7.マリーの言い分②
「‥‥なん‥だ‥‥」
俯いたままの兄が小さな声で何かを言っているがよく聞こえない。
「えっ、なに?ごめんなさい、よく聞こえなかったからもう一度言ってくれる、兄さん」
「どうしてなんだっ!どうして勝手なことをした、ちゃんと花嫁衣装を買うお金は用意してあげただろう。それなのになぜあの衣装を‥‥勝手に‥‥」
声を荒げて私を責めてくる兄はいつもの優しい兄ではなかった、こんなに苦しそうな表情を見せる兄を初め見た。
どうしてこんなに責められるのか分からない。
だってあの花嫁衣装は個性的だったけれどもみんなから良く似合っていると褒められていた。
確かに渡されたお金で新品の花嫁衣装を用意しなかったけれども、ちゃんと恥ずかしくないものを用意したんだから責められる謂れはない。
それどころか家にあった古い衣装を有効利用したのだから『よくやった』と言われてもおかしくない。
「何よ兄さん、そんなに怒って…。衣装を揃えるのに使えって渡してくれたお金で無駄使いなんてしてないわ、ちゃんと今後の為にとってあるから。
最初は兄さんの好意に甘えて新品を買おうと思ったけど、新品はお金も掛かるし贅沢だなって思って悩んでいたら、家にあった箱のなかにちょっと古い婚礼衣装を見つけたの。色を染めて私好みに丈を短くすれば着れるかなって思って自分で手を加えたら思っていた以上に素敵になったから着たのよ。
いいでしょう、前の持ち主はきっと私のご先祖様なんだし怒ってやしないわ、」
バンッ!!
兄が目の前にあるテーブルに手を思いっきり叩きつけた。
「何を言ってるんだっ!あれは我が家の先祖が着て取ってあったものじゃない。あれはロナが嫁いだ時に持って来たのものだ。いつか挙げる結婚式に着るつもりで大切に箱に仕舞っておいたものだ。
お前にもちゃんと伝えてあったじゃないか、嫁いで来たロナはちゃんと言っていたぞ『この箱には大切なものが入っているから触らないでね』って。
それをお前は勝手にっ。どうしてだ、なぜなんだ…マリー。そんなにロナを苦しめたかったのか…」
兄の口から出てきた言葉が理解‥でき‥、い。
な、なにを言っているの…。
あれが‥‥、あ、あの箱に入っていたものが義姉さんの花嫁衣装だったの?
義姉さんが宝物だって言っていた…花嫁…衣装だったというのっ!
…そんなの知らなかった。
だってロナ義姉さんから花嫁衣装を見せて貰ったことなんてない。
三年前に式だって挙げていないし‥‥知るわけがない。
そうだ、私が拗ねて『式に出ない』と言ったから兄達はまた家出でもしたら大変だと式を挙げなかった。そして嫁いで来た義姉を疎ましく思っていたから、いつもおざなりに話を聞いていた。
きっと兄の言う通り義姉は私に話していたのだろう。それを私はちゃんと聞いていなかった、いいえ聞いたふりをして適当に返事をしてしまっていたのだろう。
私は自分したことの意味を知った。
取り返しのつかない過ちを犯したことを知った。
‥‥っ!わ、私が悪かったんだ。
知らなかった…、違う、無視してたからこんなことに‥‥。
聞いてなかったにしろ、見つけた時にちゃんと確認すれば分かったことだった。それなのに自分の結婚に浮かれて最低限の確認すらしなかった。家の納戸に仕舞ってあったから先祖が残した不要な衣装だと思い込んで…勝手に持ち出したのだ。
義姉さんの大切な花嫁衣装を台無しにしてしまった。
義姉さんは私が結婚したら自分達も式を挙げると嬉しそうに話していたのに…。『仕舞ってある花嫁衣装を着るから楽しみにしてね』と楽しそうに兄と笑い合っていたのに…。
私がすべてを台無しにしたんだ。
私は早くロナ義姉さんに謝りたかった。
あんなに大切にしていたのだから謝っても許されないかもしれないけど兎に角謝りたかった。どれほど私が酷いことをしたのか分かったから。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。知らなかったの、ロナ義姉さんのだって。家の納戸にあったからもう使わないものかと思ってしまったの。
色も変えて手を加えてしまったからもう元に戻せないけど‥‥、あれよりも素晴らしい花嫁衣装を買って弁償するわ。義姉さんに好みを聞いてちゃんとすぐに用意する。
義姉さんは実家にいるのよね?今すぐに謝りに行って来るから!」
自分に出来ることをやりたかった。
許されなくても、少しでも義姉のために何かをしたかった。
でも兄の言葉でそんな甘い考えは砕け散った。
「弁償なんて出来やしない。あれはな、あの花嫁衣装はな…、ロナがまだ幼い時に亡くなった母親が娘の為に作ったものなんだ。世界で一つしかないし、あれ以上のものなんてロナにとって存在しない」
身体の震えが止まらない。
まさかあの衣装がそんなに大切なものだなんて思ってもいなかった。今の流行りの型ではないし、生地も古かったからいらないものなんだとばかり‥‥。
まさか、まさか義姉の母親が亡くなる前に娘を想って作ったものだったなんて‥‥。
自分の罪を知った。
私は義姉の花嫁衣装を台無しにしたんじゃない、母親の愛情が詰まった形見を壊したんだ。
許されない、取り返しのつかない…罪を犯した。それも私の勝手な判断で‥‥。
あああ、なんてことをしたんだろう。
あれは古かったんじゃない、幼い娘を残して亡くなった母親の深い愛情だったんだ。
ご、ごめんなさい、ロナ義姉さん…。
どうしたら、いい…。
うっうう、もう許してなんてもらえっこないわ。
目の前にいない義姉に泣いて謝る私に兄は何も言わなかった。
責めることも慰めることも、何も‥‥。
それが却って辛い。
怒りに任せて罵ってくれた方が良かった、『お前のせいで妻が出て行ったんだっ、どうしてくれるんだ!』と責めてくれた方が楽だった。
「あっ、あ‥、ロナ義姉さんは今どこにいる‥の?」
「分からない。ロナの兄夫婦は知っているが教えてもらえなかった。
‥‥そしてロナは俺との離縁を望んでいる‥‥」
「‥……っ!……」
り、離縁って‥‥、別れるってこと…。
何も言えなかった。
私が兄夫婦を壊した原因なのは分かっているけど、この状況で私に何ができるのか分からなかった。
茫然としたまま泣き崩れる私を残して兄は出て行ってしまった。
こんなはずじゃなかった。
義姉と兄を苦しませるつもりなんてなかった。
ただ‥‥ただ‥‥、自分の狭い世界を守ろうとしていただけなのに‥‥。
こんなことになるなんて……。
謝っても許されない過ちを犯した時はどうすればいいのだろう。
‥‥私には分からない。
もう教えてくれる義姉は傍にいない。
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