パトロール
週の始まり月曜日。現在時刻、午前九時半前。
学生であれば、本来教室内にて真面目に一時間目の授業を受けている時間帯である。
だがしかし。
「……『パトロールをしろ』っつっても、都合良く何か事件が起こる訳じゃねぇよな」
「何もないのは良いことですよ〜」
蛍、奏楽、莉一、透の四人は、只今街中を制服姿で堂々と歩いていた。
遡るは十分程前……。
〜 〜 〜
「……今日の一組二組合同実技授業は、三、四人のグループに分かれて街に出て、実際にガーディアンの職務の一つである『パトロール』を行って貰います」
午前の授業は実技であった。
星影高校の校門前にて、並べられた一組二組の生徒合わせて十六人が、それぞれ異なった面立ちで教師の顔を見つめている。
「ただ、現役のガーディアン隊員……それから現北斗七星であられる奏楽様は、グループの審査員としてメンバーの採点をお願いします。仮に亜人と対峙してしまっても、よほどのことがない限り手助けしないでください。逆に言えば、ガーディアン隊員でない一般生徒の皆さんは、手助けされたら不合格です。自分達だけで如何なる問題にも対応する気概を持ってください。正午になれば、学園に戻って来るよう……そして審査員である人達はメンバーの採点表を提出してください。それでは……パトロール開始!!」
〜 〜 〜
……という訳だ。
いつものように、当然の如く四人で組んだ蛍達は、何も問題ない街中をただ散歩しているだけである。
「コレって、何も起こらなきゃ評価どうなるんだ?」
蛍がふと尋ねる。
このグループでは、奏楽が蛍達三人の成績を採点している。しかし何も問題が起こらなければ、対応力や未来のガーディアンとしての実力など何も測れない。
しかし奏楽は「そのままですよ〜」とフワフワ告げる。
「パトロール中の姿勢や態度を視てますからね〜。ちなみに、文句ばっかり言ってるほたちゃんは、今のところ連続減点です〜」
「なっ!……ソラ、その採点表見せろ!」
「ダメですよ〜。それはズルです」
採点表へと手を伸ばす蛍を奏楽がスルリと躱す。
ちょっとした鬼ごっこが始まる中、莉一と透は「平和だなぁ」と心を無にして歩いていた。
その時――。
「!……ニャー!」
「あっ、ニャイチ!」
突然、ニャイチが莉一の鞄から飛び出した。
慌てて莉一が「戻りなさい」と追い掛けるが、ニャイチが止まる気配はない。
何だ何だと蛍と透が他人事のように見守る中、奏楽だけがニャイチの様子の変化に目敏く気付く。
「……ほたちゃん、透くん。ボクらも追い掛けますよ」
「「??おう……」」
* * *
ニャイチの後を追うこと数分。
随分と人気のない路地へとやって来た。
「……い!……おい!しっかりしろって!」
段々と青年の声が聞こえて来る。
何か問題が起こっているのだろうか。
しばらくして奏楽達の目には、蹲っているブレザー姿の男子生徒と、その男子生徒に寄り添う形で座り込んでいる同じ制服を着た青年の姿が映って来た。
ニャイチが嗅ぎつけたのはこの二人の事なのだろう。
奏楽は一気に走るスピードを上げ、ニャイチを追い越した。
「大丈夫ですか?」
「ッ!!」
奏楽が男子生徒二人に話し掛ける。
急な第三者の声に、座り込んでいた青年がハッと顔を上げた。
鮮やかな蜜柑色の髪にアメジストの瞳。
アメジストの瞳が見開かれるのと、奏楽が「あ」と気付くのは同時だった。
「あ!!君はあの時の……!!」
「えっと確か……ボクにナンパして来た変わった人、ですよね?」
「否否、変わってたのはどっちかって言うと、君の方かな〜……って、あれ?髪短くなってるし、その制服……もしかして男?」
蹲った男子生徒に寄り添って居たのは、先日女装した奏楽に声を掛けて来た湊だった。
とそこで奏楽に追い付いて来た蛍が、湊と奏楽の顔の間に片手を突っ込む。その額には怒りマークがわかり易く浮かんでいた。
「あ、怖い彼氏さんも居るじゃん」
「ぁあ?誰がおっかないって?」
鋭く睨み付ける蛍に、何もやましいことはしてない筈なのに目を逸らす湊。
蛇に睨まれた蛙の図になっている訳だが、奏楽はそんな二人よりも下で蹲っている男子生徒の方が気になった。
……??何ですか、この子の星力反応……。
感じたことのない星力に、奏楽が眉を顰める。そしてグイッと蛍の腕を下ろして、湊へと視線を向けた。
「湊くん、でしたよね?何があったんですか?」
「えっ、あ……それがわかんなくて……今日どうしても連れて行きたい所があるからって、学校行く前に弘祈……こいつに付き合ってたんだけど、突然苦しみ出して蹲って……救急車呼ぼうと思ったところで、君達が……」
「『学校行く前』って、もう授業始まってんぞ。時間見てみろよ」
「あ、否……俺らの学校、今日は午後からだけなんで……」
蛍への苦手意識が染み付いているようだ。奏楽に対し普通に応対していたと思えば、ビクッと肩を震わせて蛍に応える湊。
できる限り蛍と目を合わせないようにしながら、湊は「それより」と奏楽に視線を送った。
「君達一体……ていうか、君何かテレビとかで見たことある気がするんだけど……もしかしてさ……」
湊が苦笑いを浮かべる。
奏楽はケロッと「改めまして」と名乗り始めた。
「北斗七星“α”春桜奏楽です」
「北斗、七星……通りで見たことが……あ、ご、ごめんなさい!!北斗七星と知らずにナンパまでしちゃって……」
「構いませんよ。そんなことより、この子は君のお友達ですか?貴人だったりします?」
顔を蒼くさせて謝罪する湊に、奏楽は気にせずサッサと本題に入る。
怒ってないことに安堵しながら、湊は奏楽の質問の意図がわからず首を傾げた。
「確かに弘祈とは小学校からの友達ですけど、貴人なんて聞いたことないですよ?ずっと凡人だと思ってたし、本人も『凡人だ』って『貴人が羨ましい』って良く言ってたし……」
湊の答えに、奏楽は納得してない表情で「『凡人』……」と復唱する。
そんな奏楽に、蛍は不思議そうに「何か引っ掛かるか?」と問い掛けた。
「別に星力も感じねぇし、普通に凡人じゃねぇの?」
「えっ!……ほたちゃんは星力感じないんですか?」
奏楽が驚く。その反応に、蛍もまた目を見開いた。
「つまりソラには感じてんだな?」
「はい、薄ら……ですけど……」
少し濁して答える奏楽に今は突っ込まず、蛍は「莉一、透」と少し離れた位置で様子を見ていた二人を呼んだ。
「お前らはどうだ?」
「俺は特に感じねぇけど……」
「自分もですなぁ。北斗七星殿しか感知できないなら、余程微弱な反応でしょうねぇ」
誰も男子生徒の星力に気付いてないようだ。
普通に考えれば、男子生徒が自分自身で星力をバレないよう隠しているのだろう。となれば思い至る事はそう多くない。
「貴人じゃなくて、星力隠してるってんならコイツは……」
蛍が呟きながら、男子生徒に身体を向ける。すると弾かれたように、湊が「違うよ!!」と男子生徒を庇って前に立った。
「弘祈は亜人じゃない!!絶対、絶対に違うよ!!」
必死の弁明だ。
当然である。湊の目の前に居るのは北斗七星と未来のガーディアン隊員。亜人を倒す存在だ。自分の友達が亜人と疑われれば、慌てて庇うのも無理はないだろう。
蛍が呆れて溜め息を吐く後ろで、莉一と透が表情を顰めて顔を見合わせている。
莉一が「気持ちはお察ししますがぁ」と口を開いた。
「貴人ではないのでしょぉ?今の段階では、残念ながらそちらの彼は亜人という可能性しか残されてませんよぉ」
「で、でも……弘祈は俺が『凡人だ』って信じてるから!だから絶対違う!!」
「「「?」」」
蛍達が揃って首を傾げる。
湊は「俺……」と語り始めた。
「特別扱いが嫌で、学校では『自分は凡人だ』ってことにしてるんです。弘祈にも凡人だって伝えてるし、嘘に気付いてないから、弘祈はよく『俺達凡人と違って、貴人は異能とかあって羨ましいよな』って俺に言って……俺、学校で星力隠して過ごしたことないし……弘祈は亜人じゃないです!」
湊が真っ直ぐな眼差しで断定する。
しかし蛍達の意見は変わらない。
「確かにテメェの星力に気付いてねぇなら、亜人じゃねぇが……」
「凡人と偽っている貴人……言い換えるなら“眠れる獅子”を起こすような真似、亜人であるなら『したくない』と思うのは当然のことだと思いますけどねぇ」
「そもそも亜人じゃねぇとして、星力があって隠してる理由が説明できないだろ」
蛍に続いて莉一、透が告げれば、湊は「ウッ」と尻込みする。
亜人が貴人をわざわざ刺激するような事をする筈がない。星力を隠して学校にまで通っているなら尚更だ。そもそも透の言う通り、貴人が星力を隠すメリットはない。
言い返せない湊。
だがしかし、奏楽が「否」と異を唱える。
「湊くんの言う通り、この人は亜人じゃないと思いますよ?」
読んで頂きありがとうございました!!!
そしてお知らせです。
こんな中途半端なタイミングで言うのもなんですが……暫く休載します!
本当は前日譚全編(つまりは奏芽編)が終わった時に休載する予定でしたが、もうちょっとで百話行けそうだったので、後編に地味に入ってしまいました……。
マジでこんな途中でお休みしてすみません(土下座)
後カミングアウトするなら、湊編は殆どストーリーの構造が決まってません(泣)唯一決まっていたのが『湊が奏楽をナンパして出会う』とこれだけです。そんな訳で休載中にストーリー構造をちゃんと纏めて、章完結まで下書きを溜めようと思います……。
何ヶ月後かに、またお会いしましょう。
次回もお楽しみに!




