b-7_悪路にて-3
「リン!どこだ?」
もう一度声を上げつつ、リノバは手がかりを探り始める。
灯りが照らす範囲の狭さが、先にも増してもどかしいものとなった。
背後をより見通すためになるべく腕を伸ばすが、その光を照り返す影は無い。
(リン!反応しろ!)
リノバは声が届かないと判ずるや、延話の御技を試みた。
延話の御技はその名の通り、遠隔地にいる者に言語的な情報を伝える技術だ。
空気振動や光などを介さないのが特徴で、御技の中でも深く探りずらい場所に位置する、高等技術の一つだ。
使用者を起点にして波紋のように広がるその情報は、その言語を解す全ての存在に無条件で与えられるので、隠密には向かない。しかし逆に言えば、一斉に情報の伝達をしやすいという利点と、声が使えない、届かない場所であっても情報を共有できるという強みがある。
高等技術なだけあって、正式な神衛隊員の中でも、この御技を使いこなせない者も少なくない。
(ひとまず、無事)
即座にリンのものと思われる念話が返ってきて、リノバはひとまず安堵の吐息を漏らした。
リンはリノバに比べると念話による会話を得意とはしていない。どこかぶつぶつと途切れる様な言葉の羅列が伝わってきた。
(状況は?)
リノバは即座に言葉を返すが、それに対する返答が返ってくるまでに時間がかかった。
(不明。蔦。気を………。)
先ほどにも増してぶつ切りの言葉で、リンは情報量を減らすとことで有効範囲を広めたらしいことが分かった。そして、その試み自体は間違えていなかったようだ。
蔦。以降に何を言おうとしていたのか、それはぼやけて正確には分からなかった。
(今は遠い。危険なら、伝えろ)
届くかは分からなかったため、リノバも言葉を絞り、できるだけ遠くに届くように延話を発した。リンよりは延話を使いこなせている自負はあったが、それでも限界はある。
そして、おそらく今、リンは移動している。
途中で言語がぼやけたのがその証拠だ。同じ場所にいるのであれば、伝わり方はそう大きくは変わらない。途中で有効範囲から外れたが故に、曖昧なものとなってしまったのだ。
「くそ、油断したな………」
ひとまずは無事であることが分かったとは言え、それがいつまでも続くとは限らない。
早いところ対策を打たねば、取り返しがつかないことになる。
リノバはリンを目視で探すことを諦め、灯りを引き戻した。
そしてその際に偶然、灯りが壁際を照らした。
結露した水が通り、血管のように細長い染みを持つ暗褐色の壁。下水道らしく汚らしく薄汚れた壁であったが、それ以上に、驚愕すべきものがそこにはあった。
(まさか、これら全て………?)
灯りを壁に寄せ、警戒しつつも顔を寄せると、そこには、びっしりと細い網目状の何かがこびりついているのが見えた。
菌類の様にも見えるが、おそらくこれは植物の茎や枝の類だ。ところどころに葉に似た構造物が散見できた。
異様に細かく、見たこともないような植物だ。
「蔦………か」
リンから届いた延話の内容を加味するならば、これは間違いなく『御化』によるものだ。
リノバは現状取れる最善の択を思案する。
最悪はこのまま手をこまねいて何もしないこと。
では、他に取れる択は何か。
考えるリノバの脳裏にふとマギスの顔が過ぎり、引っ張られるように三箇条を思い出す。
危ないと思う前に退く。危ないと思ったならば応援を呼ぶ。決して一人で事に当たらない。
「………応援がいる」
もはや一つ目は守れていないが、それはここに来た時点で知れていたこと。
だが、残りの二つならば。
リノバはそう判断し、元来た道を逆走し始めた。
(無事でいてくれ、リン………)




