c-2_食-1
「………なんだこれ」
シンはそれを見た時、何かの虫の卵でも見ているような気持ちになった。
その気味悪く赤い葉脈が走ったような模様の表皮を持つ球状の何かは、一つ一つは摘めるほどに小さいにも関わらず、一房に数えきれないほどの数がびっしりとくっついている。
形で言えば葡萄や千蔦木に成る実のようにも見えなくはないが、その模様が、有様が、それとは全く別のものだと訴えかけているかのようだ。
そんなものが、最早、家の外壁を全て覆うように広がっていたその植物に実ったのだ。
「気色悪いな………」
シンは虫が得意ではないし、集合的な模様なども苦手だった。
だからこそ、それには生理的な拒絶反応とも言えるような嫌悪感があった。
一刻も早くそれを視界から外したくて、シンは目を細める。
それでも意外と視野は確保できているものだが、そんなことを気にしていられなかった。何か逃避の行動さえ取れればよかったのだ。
「それにしても、今日も父さんは遅いのかな………」
母の食事は一通り用意してその世話も終わっていたが、彼自身や父の食事は殆ど用意していなかった。主食の麦粥は母の分を用意した時に一緒に用意していたのでその心配はないが、主菜の方が問題だった。
彼の父親にこだわりがあることもあったが、彼自身に食欲が少なく、何を食べたいのかが直ぐには思い浮かばなかったのだ。
そんなことを考えることすら面倒に感じる自分の今の状況はあまり良くないのだろうと、心のどこかの客観的に部分が叫んでいるのだが、見ないふりばかりが上手くなっている。
どうせ、父も何が食べたいと言うわけでもないだろうと考え、シンは家にあるもので適当なものを作ることを決める。
(食べ物、か)
その時、何かの暗示のようにあの気色の悪い木の実が脳裏に過ぎったが、そこから虫が湧くかもしれないという嫌な妄想が浮かんで、吐き気がした。
虫を思わせるような見た目をした木の実に対して嫌悪感を覚え、それについて調べることもしなかったのは当然の流れと言えるかもしれない。
もし調べていれば、それが異様なものだと気が付くことができたかもしれないし、それを処分することもしたかもしれない。逆に貴重なものだと判明した可能性もある。
いずれにせよ、それは彼の効力の元にあったことだろう。少なくとも彼はそれを口にすることなど絶対になかった筈だ。
だが、結果としてそんなことは起こらず、それは彼の父の手に渡ったのである。
それこそが転機。
希望と転換の切っ掛けとなった。
翌朝、彼は父親が珍しく母の部屋にいることに気がついた。
昨日の夜は結局ろくに食事もしなかった父は、珍しく楽しそうな、嬉しそうな笑い声をあげている。
そしてそこに合いの手を入れるかのような母の声。
何かが変だとシンは思った。
急いで母の部屋に足を踏み入れると、寝たきりだった母が上半身を起こしている。
それだけならば、調子が良いのだろうとも考えただろうが、そんなものではなかった。
明らかに顔つきが違う。
それは大病を患う前の母そのものだった。細く、枯れ枝のようだった彼女の頬はふっくらと血色が良く、まるで過去に巻き戻されたかのようである。
「………は?」
知らず漏れた吐息は、彼の気持ち全てを吸い取ってしまったかのようで、自失状態の彼はしばらくそのまま部屋の戸口に突っ立ったままでいた。




