a-30_神剣のリノバ
リノバは『発破』の御技によって開けた下水道、その小空間にリンの姿を認め、ほっと胸を撫で下ろした。幸いにも締め殺されも、礫の下に圧殺されてもいないらしい。
「ま、簡単に死ぬような奴ではないか」
彼は、言い聞かせるようにして、精一杯の強がりを口にした。そうしないと今すぐにでもその側に行きたくなるからだ。
現状、彼らが直面しているのは『蔦の御化』。
仮称ではあったが、それ以外に呼びようがない程にはそれは「蔦」である。
その御化が操る「蔦」の規模はほとんど街の一区画全てを覆うほどであり、その全貌は未だに把握しきれていない。
紛れも無い強敵、リノバやリンだけでは打ち倒す目は限りなく少ない。
しかし今は、頼り甲斐のある味方がいる。
リノバはその場に集った神衛隊員の面々を見渡す。
数は十ほど。見た所、目立つような大物はいないようだが、少なくとも数はそれだけで力だ。
(ここまで集まるとは………)
リンと逸れ、すぐさまマギスに応援を求めたリノバではあったが、それだけで、これだけの数の神衛隊員を集めることはできなかっただろう。
事実、リノバでさえもここに辿り着けたのは、区画中に張り巡らされた「蔦」が急に移動を始めたのが確認できたからである。
マギスの采配を通じて各区画の警備隊員に情報を伝達、『蔦』の御化であること、至る所に根ざしている可能性を共通認識として広める。
そして何故か始まった『蔦』の大移動を追跡した先に、この場所があった。
それができたが故に、この早い段階でここまで戦闘員が集まったのだ。
ただ、いくら強力な御化が相手だからと言って、ここまで一局的に盤面を動かす行為は危険でもある。
思わぬ見落としが、この場とは別の場所で災いへと転じ、噴出する恐れがあるためだ。
それでも一気に人員を一箇所に集めたのは、速度を重視したということだろう。
(マギス先生のあの言葉は、お世辞ではなかったということかな)
どうにも彼には胡散臭いような印象を持ってしまうが、状況的にリンの安否を慮ってくれているのだとリノバは感じた。
あるいは別の思惑か、これだけの隊員を動かしても大丈夫という確証があるのか。
(………全部か)
突入を今かと待つリノバは、あの癖のある作り笑いを思い出し、苦笑する。
彼ならそうであっても別におかしく無いと、自然とそう思えるのが不思議な所だ。
そして、その彼が大きく開いた穴の淵、リノバの隣にふらりと現れる。
マギスはこの場にいる誰よりも地位が高い。高い身分を示す長い外套が風に靡く。
「リノバくん、君の力、存分に振るってくれよ?」
彼が吹き鳴らす甲高い笛の音が夜半の響き渡り、それを皮切りに隊員達が穴に突貫する。
リノバも指示に倣い、穴を飛び降りた。
真下には巨大な御化、籠のように複雑に折り重なった『蔦』の御化だ。
蔦の壁の隙間から、少し離れた所に倒れているリンを視野の隅に入れ、彼は腕を振るう。
(今度は俺の番だ)
現れるは巨大な長剣。
いくら「神授の器」は武器の重さを多少は度外視できるとは言え、それでもそれは巨大と言わざるを得ない大きさだった。
「神剣のリノバ」若き天才の一人であり、彼の世代で唯一の二つ名を持つ学生隊員である。
その名の由来は言わずとも知れず、その長大な長剣。
「神授の器」は大きさで全てが測れるものでもないのだが、それでもその大きさは間合い、御化に対する威力ともに申し分が無い。
それを高水準の「御技」を駆使し、存分に振り回すのだ。
その実力は、戦技祭(大会のようなもの)においての優勝経験などからも文句の付けようがない。
「加速」を用いて蔦の上に着地、衝撃を斬撃に乗せて蔦の壁を一気に切り裂く。
それの切り口はもはや破裂した跡。
切り裂くというよりも叩き割る、と表現した方が良いものだ。
血だかなんだか良く分からない液体を身体中に浴びつつ、リノバは蔦を切り裂きつつ、下へ下へと掘り続ける。破竹の勢い。
しかし、その勢いは無限には続かない。
それだけ『蔦』の壁は厚い。
(これだけの数で一斉に攻めているのに、詰めきれないのか!)
蔦は再生しているのか、はたまた別の場所から移動しているのか、切り裂くたびにその下に蔦の網が伸びる。
そして背後からは、回り込むようにしてリノバを捉えようと蔦が伸びてくる。
「ちっ」
舌打ち一つ。
リノバは目下の『蔦』を無理やり足場とし、『加速』を用いて跳躍、背後の蔦の間合いから離れる。
リノバが離れたその隙に、蔦がまた伸びる。
(切りが無い!)
だが、彼の行動は無駄ではなかった。
マギスは穴の淵から戦況を俯瞰していたが、蔦の動きがリノバの方に集中し始めていることを確認し、ほくそ笑む。
『蔦は無限では無いようだ。今はリノバの方に注意が向かっているぞ』
延話を利用したマギスの言葉に、リノバは少なからず安心する。
ならば、もっと暴れてやろう。
(そして、隙を見せれば突破してやる)
覚悟を胸に、リノバは改めて大剣を上段に構えた。
「来い、雑草。綺麗に除草してやる」




