a-26_無知の不徳
スーは意識を集中して感覚を開く。
本来、許可がない御技の使用は神衛隊で禁じられている。入学したての新入生ならば尚更だし、正式な隊員であっても御技の濫用には『天罰』が下る。
御技の剥奪もあり得る訳だ。だが、今は非常時、情状酌量の余地はあると信じたい。
多少の打算。良心の呵責。『天罰』への不安。目の前の恐怖。焦り。
幾つもの想いが去来してスーの集中を妨げる。
無理矢理に押さえ込もうとすると却ってそれらは反発して膨れ上がった。
いつもよりも浅いところまでしか感覚が潜れず思う様に事象を模れない。
狙いが定まらない。届かない。それがさらに焦りを増させる。
そんな間にもナギは御化の触手を避け、シンに巻ついた蔦を引きちぎり、懸命に注意を引いていた。
いくらあの触手が速くはないとは言え、ここまで時間を稼げているのは、彼女の異常な運動能力があってこそだ。
自分ならば一刻も持つまい。
だからこそ、焦る。彼女が潰れてしまう前に。
そしてそれが、今この瞬間、目の前に肉薄している『御化』から生き残る術だ。
(『神』よ。御力をお貸しください!)
スーの『神』への祈りは、ほとんど無意識のものであった。
しかしそれは彼女の心にある種の平静を与えた。
今まで滞っていた水路が決壊する様に意識が潜り始める。
神衛隊において第一に履修する御技『火起こし』。
最も浅く制御が容易、それでいて使い方によっては最も危険な力と化す。
「ナギ!」
スーの掛け声と共に、ナギが即座に退いた。
ずっと合図を待っていたのだろう、素早い反応だ。
それを確認したスーは即座に御技を発現させる。
「焼けろ!」
掛け声と共にその細腕の先から熱波が迸り、暮れ空の紅が熱でぐにゃりと歪んだ。歪みが砂塵を焼き焦がし、白熱色が舞う。
そして、歪みは御化の触腕に到達する。
ゴウ
場が震えた。
急激な熱の発生により暴風が巻き起こり、焼ける様な熱波が吹き荒れた。
「きゃっ!」
「うわっ!」
思わぬ熱風を前に、二人の悲鳴が重なる。
咄嗟に腕で顔を覆う。
服越しにも伝わる熱が、その凄まじさを物語る。
風が過ぎ去り、顔を覆った腕を下ろす。
そして眼前に広がる光景に絶句した。
「なに、これ………」
スーは天賦の才を持つ。
それの才は殊、御技の出力において秀でたものである。
先天的な才、生まれつきの身体構造と同様、後天的には身に付けられない天賦のものだ。
彼女はそれに自覚的ではない。
御技が神秘に満ち溢れたものであり、開かれた技術ではないことに加え、神衛隊の新入生には比較の場が与えられていないのも拍車をかけていた。
故にスーはナギという御技における『非才』の存在が隣にいるとは言え、自分が才あるものだとは考えてもいなかった。
それは一見すると謙虚にも映る。
謙虚は美徳だ。人を飾る花の様なもので、その人を美しく飾り立ててくれる。
しかし彼女のそれは無知である。
無知は不徳だ。
なぜならば、無知は災いの原因を修飾する言葉だからだ。
無知故に人を嫌い、無知故に対策を怠る。
そして最終的に、そこには災いという結果をもたらすのだ。
燃え広がる紅蓮を前に、二人は無言で立ち尽くした。
商店街を焼くその炎は二人の頬を舐める様に照らしている。
スーはゆっくりと隣のナギの顔を覗き見た。
動かぬ瞳に映る赤い揺らぎ。
瞳孔の黒曜石の煌めきの内に彼女の姿はない。
代わりに地面から空へと伸び上がる黒い影が見え、その瞬間、彼女の世界は闇に包まれた。




