a-23_帰路-1
「あ〜ぁ、話した話した」
サクラスが、部屋の窓に差し込む赤い光、暮れ始めてきた太陽に気がついて、話は終わりとばかりに伸びをして立ち上がった。
その仕草ですら予め決められた動線をなぞるかのようで、どこか洗練されているように感じられる。
「もう、行っちゃうんですか?」
ナギは、あたかも幼子のように別れを嘆いた。
流石に泣き喚きはしないが、強く寂寞の情を抱いたのは確かである。
「私達も暇ではない。………それにしては時間を使いすぎな気もしないではないが。それに、お前達のためでもある」
サクラスが何と答えるかな、とでもいうように顎に手を当てたところで、引き継ぐようにスオが答えた。
「暗くなれば、それだけ危険が増える。見つけ辛くなるからな。………特に近頃は危険な噂も絶えない。注意することだ」
スオは話し方に緩急をつけて、それが実際的な危機として存在しているという事を暗に仄めかしているようだった。
サクラスは隣で「そうそう」とでもいうように首肯しており、彼の奇妙な話し方に疑問を持っている様子がない。
つまりはそういう事なのだ。
「もしかして、今回ここに来たのはそれが理由?」
ナギは秘密主義の三人組に問いを投げかけたが、同時に、彼らの口から事実が語られることもないだろうなと理解していた。
そして実際、彼らはそれを模る核となることには答えず、その形をのみ答えるのだ。
「さっきも言ったけど、『秘密』ね。だけど、注意しなきゃいけないのは確か。できれば暗くなる前に学校についているべきね」
秘密という名を体現するかのようなこの三人組は、その身にどれほどの闇を秘めているのだろう。腕章の件と言い、長い間共に行動してきたというのに、計り知れない。
しかし、もし仮にそれらが全て解き放たれた暁には、その溢れ出した秘密は、厄災の呪言となるのだという予感がだけは、ナギの胸中にあった。
それは積み重なった感情の隙間から、ひっそりと覗いている予言めいた確信。
「分かりました。それでは、急いで帰ります。ほら、ナギ」
スーは彼らの言葉に、何かを感じたのだろう。
今、自分達がするべき行動として、急いで帰路につくべきなのだと判断し、ナギの手を引いた。
「別に、そこまで焦らなくてもいいと思いますぜ」
今まで黙っていたオトシネが、そそくさと席をたったスーと、引きずられるように立ち上がったナギを呼び止めるように口を開いた。
「危険な『噂』があるだけですから、慌てず、気をつけて帰ってくだせぇ。慌てすぎて怪我してもよくねぇし、見回りもいる訳ですからね」
オトシネは他の二人に比べると、秘密の闇の匂いが薄い人間だ。
それは彼の砕けた話し方と、他の二人との立場の違いがそう感じさせているのだろう。
必要最低限にしか語らないサクラスとスオに対して、オトシネの言葉には「個人的な配慮」とでも言えるようなものが含まれている。
そんな彼ならば、訊けば何か答えてくれるかもしれない。そんな風にも感じられるのだ。
だが、それは錯覚だ。
秘密の匂いが薄いと言っても、サクラスとスオの二人に比べれば、という程度のものである。このオトシネという男も大概、嘘と秘密を使いこなす類の男である。
実際、このように感じる事自体が、それを如実に表している。
優しい言葉は確かに本心だろうが、秘密について語ってくれる事はないのは確かだ。
「ありがとうございます。出会わないように、気をつけますね。それじゃあ、また………サクラスさん、あえて良かったです」
ナギは自分が彼らの意図を察している事を伝え、背中を向けた。スーも浅く頭を下げて出口へと向かう。
名残惜しいが、これ以上うだうだしていても彼らにとっても迷惑なだけだろう。
「あぁ、そうだ」
サクラスが、そんなナギとスーの背中に声を浴びせた。
「厳しい事を言うようだし、さっきはあえて有耶無耶にしたのだけれど、やっぱり言っておくわ。あなた達二人は『御化狩り』に向いていないと言われたのよね?」
「「はい」」
同時に答えた二人の声は、そこに垣間見える表現こそ違えど、同じ感情に起因するものだった。
自分達の夢を達成する上での最大の障害となりうるその言葉は、二人の心に重くのしかかっている。
縋るような気持ちで立ち尽くし、二人はサクラスの言葉の続きを待った。
「ナギは才能不足、スーさんの場合は、何が理由か分からないと思っているでしょうけれど、私が見たところ、二人の抱える問題の根っこは一緒よ」
サクラスの瞳がきらりと光った。
その輝きは、ナギが初めて見た彼女の舞姿、白銀の軌跡の煌めきに似て、鋭く射竦めるように二人を釘付けにした。
「あなた達に足りないのは『具体性』よ」




