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幽明の番人  作者: 寺島という概念
『信仰』の御化
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c-3_忘我の果て-3

 あれ以来、シンの生活は好転した。

 少なくとも表向きは。

 確かに、それ以外に別の言葉をそこにてることは虚偽以外の何ものでもないということは、自分自身が一番分かっていた。

 自分一人で家族全員分の家事を負担する必要はなくなり、動けない母の介護をする必要も無くなった。

 それに加え、母が回復したことによって父が毎日のように礼拝堂通いをすることもなくなり、また働きに出始め収入も少しずつ増えている。

 にも拘わらず、シンの心は浮かばれない気持ちを抱えたままであった。

 そこには確かに外的な要素もある。

 彼の父は働いていなかった期間が長すぎて、その穴を埋めることは一朝一夕でできる筈もなく、苦悩しているようだった。

 彼の父がもともといた場所には、当然ながら他の人間が台頭しており、今更彼が戻る場所もあるはずがなかったのだ。

 母は母で、また動けるようになったと言っても、とても働きに出れるような性分でも、年齢でもなかった。

 故に、シンも少しは働いて生計を立てていく必要があったが、むしろそれ自体は一般的なことで、別に珍しいことではない。

 とはいえ、彼の若い時間は削られ、少なくなっているのも確かだった。

 そして、そんな状況にもかかわらず、シンの両親は元の生活をそのままに戻そうとし始めた。

 つまり、彼の父が現役で働いていたその当時のままの生活だ。

 当然、その日暮らしですらままならないような生活を送っていた彼らが、急に金銭を気にもしなかったような、当時の生活へと立ち戻る、などという余裕はあるはずが無かった。

 今までは、父が溜め込んだ財産を少しずつ切り崩して生活をしていたのだ。

 それすらも限界が見え始めたところで、シンは時間を見つけては働きにでて、その収入を生活の足しにしていた。

 介護も相まって、とても遊んでいる余裕などなかった。

 そんな状況が、今更父親一人が働きに出たところで好転するとは思えなかった。

 それが、彼の陰鬱いんうつな気持ちを助長させた。

 もう何年と時代は進んでいるというのに、彼らの時間はむしろ戻ってしまっているかのようにシンの目には映る。

 以前までは母が回復してくれれば全てが上手くいくようになると考えていた。しかし現実はどうだ。

 こんなにも自分の両親は、考えなしであっただろうか?

 シンは不遜ふそんと自分をたしなめながらも、その考えを捨てることができなかった。

 彼らに感じる違和感は、そこから来ているのだと、そう考えた。

 しかしそれは、彼の年齢にしては早めの、シンの成長の証だった。

 彼は両親を絶対者ではなく、自分と同じ「人」として見るようになっていたのだ。

 彼らとて人間なのだ。子供の頃には確かに側にいた、あの万能な大人なんて、今やどこにもいない。

 そんな郷愁きょうしゅうにも近い感覚が、彼の胸中を締め付ける。

 だが同時に、彼は未だ精神的支柱を欲していた。

 いびつに育ってしまった彼の精神は、それを必死に埋め合わせるかのように『絶対者』の存在を望むようになっていた。

 シンには、何もなかった。

 同年代の青年が過ごすような時の過ごし方はできず、働きに出ても明確に自分の強みとなるような技術を身につけた訳でもない。

 唯一誇れるところは、時間を見つけては通っていた図書館で身につけた知識だろうか。

 だが、それを活かせる場所をシンは知らなかった。

 そんな屈託くったくした思いを抱えながら、彼の日々は過ぎていった。

 彼の心は、回復を見せる両親のそれとは逆に、日々削られ、次第に追い詰められていった。

 そして、彼が両親に感じる違和感は膨れ上がるように増えていった。

 確かな現実として。

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