b-3_捜索-2
他人事のように言うリノバにため息をつきつつも、リンはペトラに聞いた内容を簡潔に述べた。
「直近の目星い事件について訊いてみたのだけれど、今回の件。これが初めてではない可能性が出てきたわ」
「と言うと?」
「事件があったのよ………」
リンが言うには、この近辺である商人の家で絞殺事件が立て続きに起こったらしい。
妻と子供が死に、悲惨な結末を辿ったこの事件は、殺害方法が縄上のものによる絞殺であったため、人的殺人が疑われている。そして、警察隊が目下調査中ということだ。
しかし、商人の男に後ろ暗いところがあったことで警察隊の介入、発覚が遅れたことによって調査は難航しているそうだ。
「警察隊の内情としてはこんなところ。流石に神衛隊にも調査権を寄越せとは言えないけれど。今回の件を考えると情報くらいは欲しいところね………せめて場所くらい」
スーはチラリとペトラを横目で見るが、相変わらず彼は優しげな苦笑を口元に浮かべながら口を閉じる手振りをして見せる。
「………まあ、今のところ事件の共通点は『絞殺』というところしかないし、こっちは明らかだから神衛隊に回ってきたんだろうし、そこまで求めるのは横暴というものさ。僕らはあくまで『神』の『力の代行者』。この社会の裁定者ではないからね。そこは専門家に任せるしかない」
リノバはペトラの考えを汲み、取り敢えずはリンを諭す。
リンは感情や直感を重視する部分があり、時にはそれを重視するあまり規則などの決まり事を無視しがちである。
ただ、リノバと彼女の琴線の位置は近しいので、彼女の考えを正面から否定することはまずなかった。
「まあ、私としても、手助け位はしたいところではあるのだけど………如何せん、確証がない。私だって生活があるからね。変に”上”の不興を買いたくはない」
ペトラは上部は申し訳なさそうにしているが、実際のところはどうなのだろうか。
熟練の警察隊員の表情は非常に読み難い。
「それはそうですよね………」
これ以上の犠牲者を出さないためにも、捜査情報の断片を渡すくらいのことはした方が道義にかなっているだろうとも思うだろうが、リンやリノバ、ペトラはあくまで『神』の作り上げた社会に身を置く人間である。
そして、社会にいる以上はそこに造られた規範を完全に無視し続けることはできない。犯罪者でもなければ、そうすべきだ。
仮にその権利を正当な立場を持ったまま手にするならば「異教徒」として、その日の食事すらままならないような生活を送っていくことになる。
今回の犠牲者のように。
それは人間の一人一人が持つ安全のための防護壁、「人権」を守るための決まりだ。
生存する権利。所有する権利。思索する権利。それらの権利を害すことが許されているのは一部の国家権力だけである。
神衛隊はその一つで、人々が御化やそれに準ずる出来事で危険に陥った時にのみ、それらを一時無視することが許されている。
それは、あくまでも「人権」を尊重したものでなければならず、逸脱した行為であれば即時に文字通りの『天罰』が下る。場合によってはそれに加えて警察隊などの介入によって「刑罰」も課されることも珍しくはない。
だが、それを差し引いたとしても『神衛隊』は絶大な権力を持つといっていいだろう。
なにせ『御技』と呼ばれる特殊技術を一つの組織でほとんど独占しているのだから。
だからこそ、「警察隊」という機関は組織された。
神衛隊が超常的な害から人々を守るものなら、警察隊は人的害から人々を守るものだ。
人が人の権利を害した時にのみ、その加害者の権利を侵すことを許される国家機関。
つまりは人の制圧を目的とした「暴力機構」である。その対象は「神衛隊」も例外ではない。
しかしそれ故に、その権力の行使には「神衛隊」同様、厳しい制限、規範が存在する。
間違っても、警察隊の活動が人々の「権利」を害することがあってはならない。少しでも他人の権利を害する可能性があることは避けなければならないからだ。
今のこの国はこの二つの暴力機構がうまくバランスをとって存在していた。
お互いに管轄を分け、調査はそれぞれが独自の手法を用いる。警察隊が神衛隊の監視兼ねているからだ。
有事の際に隠蔽などが起こらないよう、これらは同じ組織ではなく個別の組織として独立させる必要があったのである。
とは言え、これらは机上での話。
実際にはどちらも人が構成する組織、完全なことなどあり得ない。
誰が言ったか、澄み川よりも濁り川。
仮に完全を追い求めても、大抵は碌でもない結果で終わる。
今回の場合はさらなる被害の拡大、状況の悪化かもしれない。それは起こってみなければわからないが、とにかく。その規範を守ったが為に生じた遅れがなんらかの結果を引き起こす可能性が高いという直感は誰もが抱く。
だからこそ、『御化』による犠牲者を出さないことを最重要とするリノバには、規範スレスレのことをするのも厭わないという気概があった。
「………では、こうしません?ペトラさんが僕らの調査を監視する、というのは」
「その代わり、こちらの情報を寄越せと?」
「正直、こちらにはそれくらいしか出せる条件がないんですよ。どちらにせよ調べなくてはならないことですし………」
いくら一つの事件の調査を任せられているとは言え、リノバやリンはまだまだ木端の末端もいいところだ。情報交換に使える情報など握っていようはずもなく、彼にとって有用な「約束事」が提案できる自信もない。
だからこそ、調査の監視をしてもらうことでこちらの潔白を示すと共に、捜査に口出しをする余地を与えるという条件だ。
とは言え、ペトラは神衛隊のやり方も知っているはずだし、なんなら、それはリノバやリンよりも上手くこなすに違いない。どんな理由があったのかは分からないが、彼はリノバとリンの大先輩でもあるのだ。
だから、これは彼の善意に訴えるお願いに近い。どちらにせよ彼の手を煩わせるのに違いはないのだから。
「………将来性に期待、かな」
その彼の呟きと苦笑は、冷血になりきれない自分への諦観を誤魔化す言い訳か、あるいは逞しい自分の後輩達に対する精一杯の虚勢だったか。本人にもそれは分かっていなかった。




