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幽明の番人  作者: 寺島という概念
『信仰』の御化
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c-4_暗中を這う

 シンが覚醒して意識を取り戻したのは、闇と流れる水が立てる音の中だった。

 鼻をつく青臭い水の匂いが、少し残っていた眠気を払ってしまう。

 身を横たえていた彼は、それが商店街の石畳のような作りであることが分かった。

 夜目にも微かに手の輪郭が分かる程度にしか視覚が効かず、彼は自分が今目を開いているのか閉じているのかさえも曖昧に感じられた。

 完全に目を覚ましてしまった彼は、訳の分からぬ暗闇にいきなり閉じ込められているという事実に強い不安を感じた。

 今まで頼っていた感覚、その一つを完全に封じられたことに対する恐怖と言い換えてもいい。

 じっとしていることもできず、シンは手探りに石質の地面をまさぐり、四つ這いでゆっくりと、少しずつ安全地帯を開拓し、版図を拡げて前進していった。

 手のひらにあたる、しっとりとした石材の感覚だけが頼りだった。

 ぺたぺたと、手のひらが地を叩く音が静寂の中で反響する。

 反響する音は随分と遠くで聞こえ、そこがかなり広い場所であるらしいことが分かった。

(何も見えないと、音に敏感になるものなんだな)

 人間、あまりにも不安が強いと、逆に落ち着いてくるものらしく、シンは冷静にそんなことを考え、分析していた。


 どさ。


 遠くで土嚢どのうでも落ちたかのような音が鳴った。

 彼は咄嗟に、見えない瞳でその方向に向かって首を巡らせた。

 残響と暗闇がその場に滞留し、シンの不安を掻き立てる。

 耳元に感じる脈に自分の緊張の度合いを再確認させられて、尚更にそれを意識してしまう。

 できることならば、そこには近づきたくはない。

 だが、彼の中の冷静な部分が、それを無理矢理に押さえ込もうとしていた。

(落ちてきたということは、どこかに通じているはず………)

 無闇に彷徨さまよっていては最悪、餓死が待っている。

 ここの広さがどれほどのもので、どこに通じているのか分からない。

 分からない以上、まだ少しでも元気がある早い段階で脱出の可能性に賭ける必要がある。

「よし………」

 覚悟を決めるためにぼそりと呟いた独り言は彼の想像よりも大きく響いて、高い音を跳ね返した。

 シンは振り返って、音がしたと思われる方向にい始めた。

 ゆっくりと、文字通り目下の安全を確認しつつ、手探りで進んでいく。

 水音というのは存外に聞こえやすいものらしく、流れる水音から、どこに水路があるのかを確認するのは比較的容易だった。

 あとは、落ちぬようにそれに沿って、音がした方向に進むだけだ。

 シンは、今すぐにでも立って歩きたくなるのを抑え、膝の布地をすり減らしながら、慎重に進んでいった。

 ここは光が射さないだけあって、寒く、暖を取る手段もない。

 もしも落ちて、全身が濡れてしまった日には、餓死よりも先に凍死がやってくることになる。

 シンは意識的にそれを避けていた訳ではないが、半ば本能的に分かっていた。

 だからこそ、立ち上がって進むことはしなかった。こんな暗闇ではいつ足を踏み外すとも知れないからだ。

 そうして進むことしばらく、シンは細く光の筋が差し込む曲がり角があることに気がついた。

 しばらくぶりに見た光は淡く、微かに石畳を照らしている。

 闇の中のシンには、そこだけが切り離されて存在しているかのように見えた。

(光だ!)

 シンははやる気持ちを抑えて、慎重に這い進んだ。

 ずるずると服が擦れる。


 ぽちゃん。

 

 手に冷感を感じ、その後に音が耳に届いた。

 彼は傾いた身体を立て直し、腕を引き戻すと、ほっと息をついた。

 危うく頭から落ちていた。

 頭から血の気の引けるような感覚と、冷たい汗が背中を伝ったのが分かった。

 焦って不用心にも光の元に駆けていようものなら、確実に落ちていただろう。

 慎重に進んでいて正解だった。

(でも、これ以上回り道をするのも現実的ではないな………)

 シンは目を凝らし、薄明かりの元で微かに見える水路と、その対岸の輪郭をかろうじて確認した。

 そこまで太い水路ではない。

 跨ぐのは無理でも、跳べば越えられないこともないだろう。

 おそらく、深さも大したことはない。

 だが、問題はこの闇だ。

 踏切の足場を目視できないのが、方向感覚を失わせる闇の中では的面に躊躇ためらいを引き立たせる。

 シンはゆっくりと立ち上がった。ずっと同じような体勢でいた結果、背中から腰にかけて鈍い痛みが走った。

 立ったまま悩むことしばらく、水音に混じって何かが動くような音もすることに彼は気がついた。

 ずるずると這うような音だ。

「…………」

 その音に言いようもない不安に駆られ、シンは覚悟を決めた。

 正体不明の恐怖から逃れるために克服できる恐怖を選んだ。

 確証はない。が、あの光の元には希望がある。

 そう信じる他なかった。

 助走のために二、三歩後ろに下り、息を短く吐く。

「いくぞ………」

 そして、シンは跳んだ。

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