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幽明の番人  作者: 寺島という概念
『信仰』の御化
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b-5_神の木の実

『神の木の実』。

 その名を聞いただけならば、それはとても神聖なものに思えるだろう。

 食した者の願いを叶えるともなればなおさらそれを求めるものが増えてくる。

 こと、イニチアムは『神』を国の頭に据えた宗教国家であり、その呼称は強い意味を持つ。

 だが、少なくともリノバは、それについて不気味な、あるいは不穏なものを感じている。

 なぜならば、『神の力』たる「神衛隊」が、それについて何も知らないのだ。

 仮にもそれが『神』の名を語るのならば、神衛隊がそれについて知らないことなどあり得ない。

 それはつまり、それが実際に『神』の恩寵おんちょうによるものではないことにほかならなかった。

 そもそも、なんでも願いを叶える木の実など、『神』の教えに反する。

 『神』は我々人間に、自らの力の範囲で物事を推し進めることをいた。

 『神』は決して、その力を過分に我々に振るってはくれない。『神』の力をもってすれば、国一つを作り上げることも、それを維持することも容易なはずなのに、それを成さない。

 『神』が我々にくれたのは『御技』と呼ばれる特殊な「技術」。

 見えない法則を見るすべ。岩の法。

 『御化』に人間が対抗するためだけに授けられた『神』の恩寵だ。

 逆に言えば、『神』が人間に授けたのはそれだけだ。

 『神の木の実』など存在しない。するはずがないのだ。

「神の木の実、ねぇ………?」

 リノバが口にしたその単語を、口の中で転がすようにマギスは口にした。

 今回の捜査における直属の上司であり、元担任の教員であるこの薄ら笑いの男は、相変わらず、何を考えているのかが分かりずらかった。

 神授堂ミナラの一室、彼一人が座るには広すぎるほどの場所に、彼はいつも座っている。

 別に彼が暇だと言いたい訳ではない。むしろ逆で、他の者たちは外に駆り出され、教員としての役割をこなし、神授堂にいることの多い彼に、その役回りが回ってくるだけの話だ。

 しかしそれだけに、彼は「神衛隊の調査状況」に関する情報に広く精通していた。それだけ暗い面に触れているということでもあり、その薄ら暗いものを感じさせる薄ら笑いも、嫌に明るい話し方も、それらを覆い隠すための仮面であるようだった。

「………随分と大仰な名前だことで。それで?どこにいるのかの目処は立ってるの」

 マギスが苦笑混じりに訊ねた。

「いえ、まだ。ただ、今回の共通の被害者と思われる事件を複数確認したので、そこから洗い出そうとは考えてます」

 実際、リノバは、リンにお願いして先にその辺りをまとめてもらっている。こう言った物事をまとめるのはリンの方がはるかに上手かった。

「まあ、まだ初日だしねぇ………」

 マギスはそう言って、目頭を指で擦った。

 その動作が何という訳でもないが、彼が何かを考えているのだという事は分かり易い。

 自覚しているだけでも、何かを思い出す時にそういった事をする癖は、リノバにもあった。

 マギスは何度か規則的に額を指で叩いた後、口を開いた。

「………地下水道を重点的に調べると良い。どこの地下水道かは、君たちの調査にかかっていると思ってね。君たちは優秀だから、心配いらないと思うけど………」

「危ないと思う前に退く。危ないと思ったならば応援を呼ぶ。決して一人で事に当たらない。ですか?」

 リノバは調査任務に初めて就いた時に暗記させられた三箇条をマギスの後を引き継いで暗唱した。

 覚える、というほどの事柄でもないし、結局基本的なことしか言っていないが、意外にこれらを守るのは難しいのだという事をリノバは実感していた。

 特に「危ないと思う前に退く」は、不可能じゃないかとさえ思う。

 それは「危ないと思うかもしれないから退く」というある意味で未来予知をしろと言われているようなものだ。

 十中八九、それくらい慎重に行動をしろといういましめなのだろうが、完璧に守れと言われてできるものではなかった。

「そう、それ。万が一にでも貴重な人材が失われる事は避けたい。特に君たちは可能性の塊だ。くれぐれも忘れないようにね」

 マギスのくすぐったくなるような言葉にリノバは、はにかんで頭を下げた。

「承知してます。それでは、これにて失礼させてもらいます。ご助言、ありがとうございました」

 それに対して「あぁ」と簡潔に答えたマギスの顔には、いつもの笑顔が張り付いている。

 部屋を出て扉を閉める際に見た彼の目は手元の書類を射貫く、鋭いものだった。

 それこそが、普段の仮面を際立たせるような、彼の素顔だった。

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