a-3_頑固-2
「……まあ、時間を守ろうとした心意気は評価する」
待ち合わせ場所にたどり着いた時に掛けられた第一声はそれだった。
息も絶え絶えになりながら背後の時計塔の方角を見ると、その針は予定の時間を少しだけ過ぎてしまっている。
思わず頭を抱えたくなった。
(あと少しだったのに………!)
ナギは息も絶え絶えになりながらも、師である「スオ」に顔を向ける。
彼は若々しく精悍な顔立ちをしていたが、口元に浮かんだ皮肉気味な笑みには老獪さのようなものを感じさせる、そんな男だ。
若白髪も相まって早い話、実年齢よりもちょっとじじくさい。
服はナギが着ている神衛隊の制服で同じものだが、彼のものはより装飾が多く派手だ。
加えて、腰ほどの長さの外套を羽織っており、その裏地の暗い赤が高級感とも言うべき特別感を演出していた。
「遅れました。済みません」
「構わん。行くぞ」
「ぇ?」
ナギは、スオの「時間に対する小言」が今日は短く済んだことに驚いた。
「何を驚いた顔をしている?」
顔に出ていたのか、スオが訊いたのを彼女は愛想笑いで誤魔化す。
「………いやぁ」
「まあ、どうせお前のことだ。その反応を見るに………説教がないことに驚いているとか、そんなことだろうよ」
分かっているならわざわざ訊かないで欲しい。
ナギは観念して首肯する。
「それはまあ、いつもなら『時間の大切さ』について懇切丁寧に説かれますから………」
皮肉の一つでもあるかと思ったが、今日の彼は寛大だった。
「言ったろう、『心意気は評価する』と。それに、私は時を選ぶ」
まるで、ナギは時を選ばないとでも言いたげなスオの言葉に少しムッとする。
「………制服、似合っているぞ」
「そうですか?ありがとうございます!」
しかし、何かを言おうとしたナギの機先を制するかのように、呟かれたその言葉に、ナギは反射的に釣られてしまった。
彼が褒め言葉を口にするのは別に珍しいことでもなかったが、この制服のことに触れてもらえたのは、純粋に嬉しい。
「あいつも見れば、そういうだろうよ」
「『サクラス』さんはやっぱり来てないんですね………」
ナギはスオの言う「あいつ」が誰を指すのかを理解して、少し残念に思う。元々来ないことは知っていたが、それでも「もしかしたら」という期待はしていた。
彼女にも、この姿を見てもらいたい。
「そう気を落とすな。あいつはあれでも結構忙しい。正直なところ、私でさえここに来るのに結構な無茶をしているんだ。………まあ、あいつは来ると言って聞かなかったが」
スオは遠い目で空を仰ぎ、嘆息する。
ここに至るまでにあった、サクラスとの押し問答のことを思い出したのだろう。
ナギは二人がそういうやりとりをしているのが、目に浮かぶような気がした。
「心配せんでも、いずれはあいつがお前に会いに行ける時機もある」
「それはそうなんですけどぉ………」
この「初めて制服を着た喜び」を共有したいという気持ちは、今この瞬間にしかない。
彼の言っていることも分かるが、そういうことではないのだ。
理性で感情は殺せない。
「駄々をこねるな………っと、そろそろ行かねばならんな。ただでさえ遅れ気味だ」
身体を揺すって不満を表明するナギに対して、スオは聞き馴染んだ溜息混じりの小言を呟いた。
そして、話は終わりとばかりに、ナギの背後の時計塔を見やって、歩き始める。
彼は別に口うるさい人間ではなかったが、何故か時間のこととなるとやたら厳しい。
「どうしていつも、そんなに焦ってるんですか?」
「簡単だ。時間は無限では無いからだ。命と同じでな」
(そういうことを言いたいのでは無いのだけれど………)
ナギは、胸中に浮かんだその言葉を口の中で噛み潰した。
彼はそれがわからないほど考えなしでは無い。
ただ話す気がないのだ。
ならば食い下がったところで満足のいく回答は得られまい。
ナギはスオの「頑固さ」を知っていた。