ!?春桜と土萌の人間が仲良くなど……一番あってはならんことだ。どういうことかな?千早殿。これは相応の罰が必要なのでは?」
ニヤリと口角を上げる新。
千早は一切気にした様子を見せることなく、「どうもこうも」と話し始めた。
「奏楽が土萌の人間と思しき少年と関係を築いていることは知っていた。だが、それは十年以上前からの話だ。……蛍と言ったかな?奏楽が蛍を見つけたのは児童養護施設の中……どういう経緯があったかは知らんが、土萌に捨てられた彼を“土萌の人間”とは認識しない。関係を築くことに口出しする必要もあるとは思わなかった。それに蛍を連れ戻したのは昨日なのであろう?なら、今日から蛍との接触を禁止させれば良いだけのことだ。罰は必要ないと思うが?」
「…………」
淡々と千早が正論を言えば、新が小さく舌打ちを溢す。
大人しく引き下がった新を尻目に千早は雅へと意識を向けた。
「奏楽と蛍のことについては、今申し上げた通りです。関係を一言で表すとすれば『友人』で差し支えないでしょう。ご心配なくとも、蛍が本当に次期北斗七星に選ばれれば、いずれ関係にヒビが入ります。それほど問題には発展しないかと」
……友人ねぇ……。
千早の言葉に梨瀬が心の中だけで反応する。
昨日見ている分には少なくとも、ただの友人で収まるような関係には見えなかった。
しかし、それを一々報告しようとは思わない。言えば、昨夜他家の人間である奏楽を土萌邸に泊まらせたことがバレてしまうから。
「……そうか……ほな、奏楽はんと蛍はんのことは千早はんと梨瀬はんに任せるわ」
雅は千早の見解を信じると、顔の前で手を組んだ。
「情報交換は済んだ。とりあえず、梨瀬はんは蛍はんの試験が終わり次第、すぐ報告すること……ええな?もし蛍はんが落ちれば……また緊急会議を開かなあかへん。そん時は、真面目に土萌の処遇を決めなな。まああくまでもしもの話……そうならへんことを祈っとるわ。ほな、解散」
そうして気の重たい会議が終わった。
――その日の夕方頃、蛍は試験に合格した。




