a-28_活路を征く_1
「………僕、本当は『神』なんて信じてないんだ。あの時は心にもないことを言って、ごめん」
シンが黒く萎びた『何か』を飲み込んだ時、ナギは彼が『人』ではなくなるのだということをなんとなく理解した。
リンが『神の木の実』と呼んだその黒い何かは、明らかに『神』の手によるものではなく、もっと禍々しい、目の前に広がる『蔦』に似た雰囲気を感じさせるものだったからかもしれない。
そしてその蔦が、彼の放つ気配の変化に伴って、動きを活発にしていくことが薄暗がりでもはっきりと視認できた。
ぞぞぞぞぞぞ。
至るところから蔦の這いずる重い音が部屋に響いて聞こえた。
リンが険しい視線をシンに向け、問いかける。
「………何を、願ったの?」
「僕の拠り所を」
シンがほとんど抑揚を失った声で応えた。
それと同時に蔦が幾重にも彼の身体に絡みつき、彼を根塊に向かって引きずり込んだ。
「それだけじゃ分からないわよ!あーっ、もう!」
リンが珍しく癇癪を起こしたように叫んで手を伸ばすが既に遅く、シンは完全に蔦の中に消えていった。
そしてそれを皮切りに、蔦がどこからか伸びてきて、根塊を覆うように動き始めた。
這いずる巨大な蛇のようにのたうつ蔦が吸い寄せられるように壁や地を伝い、根塊へと向かって吸い込まれるように、根塊を守る蔦の量を増していっている。
残された三人は、その渦に巻き込まれぬように跳び退いて距離を取る。
しかし今はいいにしても、このままではこの狭い部屋は全てこの蔦で覆い尽くされてしまうのは想像に難くない。
それは則、三人の圧死を意味していた。
一刻も争う事態。
ナギがどうするべきかを逡巡している間に、リンが鋭く指示を出した。
「イールさん、スーさん、一か八か、さっきの塊を狙う。できることなら、援護を」
リンは説明もそこそこに、灯りを地面に置き、手を一振りした。
その動作は、いつか見たサクラスのそれによく似ていた。
「『神』よ、御力をお貸しください」
祈りと、一瞬の光芒の後、リンの手には短刀が握られていた。
その短刀は白く淡い光を放ち、常世のものとは思えないような幻想的な存在感を放っている。
『神授の器』。それは正式な神衛隊員の象徴とも言える武器、『御化』に対してのみ強く効果を発揮する切り札だ。
リンが浅く身を沈めたのを見た。
猫が高所へと飛び移る前の溜めにも似た動作。
しかし、そう考えた時には彼女の身体は視界から消えた。
(『加速』だ!)
ナギの理解が及び、視線を移した時には既にリンは御化の蔦の綱に肉薄していた。
その際に刻まれたのであろう、蔦の切断面が青臭い匂いを部屋に充満させる。
援護。
ナギの視界はリンの背後に蔦が迫るのを捉え、リンの切り開いたその空間に向かって足を強く踏み込んだ。
浮遊感が身を包む。
集中でゆったりと捻じ曲げられた時間を体感する中、蔦がゆっくりとリンの背中に伸びているのを、ナギの目は冷静に捉えていた。
「ぅん!」
ナギは中空で思い切り身を捻り、蔦を蹴り落とす。
(間に合った)
蔦が地面に叩きつけられる音を聞きつつ、ナギはリンの少し後ろに着地。
続け様に自分に伸びてくる蔦の触手を両の手で捕まえる。先ほどの蔦よりも太く束ねられており、引きちぎれそうにない。
(それなら!)
ナギは普段なら到底できないような速さで『火起こし』に辿り着き、蔦を燃やすことを試みた。
威力調整を考えなくて良い分、やりやすかった。
(燃えろ!)
ナギの意に反して、蔦はすぐに手を振り解き、燃やす前に逃げられてしまった。
水気を含んだものは燃えにくいのだ。蝋燭のようにはいかない。
幸いにも効果がない訳ではないようで、ナギの熱風から逃れた蔦は明らかにその部位から先にかけて動きが鈍くなっていた。
(でも………間に合わない!)
対抗策を見つけたとはいえ、ナギが一箇所ずつ動きを遮るよりもはるかに、蔦が集まる方が早く、次第に逃げ場が失われていく。
背後では道が塞がり始め、リン方でも、始めの勢いはなくなり、根塊まで辿り着けていない。
『神授の器』の威力は絶大で、触れた部分が弾けるように消滅していくが、それでも足りていないのだ。
(決め手が………)
ナギは自分の持ち札を数えるが、いくら数え直しても現状維持で手一杯だった。
それにも関わらず彼女達の条件はどんどん悪くなっていく。
追い討ちをかけるかのように闇が深くなっているのだ。
背後に残してきた灯りの光が蔦に遮られ、急速に視界が悪くなっていく。
「リンさん!このままじゃ!」
耐えかねてナギは叫ぶが、リンの方でも迷いがあるらしく、微かに視線が背後に揺らいだ。
だが、それが致命的な隙を与えてしまった。
武器を振るう彼女の腕に、蔦が巻きつく。
「っく!」
即座に武器を手首で放り投げ、逆の手でその蔦を切り落とすが、その一瞬に蔦は一気に伸び、根塊までの道を塞いでしまった。
自然とナギの位置まで後退したリンと肩を並べ、ナギはリンに目配せをする。
彼女が頷いた。
示し合わせるまでもなく、二人はそれが撤退の意思表示であると直感、そのまま背後へ走り出す。
………が、その時には既に道は塞がれ、二人は完全に闇に覆われた。
そこには一筋の光すら差さない、完全な闇だけが広がっていた。
暗中模索




