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幽明の番人  作者: 寺島という概念
『信仰』の御化
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a-25_蔦の御化

 なぜ彼女にそれが分かったのか、彼女はそれを説明する事はなかったが「おそらく」でも「多分」でもなく、断定的に『御化』であると言い切ったからには、それなりの根拠があるのだとナギは思った。

「とりあえず、頃合いを見て私たちも逃げよう」

 ナギは彼女に提案して、露店の前を通り過ぎる人の流れを見やる。

 この一瞬の間にも大分、人の流れは落ち着いてきていた。

 ナギは屋台の屋根の下から顔を出し、安全を確認して鋪道へと踏み出した。

 人はほとんど流れ切った後であったが、状況を飲み込めていない人々や、怖いもの知らずの野次馬根性のたくましい一般人もちらほら見かけられた。

 閑散とした商店街に微かな騒めきだけが、漂う様にその場にあった。

「待って」

 スーの静止に、ナギは身体を止める。

「どうしたの?」

「あれだけの騒ぎになったという事は、直接的な危害があったという事よ。逃げ去る人を追っていないとも限らない。もう少し身を潜めた方がいいわ」

「………うーん。一理ある」

 『御化』の行動は読めずとも、人の行動は読みやすい。こと、それが群衆ならば尚更だ。

 スーの言う通り、『御化』が人を襲っている公算は高いだろう。

 ナギは店の陳列の裏に引っ込み、スーと同じ様にしゃがみ込んだ。座らないのは、いつでも動けるようにだ。

 今のところ『御化』らしき影は見えていない。しかし、いつどこに現れるか分からないのが『御化』という存在の怖いところだ。

 実際に、ナギが初めて見た『御化』は、気づいた時には目の前にいた。

 まさに降って沸いた様に。

 だからこそ、急に破砕音が響いた時も警戒していただけに、ナギはそこまで驚く事はなかった。


 メシィ。


「きゃっ」

 可愛らしい悲鳴をあげて顔を伏せるスーを尻目に、ナギはそとの様子を伺った。

 おそらく、今のはそこまで遠くはない。外では再度悲鳴が上がり、残った野次馬達も蜘蛛の子を散らす様に逃げ去っていくのが見えた。

 おそらくこの付近に今いるのは、ナギとスーの二人と、あとは他にも隠れている人がいるかどうか、と言ったところだろうか。

 握り潰す様な破砕音はそれ切りで、もはや誰もいなくなった商店街に不気味な静けさが広がった。それ故に、嫌でも外から聞こえてくる何かを引きずる様な断続的な音は、耳にこびり付いた。

(さて、どうるべきだ?)

 ナギはさっきまで一緒にいたサクラス達に思いを馳せるが、家からこの場所にはそれなりに距離があることを思い出して、その考えは打ち切った。

 思考の最中、スオの言葉が蘇った。

 『御化』に遭遇した際の心構えについてだ。


「奴らは”分かっている”と言う前提で動け。見えている、聞こえている、嗅ぎ分けている、なんでもいい、とりあえず、相手はこちらの状況を”分かっている”。そう思って行動することが『御化』に対面して生き残る可能性を上げる。隠れていれば助かるなんて甘い考えは捨てろ。隠れるのは一時凌ぎであって次手があって成り立つものだと思え。分かったな」


 その時は軽く聞き流していたが、こう言った時に思い出せるのだから、聞いていた話というものは意外に馬鹿にならないものだ。

「何するつもり?」

 立ち上がったナギに対して、いぶかしげにスーが問いかけた。

「様子見?」

 ナギは言葉少なに棚の影から飛び出した。

「ちょっと!」

 スーが目を丸くしてナギを見送る姿が、一瞬だけ視界の縁に入る。

 思い切りよく街道に躍り出たナギは、薄暗い物陰から明るい差し日の赤の切り替わりに目を細めた。

 日暮れの生暖かい風が一陣、吹き込んだ。それは固形物であるかのように空間ごと押し流し、代わりに別の空気を含んだ空間を運んできたかのようだった。

 空気が別物に変わったかのように異質な重さを感じさせる。

 ごりごりと、何かを削る様な、ずるずると細長いものを擦り付ける様な、重い音がはっきりと聞こえた。

 ナギはそれが先ほどよりも近づいていることを直感した。

 無意識に胸に手を当て、首から下げた宝石の硬質な感触を確かめた。そのいつも通りの硬さがナギをこの違和感から現実に引き戻してくれる。

(大丈夫、緊張しているだけ)


 ずるり。


 ナギの目の前で露店が一つ、傾いた。

 そして次の瞬間、屋根の真ん中から引き込まれるように、ひしゃげた。

 猛烈な破壊音が耳をつん裂く悲鳴となってナギに届いた。

 ナギは見た。

 そこに無数の触手が伸びていることに、それは細長い、つるのようなものの集合体だった。

 千蔦木ディフィーダルのようにも見えるが葉がほとんどなく、時々見える葉の様なものは赤黒く滴る様な斑点がある、まるで血の様だ。

 あれは千蔦木などではない。

 ナギはそれが『御化』であると確信する、同時に、それが明確に何かを探している様な行動をとっている様を見てとった。

「スー!駄目だ、探してる!いつか見つかっちゃうよ!」

 ナギは背後の友人に叫び、逃げることを提案する。

 それとほとんど同時に、先ほど崩れた露店のあたりから悲鳴が上がる。

 その人影は、幾重の蔦に巻き取られ、身動き一つ取れずに引き摺られていた。身体を捻って抜け出そうとしているが、はっきり言って無駄だと言っていいだろう。

 ナギはそれに向かって走った。

 動いているのなら死んではいない、まだ助けられる。

「ちょ、何考えてるのあなた!?あーーーーーー!、もう!」

 またもスーの絶句が聞こえたが、今のナギは振り返らない。

 風を切り、人混みが押し倒したさまざまな障害物を飛び越え、瓦礫の山を駆け上がる。

「は・な・し・な・さ・い!」

 ナギはどこからか伸びている地面を這う様に伸びる触手に飛びつき、その何本かを引きちぎった。断面から植物の青臭さと血の鉄臭さを混ぜこぜにした匂いがする液体が飛び散り、ナギの服に赤いシミを作った。

 一本一本にそこまでの強靭性はなさそうだ。

 ナギはそう判断して一気にそれら全てを引きちぎりにかかった。

 しかし流石に『御化』がそれを許すはずがない。

 どこからともなく伸びてきた二本目の触手がナギの背後からに伸びていく。

「後ろ!」

 スーの警告が間に合いナギは置き土産に、もう数本の蔦を引きちぎって触手を掻い潜って、意外にも近くまで来ていたスーの元へと戻った。

「相変わらず出鱈目な身体能力ね」

 先ほどまでの怯えた姿とは異なりスーは呆れた風にナギに語りかけた。

 しかしよく見れば冷や汗で顔は湿っているし、手の先は微かに震えていた。相当無理をしているのは確かだ。

「あれ、シン君だよ」

 ナギは触手に捕らわれている人物を指して簡潔に述べた。

「分かってる」

 スーも分かっていたのか、驚く様子はない。そして、深呼吸を何度か繰り返し、今に迫ってくる二本目の触手を睨んだ。

 その間にもナギは触手に肉薄し、その巻取りを掻い潜り、逆に蔦を引きちぎっていく。

 だが、それは寄りあった綱の繊維を一本一本ちぎる様なもの、焼石に水だった。

 だが、ナギに気を引かせる事はできた。幸いにも蔦の動きはそこまで速くもない。油断さえしなければ捕まる事はないはずだ。

「ナギ!私が焼く!合図をするまで引き付けて!」

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