a-21_来訪
「あ、イゾォルのおじちゃん」
ナギは久しぶりに会う老人の姿を自宅近くの麦畑で発見し、大きく手を振った。
「おぉ、ナギ。そちらさんは友達か」
繁華街の外はどうなっているのか気になる、というスーの要望でナギの自宅の近くにやってきた二人はその道中で彼の畑の横を通った。
そろそろ色が付き始め、黄銅色を帯びてきた麦ではあったが、ところどころ刈り取られているものが見えた。
まだ刈り入れには早いような気がするのだが、どうしたのだろうか。
「そう。スーっていうの」
「こんにちわ。イゾォルさん?ローペー・スーと申します」
ナギの紹介に合わせてスーが名乗る。
それを笑顔で見ていたイゾォルはスーの肩をしわくちゃになった手で軽く叩いた。
「そんな堅苦しい挨拶せんでぃぃ。もっと、気楽にな」
それは、彼なりの歓待の合図と言ってもいい。
どうやら彼女は彼のお眼鏡にかなったらしい。
彼は時々とても冷たく人に当たることがある。それは誰にでも、という訳ではなく選んでそうしているようなのだが、その基準が性別や年齢ではないことは確かだった。
「ねえ、おじちゃん。もう刈り入れの時期なの?ところどころ隙間があるけど」
ひとまずは自分の友人が彼のお眼鏡にかなったことに一安心したナギは、畑の現状について気になったことを訊ねた。
きっと作業は別の人がやったにしても、指示を出したのは彼に違いない。
「よく気づいたなぁ。それがなぁ、最近は良くねえ病気が流行っているみたいでな。まあ、心配すんな。もう悪いところは取った後だ」
やはりイゾィルはそれを把握していたようで、それが意味のある行為であったことが分かった。
「そうなんだ。良かった。泥棒でも来たのかと思ったよ」
「っは。熟れてもいねえ麦穂を盗むたぁ、素人もいいところだな。その盗人は」
彼は一頻り豪快に笑った後、思い出したかのようにこんなことを言った。
「そう言えば、おめえ、今日は家で待ち合わせでもしているのか?」
「?してないよ」
ナギには心当たりがない。
「なら偶然かね。アイツが来ていたんだが」
ナギはそれを聞いて周囲が急に明るく、鮮やかになったような気がした。
「まだいるかな?」
「いるんじゃねえか?さっき会ったばかりだ」
ナギは今すぐにでも走り出したいような逸る気持ちを抑え、スーに振り返った。
「アイツって?」
ナギの満面の笑みを見て問いかけたスーは、実のところその人物について予測できていた。
ナギのその表情は、彼女が「恩人」について語る時のそれと全く同じだったからだ。
だからそれは、スーの些細な気遣いだった。
「いつも言ってる、私の『恩人』さん。まさかこんなところで会えるとは思いもしなかった!急ぐよ!」
「ちょっと………!それじゃあ、また………」
スーは出発の前に挨拶くらいは、とイゾォルに頭を下げたのだが、ナギはそんなスーの気遣いに気づきもせず、彼女を置いて走り出した。
その速いのなんの。
スーがしばらく気を抜いている間に、彼女の背中は遥か向こう側に行っていた。
「相変わらず、脚が速えなんてもんじゃねぇなぁ」
のんびりと、イゾォルが苦笑気味に言った。
呆然とその背中を見守るスーの横で、彼の年老いてふわふわな白髪が、彼女の巻き起こした風で麦穂のようにそよいでいる。
「………あの、すみません。彼女の家まで案内して貰えますか?」
取り残されたスーは、仕方なしにイゾォルに道案内を頼むのであった。




