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幽明の番人  作者: 寺島という概念
『信仰』の御化
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「それで、先生はなんて?」

 リノバが報告を終えて資料室に向かうと、開口一番にリンの問いかけが彼を急かした。

「地下水道を調べろってさ」

 リノバは簡潔に結論だけを彼女に伝えた。

 しかし、リンはそれだけでは満足しなかったようで、片眉を吊り上げるように動かすと、机の上に広げた今回調査した区画等が記された地図を睨むように見つめた後、こう言った。

「………どうして話を聞いただけでその結論に至れるのか聞きたいわ。私だって、さっき初めてそこに思い至ったばかりなのに」

「こればかりは経験の差、ってやつじゃないかな」

 リノバとしてはそう答える他ない。

 マギスはあの時考えるような素振りを見せはしたが、資料などに目を通す事はしなかった。

 しかしそれでも、今こうして調査をしているリンと同様の結論に至るという事は、彼はそれだけ、その辺りの区画について知っていて、板状の駒を動かすかの如く、状況を把握していたという事なのだろう。

 それは多分、幾重にも積み重なった彼の経験から来る知識とか経験則、そう言った類のものだとリノバは解釈していた。

 リンやリノバはいくら優秀で『教導生』と呼ばれているとは言え、所詮は学生の域を超えてはいない。それに対してマギスはそれを文字通りに『教導』する立場にいる者だ。

 それに加えてもう何倍もの時間を最前線で戦っている人物である。年季が違う。

「はぁ………まあ良いわ。少なくとも私の推論が軌道から逸れていない保証にはなった」

 ため息をいて、彼女は地図を指した。そこは『異教徒』の犠牲者がいた礼拝堂を示していた。

 他にも覚え書きの紙片が『御化』の犠牲者とみられる事件があった場所に大雑把に置かれていた。

「ここと、ここ。………多分、調べていけば他の被害者のところもそうでしょうね。大きい水道が通っているのよ」

「それじゃあ、そこに『御化』がいるって考えて良いのかな?先生が言ってたみたいに」

 リノバが問うと、リンは軽く頷いた。

「可能性は高いと思う。最初は大通りが怪しいと思ったのだけれど………」

「どこも面しているからね」

「そう、『御化』が移動するにもその方が都合が良いと思った、けど、それにしては目撃報告が少なすぎる。あの区画には夜警だっているはずなのに、見つからないはずがないもの」

「だから地下?」

「えぇ、地下。ただまだ、地上を通っているけれど、小さいから見つかり辛い存在だという線もあり得るのだけれど………今回はこの線は除外したわ」

「………『木の実』だから?」

「そう。あなたはどう思うのかは分からないのだけれど、私は九分九厘、今回の『御化』は植物型だと思うのよね。それで、今までの『植物型』の御化を調べたのだけれど、少なくとも目を通した中には『中規模』がほとんどで、たまに『大規模』がいるだけ、『小規模』は『なし』、よ」

 リノバも今回の『御化』は植物をかたどる存在だとみて間違いないと思っていた。

 異教徒の老男がしきりに口にした『木の実』という言葉や、被害者の男の足元から生えていた無数の蔦状の構造物。それらはどれも『植物』を連想させるには十分すぎるほどのものだった。

 加えて彼女の話とマギスの助言を総合すると、それらの説得力もより強いものとして感じられた。とは言え、思わぬ場面で足元を掬われるとも限らない。

「僕も、植物型だとは思うし、今の話を聞くと『小規模』な『御化』とも考えずらいな。ただ、『中規模』以上の規格であっても、場合によっては地上でも気づかれずに行動することも可能じゃないかな、とも思うんだよね。特に、植物の区別なんて、よほど気にしていない限りできない。ゆっくり動けば、気づかない、なんてこともあるんじゃない?」

 頭を柔らかく保つため、リノバは敢えて彼女の意見の一部を否定して、考慮の余地を彼女に示した。

 人によっては嫌がるだろうが、リンは少なくとも、それを不快に思うような友人ではなかった。

「それは、確かにそうね。ただ、そこまで考え始めるとキリがないわ。それこそ、最終的には『人型』の『御化』まで考える必要が出てくるわ」

 リンはリノバの指摘していた部分を既にある程度考えていたのだろう。『人型』の『御化』は、神衛隊において、あり得ないこと、を指す。つまり、そこまで考えていては時間がもったいない、ということだ。

 なぜ『人型』があり得ないとされるか、理由は簡単で、今までただの一例も存在が確認されていないためだ。

 基本的に『御化』は、現世に存在するものを模造した存在である。

 その故は分かっていない。

 ただ、有力な一説によれば、現世に干渉する際に実在する物を模倣することが、存在するの安定性を保つことになるというものがある。

 ただそれなら、これほどまでに地上に根ざした人間という種族を模倣しない理由が分からない。他の動植物の形は確認されているのに関わらず、不自然に人型のみが見つからないのだ。

 そこから、『御化』は『人型』になることができないという説が流布され始めた。

 真偽のほどはともかく、神衛隊の中ではとりあえずその論を中心に据えて考えることが多い。

 だから、『人型』は「あり得ない」のである。

——ちなみに、『御化』とそうでない生物とを見分けるのは存外に簡単である。『御化』は模倣が下手なのか何なのか、完全にその似姿を作り上げることができないらしい。

 その姿は本物とはどこか異なっている。だから、本物を見つけて見比べれば良い。

 時間はかかるし、大抵はその前に発覚するのだが。以上閑話休題。

 

「確かに、欲張りはろくな目に合わないのがお約束。とりあえずは分かっているところから、か」

 他に見落としがないかを少しばかり考えたリノバであったが、結局、これ以上に何かをいうつもりはなくなった。

 リンの判断は少なくともリノバが思いつく限りの事は考え尽くされてた、正確なものだと分かったからだ。

 後は、今後の方針を少し決めるだけで、次に進める。

 リノバはリンの目の前に広げられた地図に目を落とした。

「順繰りに探るかい?」

 リンの目印を目で辿りながら、リノバは訊ねた。それなりに数はあるが、巡れないほどでもない。

 それに対してリンは一点を指し示した。

「ちゃんと目星は立ててる。ここが外れだったなら地道な調査になるかも」

 彼女のしなやかな指が突き立てられたその場所は、リノバにとっては少しばかり意外な場所だった。

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