c-5_明順応_5
それは一人の同級生の言葉から始まった。
「それ、疲れない?」
「なにが?」
「そうやって、ことあるごとに『神』にお祈りするの」
食卓を共にしてしばらくしてから放たれた彼女のその言葉は、石で殴られたような衝撃を伴って、シンの耳に鳴り響いた。耳朶を打ったその音の衝撃は、そのまま頭の芯まで振るわせたように痺れさせる。
あの日と同じような冷や汗が薄く滲んだ。
なぜそこまでの威力を持っているのか、それは彼自身には分からなかった。
だがその瞬間に、今まで食べていた食事の味など完全に忘れるほどの理由が確かに彼の中にあったのだ。
彼は自分でも分からないうちに、何かを言い訳するために必死で頭を巡らせた。
自分が食器を持ったままであることを思い出し、時間稼ぎも兼ねてゆっくりとそれらを、ところどころ欠けが目立つとは言え綺麗に磨かれた白木の机の上に、置いた。
彼女はなぜそれを問うたのだろうか。
確かに、彼女は記憶喪失であるという話は聞いているが、それは別に彼女の過去を語るものであって、今の彼女が逐次記憶を失っていくとか、そういう訳ではない。
つまり、彼女はまともだった。少なくともシンの目からはそう映る。
彼女はおそらく『神』を本当の意味で信じているに違いない。
そんな彼女がシンの態度を見咎めたのだ。
シンは混乱する頭で、しかし何か言わずにはいられずに、息を吸い込んだ。
そして出てきた言葉は、これまで自分が思ってもなかったような言葉の群れ。
しかし、そのどれもがどことなく筋が通っているように感じられ、シンは自分の口が別の誰かのものに付け替えられたのではないかとさえ感じた。
シンは夢中で話した。その時のナギの様子にも気がつかないほどに。
そして話し終えた頃には、顔は上気し、喉はカラカラになっていた。
気づけば食事は冷めてしまっていたし、ナギと隣のスーは食事を全て食べ終えていた。
そしてシンが話し終えるのを待っていたかのように、いや、実際待っていたのだろう。
「なるほどぉ。じゃあ、まあ、私もお祈りくらいはしておこうかな。教えてくれてありがとね」
すぐさま皮肉気味に言って、席を立った。
あの様子だと、シンの話に納得していないことは確かだった。
「いや、待って、その口調は、まだ完全に理解できていない口調だ。遠慮はしなくていいから一緒に祈ろう!そうすればきっと、君の記憶も『神』がなんとかしてくれるはずさ」
(僕はこんなに『神』を信じているんだ、勘違いしないでくれ!)
そんなおい縋るようなシンの目の前に、今まで黙視を貫いていたスーの姿が伸び上がった。
何か、と考える間もなく、机が盛大に揺れ、その上の食器がガシャリと盛大な音を立てた。
そして、混乱するシンに向けて彼女は言い放った。
「………あなたが、『神』をどれだけ信じようと、それはあなたの勝手だけど。それを無理やり他人に押し付けるのは感心しないわ」
シンはそれを聞いて、へたり込むように椅子に座り込んだ。
何かがズレていた。
何がおかしい?
シンは頭の整理が追いつかず、ただぼんやりと去っていく二人の背中を見つめていた。
「それでも!」
呼び止めるような言葉が口をついてでるが、言うべきことが見つからず、そこに言葉が続くことはなかった。
そんなシンに、冷ややかなスーの視線が痛く刺さった。
「それでも………」
(僕は『神』を信じる他ないんだ)
彼は『神』のことなど、信じてはいなかった。




