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幽明の番人  作者: 寺島という概念
『信仰』の御化
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a-24_水たまりの波紋

 ナギとスーの歩みは、さんざん練り歩いた商店街に差し掛かった。

 時刻は夕刻、今朝とは違い活気も減り、後片付けをしている商店も多い。

 それぞれが今日、自身が得た収益について思いをせ、一日の労働の対価に見合うだけのものであったかを考えている。

 そして、それらが人それぞれにさまざまな形となって現れているのだ。

 あるものは満足げな笑顔を浮かべ、あるものは疲労を滲ませた苦笑を仲間に向ける。

 またあるものは哀しみにも似た困惑を、あるいはそれらを表情筋を以って覆い隠し、努めて平静を装っている。

 ここは商店街という、商品を多大に内包する意味空間であるのと同様に、人間の持つ欲望と感情を、人という容器に格納した倉庫でもあった。

 ナギはこの空間を眺めることが好きだ。

 それはその人物がどのような一日を送ったのかを推測する材料が多く見えているからであり、倉庫にきちんとした銘柄が付されているからだ。

「あの干物屋さん、今日の売り上げはあんまりだったみたいだね」

 ナギはある露店の横を通り過ぎた時、そこの疲れ切った白髭の老父の表情をみて、小声でスーに語りかけた。

「え?あぁ、そうなのね。………どうして?」

 スーはナギの突然の報告に困惑して、何度か返答に行き詰まった後に、そう訊ねた。

「あんまりにも暗い表情だったし、陳列の品もあんまり減ってなかった。片付けも捗っていないみたいだし、そうなんじゃないかなって」

 ナギの返答に対して「良く見ているわね」と、スーは苦笑気味に言った。

 それは褒めているのか皮肉なのか微妙なところではあったが、少なくともスーにはあまり興味がないのであろう事は分かった。

(他にも面白いお店はあったのだけど………いいか)

 ナギは続け様に(スーにとっては)無駄な話をする事を控え、代わりに周りの観察に戻った。

 と、そこでナギはある人物の横顔を見つけた。

(あれは、シンくんかな?)

 それは午前中、ナギが散々付け回して怒らせてしまった彼だった。

 今までずっと働いていたのであろう。その熱心さには舌を巻くものがあるが、ますます何が彼にそれをさせているのかが気になった。

 病気の母がいるとて、ここまで熱心に働くことなどあるのだろうか?

 カィリの話ぶりから察するに、父親の方には特に問題はないようであった。であれば、彼が収入に困る事はまずないのではないだろうか。あるいは、彼に労働を強いる問題の根源は病気の母ではなく、父親の方にあるのではないだろうか?

 ナギは一息にそれらを考え、目を泳がせて中空を見上げた。

 赤と黄色の諧調の空が視野を覆う。

 空に浮かぶ疎らな雲は、ナギの取り留めのない思考の様だ。しかし、その色だけが好奇心という光に染められ、色の違いとして現れ、流れていく。

 とは言え、それらが一つまとまりとなって慈雨となる事はしばらく無いだろう。雲を形成する水気は先んじて流れ落ちた後で、雨雲となるには量がない。

 だがそれ故に、好奇心という色に染められたそれらは鮮やかに映える。

(せめて、もう少し背景を知れたらな。とすると問題は、今朝怒らせたことかな?さて、どうやって聞き出すか………)

 ナギは薄すぎて見えない点をなんとか炙り出し、線で繋ぐための方法をぼんやりと思索する。

 隣で歩くスーは彼女のそんな様子に気がついたのか、何かを言おうとしたのか口を開いた。


 最初の異変は、遠くの方から聞こえてくる悲鳴、怒声だった。

 それは彼女達の向かう先、商店街の奥から聞こえてきた。

 その瞬間の世界のあらゆる絶望を、恐怖を詰め込んだかの様な声の群れ。

 恐慌を起こした女性の甲高い悲鳴に、あたりに警告を撒き散らす男性の怒声が混じり、さながら一つの波の様にそれらは瞬時に商店中に広がった。

 それらが伝播する様に、人の波が遅れて流れ始める。

 そのほとんどは、中心からやってきた者。それに引っ張られる様にして走り始める者もいた様であったが、彼らはその理由については認識していなかった。

 それ故に、その表情に浮かぶのは得体の知れないものに対する恐怖。

 それは事実以上の恐怖を振り撒いて、人々に伝染していった。

 あれよあれよという間に、ナギは自分が人の流れに取り残されていることを認識する。

 人は減ったと言えど、そこは人の集う場所、その波に巻き込まれては、ナギもただでは済まないことを悟った。

 ナギはスーに目をやるが、スーはなぜか災いの中心点となったであろうその場所を凝視して、立ち止まっている。

 こういった時には真っ先に動き出しそうな彼女らしくない行動に面くらいながらも、ナギは持ち前の運動能力を活かして彼女を抱え上げ、伽藍堂がらんどうになった露店の中に飛び込んだ。

 流石にナギといえどもずっとスーを抱えて走れるだけの膂力りょりょくはなかったし、彼女もそれを望まないだろうと分かっていたからだ。

 流石に抱え込まれた時点で我に返ったスーは、店の屋根のしたでばつが悪そうに礼を言った。

「助かったわ。ごめんなさい。ちょっと、気になることがあって」

 人のこと、言えないわね。スーはそう呟いて苦笑する。

「何があったんだと思う?」

 人の流れが落ち着くまでは下手に動かない方が安全だと考えた二人は、束の間、気がついた情報についての共有を行なった。

 ナギは特に気がついた点はなかったが、スーは違った様で、声をひそめて一言だけ口にした。

「『御化』よ」

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