夜闇の龍
「約束する。何があっても、俺がお前を護り抜く!だから安心しろ、な?」
酷く苦しそうな表情をした君は、それでも無理に微笑んで、ボクの頬を両手で優しく包み込んでくれた。
今思えばこの時、ボク達の全てが歪んでしまったのかもしれない…………なんて、そんなこともうわからないのだけど……。
何も覚えていなかったこの時のボクは、ただただ不思議そうに首を傾げただけだった。
* * *
「キャーー!!!」
月が雲に隠れた暗い夜。人気のない路地裏に女性の悲鳴が響き渡る。
一人の女性が角の生えた男に捕まり、その鋭い牙の切っ先を白い肌に突き立てられていた。
「あ……ぁあっ!」
男の牙は皮膚を貫き肉を裂き、女性の首筋から赤い血を止めどなく溢れさせる。ジュルジュルと音を響かせながら血を飲む男に、女性は身体を震わせた。
この女性は後五分もしない内に、この男によって食われてしまうだろう。
その時だった。
“龍木剣・龍光斬魄”
何かが閃光を上げながら鋭い速さで男の腕を切り落とした。
男の鈍いうめき声と共に血飛沫が舞い、支えを失った女性はそのまま地面にどさりと倒れる。
「グッ……何者だ!!?」
男が吠えた先には、二つの人影があった。
その内一方は龍の形をした血塗れの剣を持っている。どうやら先程男の腕を切ったのはこの剣だったらしい。
月を隠していた雲が消え去り、二つの影が月明かりに照らされた。
「どうも〜、初めまして。『対亜人特別武装組織』……通称“ガーディアン”所属……北斗七星“α”春桜奏楽です〜。で、こっちの救いようのない人間不信拗らせちゃった人が……」
「北斗七星“β”土萌蛍……その紹介、止めろっつってんだろ、ソラ!」
一方はこの場に似つかないフワフワと間伸びした口調で、もう一方は苛々した荒々しい口調で、律儀に男の質問に答えてくれた。
「!……ほ、北斗……七星……」
何者かがわかったところで、急に男の身体が先程の女性のように震え出す。その目にはありありと恐怖の色が映し出されていた。
「な、何で……北斗七星が、こんなところに……」
少しずつ後ずさる男。それに対して奏楽と名乗った美女は、可愛い顔に似合わない男の血がべったりと付いた剣を軽く真横に振るった。
そう。“真横に振るった”……たったそれだけ。
「………え……………」
いつの間にか男の視界には路地裏に佇む二人ではなく、夜空に輝く星々と月が映っていた。そしてその景色もすぐに首の無くなった自身の胴へと切り替わる。
女に首を切り落とされたのだ。
そのことに気付いた時には、男の意識はもう薄れかけていた。
男の首が胴体から離れたところでゴロンと転がる。
「任務完了……帰るぞ、ソラ」
「……そうですね……」
そうして二人は夜の路地裏から音もなく消えた。