b-4_知る男
「「木の実?」」
奇しくも重なったリノバとリンの言葉は、どちらにも深い懐疑の色が見てとれた。
「ええ、『木の実』です」
その原因となる言葉を放ったボロをまとった一人の異教徒の老男はしかし、その貧相で愚鈍なな見た目に反して理知的だった。
自分の予想通りの反応で喜んでいるのか、あるいは若い男女の二人組のやりとりが微笑ましいのか、顔を見合わせる二人に対して微かに微笑みを浮かべているのが白黒の斑ひげの動きと、垢と砂塵で黒ずんだ皺だらけの目元の形でかろうじて読み取れる。
「それが、どうして事件と関係していると断言できるのでしょう?私には今のところ、今まで調べてきたことと、その『木の実』になんの関連性も見出せていないのですが」
リンが男に対して問い詰める。
かなり威圧感のある問い方だったが、男はそれに動じるそぶりもなく、むしろその余裕のなさを揶揄っているかのように、ゆっくりとした口調で答えた。
「これはほとんど私の直感なんですがね。この辺りにはなんと言ったか、ある寓話、迷信、噂?………いや、逸話とも言えるような話がありまして。なんでも、食せば願いを叶えてくれるらしい」
「願いを叶える?」
リノバは素直に疑問を口に出して、男に先を促した。
「ええ。よく聞くようになったのは少しばかり昔のことなんですがね。それを食した女性が大病から回復し、今も元気に暮らしている。というものだったと思います。誰が呼んだか、その『木の実』は『神の木の実』だなんて呼ばれていました。まあ、願いを叶えてくれるなんて『奇跡』を起こしてくれる訳ですから、そう呼びたくなる気持ちも分かりますがね」
「それで、あなたはその話の真偽をどう思っているのです?」
リノバが問いかけると、歯抜けた口腔が束の間、ひげの間から顔をのぞかせた。心底つまらなそうな乾いた笑いだ。
それが彼の心情を物語っている。
「ありふれた御伽話、と言ったところですかね」
リノバやリンとしてもそれには同感だった。たとえ、彼とはその結論に行き着く道筋が違ったとしても。
「まあ正直、別に私にはそれがあろうとなかろうとどうでも良いことなのですがね。問題は、それを食した夫人というのが敬虔な信徒だったということでしょうか」
「?あなたは『木の実』の存在を信じていないのでは?」
リンが男の言っていることの矛盾を指摘すると、彼は「話は終わっていないよ」とばかりに手をかざしてリンの言葉を遮った。
「大病から回復した夫人自体は実際に知っていますよ。それはもう、急に元気になったものだから、有名になりましてね」
彼は一旦話を区切って、座り込む体勢を組み替えた。地面に敷かれた古びた麻布がその際に少しずれた。
「私はね。『木の実』自体はあるとは思っていますよ。ただ、それが『願いを叶える』ものだったり、『神の木の実』なんて高尚なものではないと思っていますがね………っと、話が逸れましたな。つまり、その元気になった夫人が敬虔な信徒だということを私は知っているということでしてね」
リンもリノバも、話好きのこの異教徒の老男の話に聞き込んでしまった。
彼が理知的であることもそうだが、その話が思っていた以上に興味深いものであったからだ。
彼の言っていることが正しいのだとすれば、それは大きな手がかりになり得る。




