1.幸せからの転落前
『結婚おめでとう!マリー、ミールお似合いだぞ』
『マリー、その薄紅色の花嫁衣装も凄く似合っているわ!個性的で貴女らしくていいわ』
『二人ともおめでとう!ミール、にやけ過ぎだぞ。花嫁が可愛いからってその顔はないぞー』
皆から結婚を祝福される花嫁と花婿は満面の笑みを浮かべて幸せそのものだ。
その様子を見て俺は心からホッとしていた。花嫁は俺の8歳下の妹のマリーで、花婿は俺の同僚でもある騎士のミールだ。
俺の両親は7年前に不慮の事故で亡くなってしまった、その時俺は18歳で妹のマリーは10歳だった。幼い妹は両親の死を受け入れられず嘆き悲しみあとを追ってしまうのではないかと心配になるくらいだった。だから俺は兄として妹を守ると死んだ両親の墓前で誓い、今まで必死に妹を守ってきた。
だがその役目も今日からは夫であるミールのものだ。彼の人柄は知っているから、妹を安心して任せられる。
とにかく必死だった7年間だったな。
両親の代わりにはなれないが、妹に少しでも寂しい思いをさせないようにって。
失敗や男の俺には分からないこともたくさんあったけど‥‥、そんな不出来な兄のもとでマリーは頑張ってくれて。
まあ途中からロナも一緒に頑張ってくれたからこそここまで来れたんだよな。
俺の視線の先には愛妻のロナの姿があった。ロアンナとは三年前に相思相愛で結ばれた、彼女は妹というこぶつきの俺と結婚をしてくれたうえに義妹マリーのことも可愛がってくれ、時には母親代わりに叱ってくれる本当に素敵な女性だ。
『お前には過ぎた嫁だ』と周りからは揶揄われることも多いが、俺自身もそう思っている。
ロナ、有り難う。
マリーが幸せな結婚を出来るのも君が色々と教えてくれていたからだよな。
やはり男である俺がマリーに教えてやれることは限界があったが、それを妻のロナは時に優しく時に厳しくしながら補ってくれたのだ。本当に俺とマリーはロナの献身があったからこそここまで来れたと言って過言ではない。
そんな愛妻ロナは俺とは目を合わせる暇もないほど朝から忙しそうに動き回っている。
なぜなら妹の結婚式を我が家の中庭で行っているからだ。
本当は教会で式を挙げお披露目は近くの店を借りて行うのが平民でも一般的なのでそのつもりだったが、妹のマリーが両親の思い出がある我が家で全て行いたいと望んだためにこうして我が家で式とお披露目を行うことになった。
最近ロナは体調を崩していたが、義妹の為にと張り切って準備をしてくれ今日も裏方に徹して全てを嫌な顔一つせずにいてくれている。
本当にロナには感謝しかない。
今までは妹のマリーも一緒に同居していたが、これからは夫婦二人きりの生活になる。
三年前に結婚したので新婚とは言えないが、これまでは味わえなかった新婚気分をロナと一緒に楽しもうと俺も密かに思っていた。
「ザイ、今日はおめでとう。あんたの両親も天国から笑ってみてくれているだろうね」
そう言って声を掛けてきたのは、俺の両親の友人だったクレアさんで何かと俺達兄妹を気に掛けてくれ親戚の様な付き合いをしている。
「有り難うございます。これもクレアさんが助けてくれたからですよ。俺だけでは今日の幸せそうな妹を見る事は出来なかったと思います。本当に今までお世話になりました」
そうだ、俺だけの力ではない。親切な人達が周りにいてくれたからこそ今がある。
「私は大したことはしていないさ。ザイが頑張ったからだよ、本当に兄として立派だったわ。
それにロアンナのような素晴らしい奥さんに感謝しなくちゃね。分かっているかい、あんなに健気な奥さんはいないよ。だってさ、」
クレアさんが後半声を押さえて話し始めたその時に『ザイ兄さんー♪こっちに来て友達を紹介したいのー』と妹が遠くから大きな声で呼んできた。
本来なら妹は後回しにするべきだが、今日の主役は妹だ。それにこんな我が儘も俺に言うのも最後かと思うと兄として妹の些細な願い事に応えてあげた。
「クレアさん、話の途中ですいませんがちょっとマリーが呼んでいるので行ってきていいですか…」
俺はもう身体をマリーの方に向け『今行くぞー』と言いながらクレアさんに頭を下げる。
「ふぅ…、マリーは奥さんになるっていうのに相変わらずね。仕方がないわね、早く行ってあげなさいな」
「はい、ではまた」
そう言って俺は丁寧にもう一度頭を下げての場を離れた。
この時はまたクレアさんの所に戻って話の続きを聞こうと思っていた。
‥‥嘘ではない。
だが俺は戻って聞くことはなかった。
花嫁の兄として周りから酒を勧められままに飲み夜遅くまで盛り上がり、酔いつぶれるままに眠ってしまったのだ。
クレアさんと話していたことを忘れていたわけではないが後日ゆっくりと続きを聞けばいいかと思っていた。
この時の選択を後日死ぬほど後悔することになるとも知らずに、俺は妹の結婚に浮かれて飲みまくり参列者と共に気分よく祝杯をあげていたのだ。
その日一度もロナと会話どころか目も合わせていないことを気にも留めずに‥‥。