a-32_根差すもの
青白んだ月明かりが崩壊した大穴に差す。
大きく明るい月、それは光ない地下にいたナギにとっては眩しいほどだった。
それが照らすのは、ある存在の核を為すもの。
三人の人間が寄り集まったような形をしたその塊から伸びる無数の蔦は、散々彼女達を苦しめ、今もまた自らの危機に呼応するように動き始めようとしている。
(私の方が速かった)
ナギは自らの振るう武器が、その塊の真ん中、級友の似姿をした部分に突き立ったのを見た。
(そう、これが結末)
ナギはそれを契機に、周りの蔦が動きを止めるのを待つ。
厄介な蔦の触手は力を失い、地に伏せる………筈だった。
(⁉︎)
蔦は動きを止めるどころか、堰き止められていたものを失ったかのように、吹き出した。
荒れ狂う、豪雨の川。その濁流に呑まれるかのように、ナギはその噴出に巻き取られ、上も下も分からなくなる。
そして、何も見えなくなった。
「やっぱり、僕には食べられない」
一人の若い男の声が聞こえる。それには聞き覚えがあった。
「………そうか、だが、持っておきなさい。本当に必要になった時に食べればいい。
今、お前が不要と思うなら、それは『神』がそうお伝え下さっているからだろう。
学校、頑張れ」
もう一つの声は一つ目の声に似ていたが、少し年季の入った声だ。
何も見えないような真っ黒な景色に、ぼんやりと、その手元だけが照らし出され、手渡される一粒が見えた。
それは、あの時見た不気味な果実。
「おお、シンか。よく帰ってきたな………なに?大丈夫か?」
「大丈夫よ、何も心配いらないわ。むしろ体調はいい方よ」
「で、お前、学校はどうだ。楽しくやっているか」
「そう、それは良かったわ!」
「医者?何故?ああ、辞めておけ、これは『神』のご加護だ」
「それでどうだ。食べたか?」
「何故、食べない?」
「食べなさい」
次第に形を失っていく。
僕はそれを見続けた。
生活していくにはお金がいる。
いくら彼らがすでに人間としての生活を送っていなかろうと、多少のお金は必要だった。
神衛隊学校で支給される賃金なんて、自分一人の衣食住を確保できる程度のものでしかない。
僕はだから、働いた。
いつか、普通に戻れるかもしれないから。
身体から蔦が生えてこようと、それが伸びて動き始めようと、性格がちょっとずつ変わっていっていようとも、それは両親だった。
それがその木の実が原因であることは、もう早いうちに気がついていたんだ。
『神』の木の実なんてものじゃないことにもね。
でも、それが一時とはいえ、願いを叶えてくれたのも事実なんだと思う。
結局僕は、最後まで気がつけなかった訳さ。
いや、気がついていても見て見ぬ振りを繰り返していた、のかな。
実際、いつまでも捨てられなかった。
あんなに気持ちが悪かったあの木の実でさえも。
(それで、あなたは結局、何がしたかったの?)
何って、分からない?
………そうだな。
僕はさ、両親と一緒にいたかったのさ。何を犠牲にしてでもね。
(それは………)
「ナギ!」
「んぁ!」
揺さぶられるようにして目を覚ましたナギは、素っ頓狂な声を上げ、あたりを見渡す。
寝ぼけ眼にスーの姿を見つけ、先の光景が夢であったことをぼんやりと認識する。
「おはよう、スー」
「いつまで寝ているの?今日から復帰でしょう?」
「すっかり忘れてたよ、っと」
寝台から身体を引き起こし、自分の身体の調子を確かめる。
「わざわざ起こしてくれてありがとう。遅れると悪いし、先、行ってて。私はもうちょっとかかりそう」
「………早く来なさいよ?」
「うん」
部屋を去るスーの背中を見送り、ナギは寝巻きから着替えを始める。
『蔦』の御化との激闘の後、しばらく体調が優れずにいた。どうにも、身体に力が入らないのだ。
とはいえ、それは物理的な要因によるものではなかったようだ。
身体中にできていた打ち身や擦り傷はしばらくすれば気にならない程にはなっていたし、そもそも大きな損傷があった訳でもない。
それは『神気あたり』に近い症状だった。
準備をしているナギの耳に、扉の隙間から廊下を歩く生徒の声が届いた。
「生徒が一人、『御化』に襲われて死んだらしい」
「集会があるっていうから何かと思ったら、そういうことか」
「なんでも、十年ぶりだそうだ」
「『神』を信じていなかったのかねぇ」
ナギはそれを聞いて、先ほどの夢と、シンのことを思い出した。
「『神』を信じていない、ねぇ」
彼は確かに、『神』を信じていないと言った。
嘘ではないのだろう。そんな気がする。
少なくとも彼自身はそう思っていた。
だが、根付いたものは、なかなか剥がせないものだ。
(あの蔦のように、彼の心にはあったのだろうな)
結局それが捨てられなかったが故に、彼は『神の木の実』を食してしまったのだろう。
それがもたらす救いの正体に、半ば気がついていながら。
リンとリノバから聞いた、事件のあらまし。
信仰心の強い者を襲う『蔦』の御化。
結局、それが何故、人を襲っているのか、何故急に目立つほどに活発に活動を始めたのか、理由は不明であった。
リンが言うには、辿ればその存在は、かなり昔からあったようだ。
あそこまでの存在規模の『御化』となると、かなり長い間存在していたと考えられると、言っていた。
そんな存在が、急に目立つような行動をとるのは不自然、と。
しかし、こうも言っていた。
「結局、御化に法則性を求めること自体が間違いだってことよね」
彼女のその言葉は、確かに真であると感じた。だが、同時に違和感もある。
ナギには人間ですら、どうしてそんな行動をとるのかが、分からない。
同じ形の人間ですら、分からないのだから、違う形の御化など、分かるはずがない。
だが、だからこそ、気になるものだ。
千蔦木を模ったようなその存在は、『信仰』を集めて何をしようとしていたのだろうか?
幽明の番人:1『信仰』の御化 完
………難しいことをしようとして失敗した感。
一応、反省と見直し、やりたかったことを後書きとして書くかもしれません。
人の失敗からの方が人は学べると言いますし、暇だったら覗いてね。
それでは。
てらじま先生の次回作にご期待ください!




