a-1_転生-4
「大丈夫?」
呆然とする彼女に向けて、黒い外套の女性は通りがかりで困っている人を見つけたかのような態度で歩いてきた。
とても、さっきまで死闘を繰り広げていた人間のそれとは思えない、あまりに優しい声に少し戸惑う。
「えっと………」
彼女がなんとか発することができた声はそれだけで、ろくに意味など持たせられなかった。
圧倒的な、奇跡のような、神秘的にも感じる存在を前に、自分などが声をかけていいのか?とかそんなことを考えてしまう始末である。
「立てる?手、貸したいところなんだけど………ちょっと今………私汚いから」
彼女の視線を追って見ると、さっき浴びたのであろう化け物の返り血が、雫のようにぶら下がっていた。羽織っている黒い外套は水を弾く材質でできているようだ。
(私は気にしないのだけれど)
もうすでに泥だらけになってしまっている自分の姿を想像しつつ、彼女はなんとか立ち上がった。
ただでさえ痛んだ身体が、化け物のせいで、なお酷い有様である。
傷だらけの痛みに堪えながら、彼女はなんとか笑顔を浮かべる。
「ありがとう、ござい、ます。助かり、ました」
なんとか発した言葉は、長い間使われていなかった機能を用いたが如くしわがれて、ひび割れた汚い音だったが、それでも言葉としてはきちんと機能してくれた。
それを受けて、心配そうな表情をしていた女性は、にこりと笑う。
「無事でよかった」
彼女はその血濡れの笑顔を不思議と、これまで見た何よりも綺麗に感じた。
***
「私は『サクラス』。『神衛隊』ってところで、『御化狩り』をしているの」
移動の途中、彼女は自分の名を名乗った。
「でふらーどす」だの、「おばけがり」だの、分からない単語も出てきたが、おそらく「おばけ」というのがさっきの化け物なのだろう。そしてそれを狩る組織が「でふらーどす」。
「コイツを追ってきたのだけれど、そこにあなたがいたの。不幸中の幸ね」
いつの間にか持っていたのか、あの「おばけ」の首を持っているサクラスは、それを少し持ち上げてみせた。その首の断面は刃物で切り裂いたかのように滑らかだった。
そのまま、サクラスの視線が自分に向いてるのに気づいた彼女はサクラスに倣い、口を開いた。
「私は………」
そこまで言ったはいいが、何を言うこともできない。
漠然と、かつては自分にもそれがあるような気はしているのだが、どうにも思い出せない。
先ほどと同じ、頭に穴が空いているような感覚だ。
黙り込んだ様子から察したのか、彼女は優しく声をかけてくれた。
「もしかして、思い出せない?」
無言で頷くと、彼女は「大丈夫」と笑った。
「そのうち思い出すわ。今は多分………混乱しているんでしょうね。色々あったから。うん、でも、そうね。名無しさんだと、少しばかり薄情な感じがして嫌だから………」
サクラスはそう言って少し考え込む素振りを見せ、しばらくしてから口を開いた。
「………ナギ。あなたは今から少しの間『イール・ナギ』と名乗るといいわ」
サクラスは少しだけ心配そうに彼女のことを見ていたが、彼女が戸惑いがちに頷いたのをみて、笑みを深めた。
「よろしくね『ナギ』」