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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇指極編
11/101

お泊まり

 

 シングルサイズのふかふかのベッドに、シンプルなデザインのちゃぶ台とタンス、そして高級な布地で出来ていることが見ただけでわかってしまう座布団と、部屋を満たす畳の匂い。ここは土萌邸の客室の一つ。トイレやバスルームまで完備の、今夜蛍に与えられた仮部屋だった。

 そう、蛍に与えられた部屋なのだが……。


「……まさか土萌邸でお泊まりする日が来るとは……」

「そんな驚くことかよ……互いの誕生日の日は、いつも俺の家に泊まりに来てただろ?まあ、この部屋は俺のじゃねぇが……」


 何故だか蛍の隣で一緒に部屋へと入ってきた奏楽が、信じられないとでも言いたげな様子で呟く。

 実は今夜、この部屋で一夜を明かすのは蛍だけではなく、奏楽もだった。

 何でもないように応える蛍の返しに、奏楽は「そういう問題じゃないんですよ〜」と眉根を下げた。


 時を遡ること三十分程前……。

 星証を無事受け取った蛍は、梨瀬から試験の説明を簡潔にされた。曰く、試験中は土萌の敷地を出てはいけないこと、試験が終わるまではあくまで蛍は土萌の人間ではなく、土萌の客人として接せられること、試験が終わるまでは与えられた客室へやからできる限り出てはいけないこと……そして最後に、土萌の人間になれば奏楽との関係も距離を取らなければいけなくなるので、試験の間から奏楽とは会わないようにすること……とのことだ。

 端的な説明の後、蛍は一呼吸置いて完璧な笑顔でこれに反対した。曰く、試験中はまだ土萌の人間ではないのだから、奏楽との関係にどうこう言われる筋合いはない、土萌の屋敷から出るなと言うなら奏楽も一緒に泊まらせろ……とのことである。

 完全に子供の我が儘みたいな言い分だが、何だかんだ言い合って、結果的に奏楽の土萌邸宿泊が許可され、今に至ったのである。

 正直、奏楽のお泊まりが許されたのは奇跡と言っても過言ではない。


「土萌の屋敷に泊まったなんて、父上様達に知られたら大目玉ですね〜。しばらく行動監視されるかもです」

「たった一泊しただけでか?」


 むしろそっちの方が信じられないと言わんばかりに蛍が奏楽に尋ねる。すると奏楽は「だから言ったじゃないですか〜」と口を開いた。


「星天七宿家の人間は互いに距離を取らなくちゃいけないんですよ〜。用もなくアポ無しで他家に訪問するなんて、本来絶対に許されませんし、お泊まりなんて以ての外です」

「でも平気だから、土萌の当主はソラが泊まること許したんだろ?なら問題ねぇじゃねぇか」

「それはほたちゃんが梨瀬さんに変な脅しをかけたから……」


 奏楽が言い淀む。

 蛍は梨瀬との言い合いの中、あろうことか国を守る“七本の剣”の一振りである梨瀬を脅したのであった。まあ脅しと言っても、子供のお遊び程度のものだったが……。蛍の脅しを面白がった梨瀬は、条件付きではあるが、あっさりと奏楽の宿泊を許可してしまった。

 そんな梨瀬とのやり取りを思い出して、蛍はフッと笑う。


「あんなの脅しの内にも入んねぇよ。あっちだって面白がってただけだしな。それとも……ソラは俺と一緒にいられて嬉しくねぇのか?」


 蛍が奏楽の顎を持ち上げる。

 真っ直ぐ蛍に見つめられれば、奏楽も仕方ないなという気になってしまう。

 実際蛍の言う通り、梨瀬が直々に許可したのだから問題はない。要は他の人間にバレないように、奏楽自身が注意を払えば良いだけのことだ。

 そうと思えば、奏楽も細かいことは気にしない。元より楽観主義だ。

 思考回路を切り替えた奏楽は、いつも通りフワフワとした雰囲気を漂わせると、蛍に向けてふにゃりと微笑んだ。


「……勿論嬉しいですよ〜。だって今日はほたちゃんの誕生日ですから〜。一日中お祝いできて、とっても幸せです」

「俺も。ソラに祝われて、すっげえ幸せだ」


 互いに微笑み合う二人。いつの間にか、蛍は奏楽の顎を持ち上げていた手を頬へと移し、もう片方の手を奏楽の腰へと回していた。

 しばらく見つめ合うと、そのまま流れるように二人は互いの唇を重ねた。珍しくすぐに離れたキスの後は、二人共通常運転に戻る。


「それで?ソラはいつ梨瀬さんのところ行くんだ?」


 奏楽の腰から手を離した蛍が座布団に腰掛けながら尋ねる。

 奏楽の宿泊条件の一つだ。何やら梨瀬は奏楽に聞きたいことがいくつかあるらしく、奏楽に呼び出しをかけていた。それも二人きりで、だ。

 奏楽も蛍もこの条件に納得したので、必ず奏楽は一人で出向かなければいけない訳だが、それが何時頃になるのかという質問だ。


「えっと……ご飯食べて、お風呂入った後ですね〜。誰にも見つからないようにしなくちゃいけないんで、ちょっと移動に時間かかっちゃいますけど……」

「……何で当主が許可出してんのに、他の土萌の人間にもソラの存在がバレちゃいけねぇんだろうな」


 蛍が首を傾げる。

 そう、それがもう一つの宿泊条件だった。

 奏楽は春桜家の人間で、本来なら土萌家に長居することは許されない身。その為、泊まりは許可されたが、絶対に他の土萌の人間に、奏楽の宿泊がバレないようにしろと言われている。

 まあ奏楽自身、土萌の人間にバレて結果的に春桜家の人間にまでバレてしまっては困るので、梨瀬の条件には賛成していた。


「それが星天七宿家の人間になるってことですよ〜。ほたちゃんも、いずれわかるようになります」


 フワフワ答える奏楽に、蛍は「そうかよ」と返す。

 まだ自分は全然奏楽の置かれている立場を理解していないのだと、蛍は改めて痛感した。

 でもそれも今だけだ。

 蛍はポケットの中から、梨瀬から預かった星証を取り出す。

 この試験に受かれば、奏楽と同じ立場になれる。そうすれば、少しは奏楽の言っている意味もわかるだろう。

 気合いを入れ直すと、蛍は星証をポケットの中に戻した。

 そして、穏やかな雰囲気のまま奏楽へと優しい眼差しを向ける。


「……ソラ、梨瀬さんの用が終わって帰ってきたら、子守唄……」


「歌ってくれよ」と蛍が告げた。

 奏楽は一瞬キョトンとすると、いたずらするみたいにフフッと笑う。


「昼休みの時は断ったのに?」

「『()()いい』って言っただけだろ。……歌ってくれんだろ?ソラ」


 蛍が少し照れながら問えば、奏楽も柔らかく微笑む。


「勿論良いですよ〜。今日はほたちゃんの誕生日ですから〜。とびきり良い夢を見させてあげます」





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