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幽明の番人  作者: 寺島という概念
『信仰』の御化
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 ずさしゃっ


 シンは暗闇に足をもつれさせ、倒れ込んで石畳いしだたみの上を転がった。

 強かに右肩を打ちつけて顔をしかめる。

 だが、無事に水路を飛び越えて、向こう岸には辿りつけた。

 淡い光は、もうすぐそこだ。

 シンは壁に身を預けて立ち上がると、そのままゆっくりと壁伝いに歩き始めた。

 さっき打った方が痛む。

 痛みを堪えて進む。

 もう少しで、光に届く………


 だが、光は急速に遠ざかっていった。

 目が慣れるにつれて、それがありきたりな光景へと変わってしまう。

 そして、光の先の光景を見た途端、彼の脳内にいくつもの思考がほとばしった。


***


「シン」

 名前を呼ばれたシンは、渋々読んでいた本から目を離した。

 返却時期が近づいている、早いところ読み終えなくてはならない。

「なに?」

「お前、神衛隊学校に入るつもりはないか?」

「は?」

 シンは唐突な父のその言葉の真意を探るため、思わず彼の顔をまじまじと見つめる。

 食卓に向かい合うようにして座っている父は、母と並んで、シンの様子を見ていた。

「どこにそんなお金があるのさ」

 シンは目線を本に戻して、ぶっきらぼうに言い放った。

 確かにシンは『学校』というものに興味はあったが、それはそれとして、学校に入ることにはお金がかかることも重々承知していた。

 それが小学教育程度であれば、国が費用を負担する形で受けることはできるだろうし、実際にシンは小学教育を受けている。

 だが『神衛隊学校』というと話は別である。

 それは一般的に高度職の一つと数えられる職種の一つではなかっただろうか。

 誰もが畏敬の念を持って仰ぎ見る神衛隊が、こんな貧乏人の手が届くようなものだとは思えない。

「金銭については心配する必要はない」

 彼の父は重ねるように自信に満ち満ちた声音で断言する。

「また適当言ってる」

 シンは無常に切り捨て、話は無駄話から逃げるためにも席を立った。

 いつもなら、そこで話は終わり、いつものように彼は部屋に引きこもって本を読んでいただろう。

 しかし、今回は父も母も粘り強く食い下がった。

「待って、シン」

 母が穏やかに彼を呼び止めた。

 シンは足を止めて振り返る。

 見下みおろす二人の姿は、異様なほどに小さく見えた。

「適当ではないの。神衛隊学校は学校ではあっても、お給金が出るのよ」

 嘘だ。

 シンは咄嗟にそう叫びかけて、それを飲み込んだ。

 何か、それをしてしまうと、決定的に何かを崩してしまうような気がしたのだ。

 それは小さな予感だが、確かに彼の行動を縛り付けた。

 溢れ出しそうな感情をため息として吐き出し、彼は再び背を向けようとした。

「まだ疑っているな?ほら、これを見ろ」

 シンは初め、父親が取り出したその紙切れを、なんの冗談、いや、詐欺で作ったのだと斜に構えて眺めていた。

 しかし、目を通すにつれ、そこに書かれた内容は、とてもまやかしや幻想の類とは思えなくなっていく。

 それは『神衛隊学校』の募集要項だった。

 将来、神衛隊として働くことを目的とし、そのために教育が行われる機関、神衛隊学校デフラードス

 その教育理念や、学校が保有する設備等が事細かに記され、とても父が戯言ざれごとのために作り上げたものだとは思えない。

 簡潔な試験を要するとあるが、それを受けるために最低限小学教育を受けていることが挙げられている。

 それだけならば、随分と門戸は広いようにも感じるが、決して小さくない文字で神衛隊として働くことの危険性も包み隠さず書かれており、その内容は高度職であるという色眼鏡をもってしても決して楽なことではないことがうかがえた。

 だが何よりも目を引くのは、入隊が決定したものには入学金を免除、もしくは就労後まで保留することが許され、さらには生活費として多少の補助金が支給されるというあまりに、至れり尽くせりな記述だ。

 もし仮に神衛隊の正規隊員になれたとすれば、学費は免除、もしそうでなかったとしても『神衛隊学校』を出たとなれば、働き口も多くなるだろう。

「………それで、なんで急に?」

 シンは興味をそそられ、両親に問いかけた。

 自分が今まで学んできたものを活かせる場所を見つけたかもしれない。具体的ではないにせよ、彼はそんなことを考えていたに違いない。

 いかにも興味がない風を装ってはいるが、それを隠し切ることはできなかった。

「私たちは『神』に救われたわ」

 母が祈るようにして、それを口にした。

 もはや何度も聞いた常套句じょうとうくだ。

 シンはそれが本当に『神』の救いだったのか確証を持てなかったが、少なくとも今、こうして両親と話ができていることは何かしらの『救い』があってこそのものだった。

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