c-3_忘我の果て-2
シンは、うなされるような思いで布団から身を起こした。
空は白み始めていたが、まだ暗く、普段は聞こえる鳥の囀りさえもない。
どうやら目を覚ますには早い時間なようだ。
静寂、そして雨の後の冷たい空気。
それらを確認して、シンは再度寝具の上に倒れ伏した。
雨上がりの空気が孕んだ冷たさが、彼の汗ばんだ上半身をひんやりと覆い、包み込んだ。
(寒いな)
そう思って、シンはかけ布団を肩まで引き上げて身体に纏わせる。
しかし、一向に寒さは消えない。
身体の芯から冷えるような冷たさが腹の腑を起点として広がっていくような不快感。
それは感覚的な寒さではなく、心の凍えであった。
しかし、シンはその正体が何なのかに気付けなかった。
何故だかも分からない寒さを前に目を閉じてもなかなか寝付ず、そのまま布団の中に身体を横たえて、ただ震えて時間が過ぎるのを待った。
朝が来た。
気づけば鳥の囀りが聞こえ始め、瞼の裏からでも外が明るくなったのが分かる。
多少でも微睡んでいたらしい。
すっきりとはしないが、ゆっくりと瞼を開け、自分が変わらず部屋にいる事を確認したシンは、今度こそ己が身を起こした。
身体を覆うような冷たさはほとんど消えたが、代わりに寝不足気味の頭の霞が彼の動作を鈍らせた。
それでもしっかりとした足取りで立ち上がり、彼は朝食の用意のために部屋を出た。
それが彼のいつもの日課だった。
部屋から出て、台所に近づくにつれて彼は違和感を覚えて耳を澄ませた。
何やら物音が聞こえた。
(父さん?いや、まさかな。あの人がそんなことをする訳がない)
彼は思考を半ばで中断し、その歩を速めた。その先を考えることが、なぜだか異様に億劫に思えたのだ。
(どうせ行けば分かることだ)
そして台所に辿りついた時、彼は昨日の出来事を一挙に追体験することになる。
「あら、おはようシン。どうしたのこんな早く………って、そういえば、いつもシンがご飯を作っていたのよね。
ありがとうね。今日からはまた母さんが朝ごはんを用意するから、あなたは心配しないでもう少し休んでいていいのよ?」
その言葉の主は紛れもなく彼の母であった。
その声も、口調も、姿も、よく見知った母の姿だ。
だが、不思議と彼はそれを見て、一度は過ぎ去った寒さが一気に戻ってきたように感じたのだ。
「いや、もう癖だからさ。僕が用意するよ」
なんとなく口をついて出た言葉は、嘘ではない。
しかし彼の本心という訳でもなかった。
あれほど解放されたかったものを前に、彼は半ば割り込むように母を退けて、台所に立ったのだ。




