仄めく策略
祝百話!!
蜜柑色のストレートショートヘアに、アメジストの瞳。高身長だが、顔立ちは愛らしさの感じる甘いマスク。
全くもって見覚えのない青年の顔に、奏楽はポカンとノーリアクションのまま相手を見上げる。
「……あれ?俺の声、聞こえてる?」
全然反応が返ってこないことに、青年が苦笑いを溢した。
奏楽はキョトンとした表情で、コテンと首を傾げる。
「ボクに話し掛けてるんですか?」
「あ、気付いてなかったの!?うん、そう!君に話し掛けてる!『ボクっ娘』なんだ、可愛いね。一人なら、俺と一緒にデートしない?」
奏楽の鈍さにズッコケそうになるが、すぐさま切り替えた青年が更に誘いを続ける。
だがしかし、相手は天然マイペースな上、キスされても相手の好意に気付かない程鈍感な奏楽だ。
数秒間があった後に、漸く「もしかして」と思い至る。
「ボク、今……ナンパされてます?」
「それ今なんだ!?君、天然だね!?」
「女の子に声掛けられることは良くありますけど、男の子は初めてですから〜。ボクに声掛けるなんて君、変わってますね〜」
「変わってる娘に『変わってる』って言われるのはちょっとショックかも……後君、自己肯定感結構低いね?それでえっと……ナンパの返事聞いても良い?」
「お名前何て言うんですか?」
「えっ、名前?」
若干会話が噛み合っていないが、確かに名前も知らずデートはできないなと、青年は一人納得すると、奏楽の手を取った。
「俺の名前は羽風湊。気軽に『湊くん』って呼んで良いから。宜しくね。君の名前は?」
「ボクですか?ボクの名前は……」
結局奏楽が名前を告げることはなかった。
湊と名乗った青年の肩を鷲掴みにし、思いきり奏楽から引き離した蛍によって、言葉を遮られてしまったからである。
「ほたちゃん」と弾んだ声を上げる奏楽とは対照的に、蛍は語る必要もない程不機嫌一色だ。
奏楽を背に庇い、湊を鋭く睨み付ける蛍は「おい」と地を這うような低音ボイスで湊に話し掛けた。
「俺のソラに何の用だ?」
閻魔だって裸足で逃げ出すおっかなさだ。
湊は「あはは」と冷や汗混じりに苦笑を漏らすと、両手を上に挙げて降参のポーズを取る。
「彼氏居たんだ。ごめんね、デートの邪魔しちゃったみたいで。手ぇ出してないから、彼氏さんもこの通り許してくれない?」
言いながら、本当に申し訳なさそうに顔の前で両手の平を合わせる湊。
何処となく憎めない感のある青年だ。
蛍は「チッ」と舌打ちを溢すと、シッシッと手を払った。
「次はねぇぞ。さっさと行け」
「ありがとう!本当にごめんね〜!」
蛍に言われた通り、湊はすぐさまこの場を退散した。
そして湊と入れ替わるようにして、莉一が戻って来る。
「流石蛍殿ぉ、素晴らしいセコム振りでしたよぉ」
「見てるだけの奴に言われたくねぇよ」
「否否ぁ、蛍殿が居なければ自分が行ってましたともぉ。奏楽殿ぉ、何もされていませんかぁ?」
まだ苛つきを消化できていないらしい蛍を避けるように、莉一が奏楽の前で膝を着く。
奏楽は「大丈夫ですけど」と言葉を区切ると、ニコッと微笑んだ。
「何だか莉一くん、ほたちゃんに似てきましたね〜」
「非常に不本意なんで、今の言葉は忘れて下さい」
「どういう意味だ、コラ」
すかさず蛍がツッコむが、莉一は「お気になさらずぅ」と衝突を躱す。
莉一の失礼な物言いは今に始まったことではないので、溜め息一つで蛍は流してやることにした。
それよりも、奏楽が湊の去って行った道をずっと見つめていることに気付き、蛍は眉根を寄せた。
「ソラ?あの男のこと、気になってんのか?」
半ば脅しのトーンで蛍が尋ねれば、奏楽は素直にも「はい」と頷いた。これには莉一の方がヒヤリとするが、蛍が完全に怒りを顕にするよりも先に、奏楽が「あの人……」と言葉を続ける。
「星力を感じました。貴人か亜人ですね〜」
「は?星力?」
「こんな普通の所で会えるなんて、結構珍しいんですよ〜」
奏楽がニコニコ告げる。
確かに凡人に比べて、貴人や亜人の割合はかなり低い。全人口の一割にも満たない程だ。その上、亜人は普段はガーディアンに見つからないよう星力を隠して生きているし、僅かな貴人の殆どは星天七宿家出身かガーディアンに所属している。
奏楽が顔を知らないかつ、星力が感じ取れたと言うのなら、湊は亜人でもガーディアン隊員でもなく、本当にただの一般貴人なのだろう。
奏楽が「珍しい」と気にするのも当然の反応であった。
しかし蛍にとっては、理由がどうあれ自分以外の男に興味を持たれることは面白くない。
「……悪い!遅くなった!待っててくれたみたいで、ほんとにごめんな!」
「医者、ただいま!」
丁度そこで、透と優里亜が帰って来る。「お帰りなさいです〜」と、抱きついて来る優里亜を抱きしめ返す奏楽だが、蛍は変わらず仏頂面だ。
透は疑問符を頭に浮かべて、莉一の側に寄る。
「……蛍、何かあったのか?」
「……まぁ……色々とですねぇ……」
耳打ちしてくる透に、莉一が曖昧に返す。
そうして色々ありながらも、無事お出掛けは終了したのであった。
* * *
一方その頃。
奏楽のナンパから手を引いた湊は、祭り会場から離れ、カフェなどが建ち並ぶエリアを歩いていた。
目当ては勿論、新たなナンパ相手を探すことである。
……お、あの娘にしよっかな……。
湊が見つけたのは、歩道と車道を隔てるレールの上に軽く腰掛けている一人の少女だ。
灰色のサラサラとしたボブヘアに、金色に輝く瞳。視線が手元の携帯に落とされている為、伏せ目がちになっているが、それでもとびきりの美人だとわかる。あまり目立たない装いではあるが、決して趣味が悪くないところを見ると、オシャレさんなのかもしれない。
湊はすぐに少女へと近付いた。
「ねぇねぇ、お姉さん。もし良かったら、俺とデートしない?」
「あ?」
少女が女性にしては低めなハスキーボイスで応えながら、顔を上げる。お陰で先程よりも、顔立ちがよくわかった。
目付きは悪いが、やはり綺麗な顔をしている。
記憶よりも大人びているが、確かに湊には覚えのある顔であった。
「……もしかして……カエちゃん!?」
「……ハトか?」
少女の方も湊に覚えがあるらしい。
独特な仇名で湊を呼べば、湊は「懐かしい〜」と瞳を目一杯細めた。
「何年振りだっけ!?小学校上がってすぐに会えなくなっちゃったから、えっと……九年振りくらい?久しぶりだね〜!元気にしてた!?」
「相変わらず騒がしいみてぇだな、テメェは」
眉根を寄せて表情を顰める少女。
そんな少女の反応に、湊は「うわ〜!」と更にテンションを上げる。
「カエちゃんも変わらないね!口が悪いところとか、目付きが悪いところとか!」
「余計なお世話だ!大体、いつまでも餓鬼の頃の呼び方で呼ぶんじゃねぇよ、ハト!」
「え〜……カエちゃんだって、俺のこと『ハト』って呼んでんじゃん。『羽風湊』を短縮して『ハト』なんでしょ?『和泉楓』で『カエちゃん』は『ハト』に比べたら全然普通じゃない?」
湊が少し頬を膨らませて、ブウ垂れる。
どうやら少女の名は『和泉楓』と言うらしい。
楓は仇名を直すことを諦めたらしく、小さく舌打ちを溢して、それ以上文句を言うのを止めた。
「そんなことより」と湊はスマートフォンを取り出す。
「ねぇねぇ、連絡先交換しよ!また何年も会えないなんて悲しいしさ!また昔みたいに一緒に遊ぼうよ!」
「ねっ?」と湊が首を横に倒す。
楓は面倒臭そうに表情を歪めるが、拒否する方がより厄介だと察したようだ。素直に元々手に持っていた携帯を持ち上げる。
「くだらない用で連絡してきたら、すぐにブロックするからな?」
「はーい……っと、登録完了!ねぇ、早速だけど、この後時間ある?カフェにでも……」
「楓〜!!何してんの〜!?」
湊の言葉を遮って、別の少女の声が二人の耳に届く。
声の方へと二人が振り向けば、少し離れた先でフードを被った少女が一人、楓に向かって手を振っていた。
少女の姿に、楓は舌打ちをしながら「遅ぇんだよ、希紗!」と苛立ち混じりに怒鳴り返す。
「友達?待ち合わせしてたんだ」
「あ?アイツは友達なんかじゃねぇよ」
冷たく吐き捨てれば、楓は湊に背を向け『希紗』と呼んだ少女の方へと進んで行く。
慌てて湊は「カエちゃん」と叫んだ。
「また連絡するから!!絶対絶対!また会おうね!!」
「……好きにしろ」
僅かに振り返った楓は短く呟き、また歩いて行った。
* * *
「楓の知り合い?珍しいね」
湊から見えなくなった頃、少女二人並んで道を歩きながら、希紗が尋ねる。
楓は「詮索してくんな」と突っぱねた。
釣れない態度だが、いつものことなので希紗は気にしない。ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべて、頭のフードを取った。
顕になる希紗の素顔。
フワフワとした麻色の猫っ毛に、薄紅色の虹彩を持つ猫目。愛らしい顔立ちだ。
希紗は怪しく瞳を細めて「否ぁ、ね?」と嗤う。
「一緒に居た子、貴人みたいだったから。心配するのも当然でしょ?」
「この私が貴人一匹如きにヤラレる訳ねぇだろ」
楓が吠える。
その切り返しは予想通りだったのか、希紗は「まぁそうだね」とアッサリ肯定した。
「そうじゃなくてさ。もし貴人に知り合いが居るなら……作戦、変えなくちゃいけないかもしれないでしょ?」
希紗が人差し指を口元に持って来て、いやらしく嗤う。
楓は「ぁあ!?」と声を荒げた。
吊り上がった目は、希紗を鋭く睨み付けている。その瞳に燃えているのは怒りと憎しみだ。
「くだらねぇこと言ってんじゃねぇ!!作戦はそのままだ!!……否、内容がどう変わろうが、結末だけは変わらねぇ!!変えさせねぇ!!必ず決行する!!その気がねぇなら、今すぐ降りろ!!」
「わー、ちょちょ!わかったわかった!ボクも同じ気持ちだよ!皆一緒!だから、落ち着こ!?ここ、公道!!」
「ぁあ!?…………チッ」
周りの注目を浴びていることに漸く気付いたらしい。
楓はバツが悪そうに視線を逸らした。
少しずつ人目が引いていくと、希紗もホッと胸を撫で下ろして「ごめんね」と一つ謝罪する。
「バカなこと聞いた。楓の気持ち、ちゃんと知ってるのにさ。安心してよ。『結末は変わらない。変えさせない』……この腐った国を……貴人が我が物顔で闊歩するこの国を、ボクらの手で必ず変えよう」
「ああ。人間の皮を被った貴人共を、地のどん底まで引き摺り下ろしてやる!」
そうして二人は、ヒラリと人の往来から姿を消した――。
呼んで頂きありがとうございました!!
最後に出て来た『希紗』という少女。わかって頂けたでしょうか。実は初登場ではありません!
新編開始直後、いきなり謎をぶっ込んでしまいましたが、ここから更に新たな謎や伏線が出てくると思うと眩暈がしそうです。
どうか見捨てないでください(泣)
次回もお楽しみに!




