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星に唄う  作者: 井ノ上雪恵
天璇指極編
10/101

意思と意志

「「…………」」


 隣の部屋へと移った蛍と奏楽が畳の上で向かい合う。

 ジッと奏楽の目を見つめてくる蛍の視線が居心地悪くて、奏楽は畳の方へと目を逸らしていた。

 奏楽には永遠にも感じられた数秒の沈黙後、蛍が小さく「ソラ」と呼ぶ。


「俺が土萌の人間だってわかってたのか?」


 蛍が尋ねれば、奏楽はゆっくり頷いた。


「何で黙ってた?」

「…………」

「はぁ……じゃあ質問変えるわ。ソラ……お前が俺をガーディアンに入れたくなかった理由は、土萌の人間に見つかる可能性があったからか?」

「!………そう、です……」


 小さく首を縦に振った奏楽に、蛍はもう一度溜め息を吐く。ずっと曖昧にされていたガーディアン反対の理由が、まさかこんなことだったとは。

 だが問題は何故土萌の人間に見つかって欲しくなかったかだ。


「ソラ、俺が土萌家に入るのは嫌か?」

「……はい……」

「理由は?言わなきゃわかんねぇぞ?」


 中々蛍の目を見ようとしない奏楽の顎を持ち上げ、蛍が顔を近付ける。こうすれば、嫌でも蛍の顔しか視界に入れられない。

 観念した奏楽はソッと口を開いた。


「……ボクは()()()()()()だから……ほたちゃんが土萌家に戻っちゃうと……もう……」

「?“もう”何だよ」

「もう……一緒にいられなくなっちゃうんですよ」

「……は?……」


 全く予想していなかった答えに蛍が間抜けな声を漏らす。

 奏楽が春桜家の人間で、蛍が土萌に戻ったら何故もう一緒にいられなくなるのか、蛍にはちんぷんかんぷんだ。

 蛍が理解していないのを知っているので、奏楽はポツポツと話し始める。


「星天七宿家の人間は互いに不可侵なんですけど……何百年か昔、ちょっとしたいざこざがあって……それから必要最低限のこと以外で関係を作らないよう暗黙のルールができたんです……ほたちゃんが土萌家に入れば、御家のルールでもうほたちゃんとは仕事以外で話せなくなっちゃうし会えなくなっちゃいます……」

「………つまり俺とずっと一緒にいたいから土萌家のこと黙ってたのか?俺と一緒にいたいから、俺が土萌に戻るの反対してんのか?」


 蛍の言葉に恐る恐る頷くと、奏楽は泣きそうな声で「自分勝手でごめんなさい」と謝った。

 しかし、蛍は別に怒っていなかった。否、そもそも怒りとは全く別の感情が胸の奥から込み上げてきていた。

 感情が爆発しそうで、堪らず蛍は奏楽の唇に吸い付く。いきなりキスされると思わなかった奏楽から控えめな甘い声が上がった。

 もっとしていたい気持ちをグッと抑えて、蛍は一旦奏楽の唇を解放すると、心底嬉しそうに微笑んだ。


「馬鹿だなぁ、ソラ。俺がソラを離すわけねぇだろ?例え土萌に戻ったって、俺はお前とずっと一緒にいるよ、絶対に」

「で、でも……でも……ほたちゃんは……」


 言い淀む奏楽に蛍がもう一度軽くキスする。


「まあソラがどうしても不安だって言うなら、俺は試験を受けねぇよ。別に今更貧乏生活抜け出すことにメリットなんざ感じねぇしな。……でも、俺は土萌の次期当主になれることは願ったり叶ったりだと思ってる」

「……なりたいんですか?土萌の当主に……」


 奏楽が意外そうにしながら首を傾げた。

 蛍はその不幸な体質の反動か、自分の欲望に素直だ。やりたいことはやる、やりたくないことはやらない。そこに誰かの気遣いとか配慮はない。ただ自分の好きなことを好きなようにする。その為、面倒なことは基本やろうとしない。

 当主というのは、偉そうに踏ん反り返ることが仕事ではない。御家の全ての面倒を見るのが当主だ。

 いくら蛍だって、具体的な大変さは知らなくとも、当主というのがただ座っているだけで成立するとは思っていないだろう。

 奏楽の尤もな疑問に、蛍は「まあな」と頷いた。


「俺はずっとソラに守られてばっかりで、自分一人じゃ戦うことも出来やしねぇ。だからずっと、お前と対等になりたかった。お前の隣に立って、せめて背中護れるくらい強くなりたかった。北斗七星になって、次期当主になれば……もうお前におんぶに抱っこされなくて済むだろ?」

「……ほたちゃん……」


 奏楽が蛍を見つめる。

 思えば、いつだって蛍はそのことを望んでいた。

 奏楽の隣に立ちたくて、奏楽のことを護りたくて、大変なことも痛みも苦しみも全て一緒に背負いたくて……ただそれだけ……ただそれだけのことをずっと蛍は望んでいた。

 梨瀬の申し出はそんな蛍にとって渡りに船だった。


「駄目か?ソラ」


 蛍が困ったように眉根を下げる。

 蛍は知っていた。自分のこの表情かおに、奏楽が滅法弱いことを。


「……ほたちゃんのバカ。イジワル。あんぽんたん」

「どうとでも言えよ。それで?結局どうなんだ?やっぱり不安か?」

「うぅ……不安ですよ!不安だし心配ですよ!だってほたちゃん、星天七宿家のこと何も知らないんですもん!しかもよりによって“次期当主”なんて……心の底から反対したいですよ!でも!……でも、これはほたちゃんの人生(こと)だから……本来ボクに口出しする権利なんてないですもん……」


 そこで話を止めると、奏楽は両手で蛍の両頬を包み込んだ。


「最後にもう一度だけ聞きますよ?本当に次期当主になりたいですか?次期当主になれば、もうほたちゃんはほたちゃんだけのものじゃなくなりますよ?本当に後悔しませんか?」


 真剣な奏楽の眼差しが蛍を射抜く。

 奏楽がここまで言う理由は、残念ながら蛍にはわからない。

 それでもハッキリしていることもあった。


「ああ。ソラも知ってんだろ?俺はやりたくねぇことをわざわざやったりしねぇよ。それに俺が俺だけのものじゃないなんて、今に始まったことじゃねぇだろ」

「??」


 奏楽が不思議そうに小首を傾げれば、蛍はニヤッと悪戯するみたいに笑む。そして……。


「俺はとっくにお前のものだろ?」

「ッ〜〜!!」


 蛍が今日貰ったリングピアスを見せつけるように告げれば、奏楽の顔が一気に真っ赤に染まる。

 頬を膨らませた奏楽がポカポカと蛍を叩けば、蛍はケラケラ笑いながら「冗談だよ」と奏楽の頭に右手を乗せた。


「もう!ボクは真剣なんですよ〜?ほたちゃんのおたんこなす!」

「はいはい。俺が悪かったから、機嫌直せ。顔膨らませんな」


 ご機嫌取りと言わんばかりに蛍が奏楽の頭を撫でるが、奏楽はもう知らないとそっぽを向く。

 やらかしてしまったと苦笑した蛍は、とりあえず目を合わせる為に、横に向いている奏楽の顔を正面に向けた。


「ソラ、ありがとな。心配してくれて。……平気だよ。後悔しねぇ。後、ソラとは意地でも一緒にいるから、そう不安がるな」

「……じゃあ、試験受けるんですか?」

「ああ。許してくれるか?」

「……」


 奏楽が逸らしていた視線を蛍へと戻す。

 蛍が本気であると理解した奏楽は「仕方ないですね〜」と眉を下げて笑った。


「ほたちゃんがそれを本当に望むなら、ボクは止めませんよ」

「ありがとな、ソラ」



 *       *       *



「話し合いは終わったみたいだな」


 梨瀬の待つ部屋へと蛍達が戻ると、梨瀬が待ち侘びたと言わんばかりに腕を組む。


「それでは、蛍……お前の答えを聞かせて貰おうか」


 梨瀬が聞けば、蛍は隣に座っている奏楽の手に自身の手を添え、ゆっくりと口を開いた。



「ああ。試験を受ける!……俺は土萌の家に戻る!」



 ハッキリ言い放った蛍。

 その答えに満足したように梨瀬はフッと笑う。


「……そうか……今度はちゃんと受け取れ」


 梨瀬がもう一度星証を蛍へ投げ渡せば、言葉通り、今度こそ蛍は真面目に星証を受け取った。


 こうして蛍の試験が始まった――。 

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