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行き交う人の流れを上手く避けながら、ナギは歩いた。
すれ違う人々はそのほとんどがナギと同じ服を羽織っており、それだけで彼らがこの場所の関係者であるのだということが分かる。
ただ、その腕に巻かれた、色とりどりのさまざまな腕章だけが、ナギのそれと異なっている。
ナギの腕には腕章はない。
スオがいうには、それらの腕章はその所属を示すらしい。
まだ所属も定まらない新人には、そんな腕章が配られるはずもない、というわけだ。
思えば、サクラスもスオも腕章をしている記憶はなかったが、彼らは面倒臭がりなきらいがあるので、敢えてしていないのかもしれない。
流石にどこにも所属していない訳ではないはずだ。
そんなことを考えながら階段を上がっていると、いつの間にか神授堂の本堂へとたどり着いた。
広大な堂の壁面には細かに装飾が施されており、そこに彫られた人型の彫像は皆が一様に地に伏すような格好をしている。
それらは全て円蓋の頭頂に指向性を持っており、おそらく『神』に伏す民衆を示しているのだろう。
しかしそれにしては、その表情はどことなく仄暗い。
思わず立ち止まり、ナギはそれを不思議な思いで見つめた。
しばらくそうしてのだが、ナギは自分が通行の妨げとなっていることに気がついた。
広いとはいえ、いつまでも呆然と突っ立っていればさすがに邪魔になる。
我に帰ったたナギは、そそくさとその場を立ち去る。
本堂を抜け、案内に従って目的地へと続く廊下に入ると、そこはそこで煌びやかだった。
どうやって描いたのか、天井には細かに鮮やかな色彩が縦横無尽に走っており、それらに掛けられている手間が、この場所が単に広いだけの場所ではないことを改めて実感する。
少し進むと、緑の腕章をした青年と少女の二人組が長机の後ろに立っているのが見えた。
「ようこそ、新入生かな?」
ナギが前に立つと、青年の方がまず口を開いた。
爽やかな笑顔が似合う、引き締まった線を持った青年で、茶色に少しだけクセのある髪の毛に、その茶色を少しだけ濃くしたような焦茶色の瞳を持っている。
「………えっと、はい」
「イールさん、ね?」
ナギは彼の隣の少女に自分の苗字を言い当てられ、思わず彼女のことを見遣った。
別段変わったところはないような、普通の少女だ。特筆するところは特にないが、大人と子供の中間地点くらいの年齢だろうが、それにしては大人びた雰囲気ではある。
あと、眼鏡をかけている。
(………眼鏡に秘密が?)
「あ、驚かせた?ごめんね。といっても別に特別なことはないけど」
「君が最後の生徒ってだけだからね」
青年はそういって、隣の少女が持つ紙切れを小突いた。
そこには今日の新入生の名前が書き連ねられていた。
彼女は、その紙切れに鉛筆を使って印を書いた。おそらく、それが受付完了の証なのだろう。
(遅刻したかな?)
「安心して、別に遅刻って訳ではないわ。みんなが早いだけ」
ナギの考えは顔に出ていたようで、先輩と思しき少女に慰められた。
「あ、そうなんですね。良かった」
「………じゃあ、道順に従って………と言いたいところだけど、どうせ君が最後だ。直接案内しようかな。なあ『リン』、いいかな?」
「(ため息)流石ね、『リノバ』。可愛いからって新入生に手を出すとは、見境がないこと。まあ、いいわよ。どうせあなたがここにいても、やることないもの。後処理は可愛い後輩たちに手伝ってもらう事にするわ」
「おっと?その言葉には、すごい語弊と棘があるんだけど?」
「それほどでもないわ」
漫才のようなやりとりを見ていると、自然と表情が綻ぶ。
どうやら、気を遣ってもらったらしい。
「………まあ、いいや。ありがとう、リン。さてイールさん、行こうか」