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幽明の番人  作者: 寺島という概念
『信仰』の御化
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a-1_転生-3

それからの記憶は定かではない。

 至る所を突かれ、引っ張られ、時には放り投げられた。

 そして、それだけのことをやられても、彼女はまだ、生きていた。

 化け物はどうやってか、致命傷にならないように手加減しているのだ。

 いかに長く甚振るか。そんな風に明確な悪意を持っている。

 そんな風に感じる自分の存在を、彼女は薄れた意識の中で認識していた。

 もう何度目になるか分からない、しかし慣れない感覚が全身を走り、それしか考えられなくなる。

 そして地面に身体を強く打ち付けられて、その時になって初めて自分が投げ上げられたのだと気がつくのだ。

 

 痛みに歯を食いしばりながら、彼女はその永遠に続くかに思えるような苦痛の終わりを待った。

 この時間が少しでも早く進むのなら、そんな風に考える自我の存在ですら億劫になってくる。

 自分が立たされている岐路が次第に見えなくなってくる。

 考える力が失われていくのが分かる。

 どうすれば逃げられるか、どうすれば生き残れるか。

 そんな前向きな思考はもはや一片も浮かんでこない。

 はやく終わらせて欲しい。そんなことしか考えられない。

 しかし、彼女の願いは叶わない。

 化け物が再度、両腕を伸ばしたのを尻目に見て、もう何度目になるのか分からない覚悟を決め、目を閉じる。

 訪れる脅威を認識し続けるよりは、突然それに遭遇する方がまだましだからだ。

 しかし、一向にその時は訪れなかった。

 

「見つけた」

 唐突に聞こえたその声は、粘度の高い血みどろの時間の中に、清水のように澄み渡って聞こえた。

 滞っていた時間が流れ始めたかのように感じ、その声の主を探すべく目を開けた。

 化け物の巨体の陰に、何かが静かに佇んでいるのが見える。 


「往生際が悪いわ」

 その黒い外套マントを羽織った女性は、独り言のように言った。

「せっかく苦労して頭、落としたのに。また生えてるし………」

 その女性は黒をはためかせて、右腕を横に一振りする。

 すると、その手にはいつの間にか、白銀に輝く長い棒状の何かが握られていた。

 彼女は化け物の意識が、自分から黒衣の女性へと切り替わったのを感じた。

 怪物は上体を逸らし、顔の大穴を彼女へと向け、硬質な爪でカツカツと地を叩く。

 その様子は、明らかに今までのそれとは違っていた。

 断続的に音を立てている様は、まるで威嚇音のようでもあり、苛立ちによって引き起こされているかのように思えた。 

 対して、その女性はゆったりと構えをとった。

 右脚を少し引き、同じ腕に這うように、白銀の輝きが添えられている。

 大人と子供………否、それ以上の体格差があるというのに、その女性の立ち居振る舞いは堂々たるものであった。


 直感的には、その女性はただの無謀な自殺志願者でしかなかった。

 しかし、そこから目にしたものは、あまりに彼女の直感からは逸脱していた。

 

 ボッ


 そんな感じの音が聞こえ、気がついた時にはあの女性を示す黒が見えなくなっていた。

 と、同時に化け物がよろよろとよろめきつつ、後退しているのが見える。

「大丈夫?」

 背後から声をかけられ、思わず肩が跳ねる。

 背後を見やると、それは見失っていた女性その人だった。

 今の一瞬でぼろぼろの彼女の真後ろに移動していたのだ。

 それも、怪物に対して何かしらの行動を終えた上で。

「な………」

 口を開きかけたところで、女性はそれを遮った。

「話は後でね」

 それだけ言って、またその姿は掻き消える。

 そして気づけば、化け物の目の前に立っているのが見えた。

 突然、視界に銀色の煌めきが走り、硬質なもの同士がぶつかり合う甲高い音が谷底に響き渡る。

 その反響が止まぬうちに、銀線が幾重にも連なる。

 何事かと目を凝らすと、彼女の手に持つ白銀の棒が物凄い勢いで振り回されている。

 それは正確に化け物の身体を捉えるように振られており、見るからに化け物を圧倒していた。

 彼女の操るその白銀の棒は生き物のように滑らかに動き、化け物を打ち据える。

 棒が化け物の爪に阻まれれば、その反動を利用した次の一撃が即座に繰り出され、仮に避けられようとも、その勢いのまま、次の流れへと移行する。

 鋭く振るわれるその武器は一連の緩急の元にあって、あたかもそれ自体が明滅を繰り返しているかのように銀色の軌跡を宙空に残した。

 全身を使って円を描くかのようなその動きは、美しく洗練された舞を見ているかのよう。

 その足運びは独特で、疾い。

 気づいた時には間合いにいて、かと思えば間合いの外にいる。

 実際、化け物は時折、反撃とばかりに腕を振るうが、それがその女性の身体を捉えることは一度もなかった。

(どうなってるの?)

 その動きを見ているうちに、彼女はそれが戦いだということすら忘れ、ただその美しさを目に焼き付けるように見つめていた。

 そして、もう何度目の攻防か分からなくなった頃、その瞬間は訪れた。

 強い踏み込みと共に、彼女の武器が掬い上げるように振り抜かれたのだ。

 ぱん、とか、ぐしゃ、とかいうような湿った破裂音が谷に響き渡ったのを聞いた。

 その一撃は化け物の頭部を捉え、真っ二つに引き裂いていた。

 化け物が動きを止め、顔を押さえるような動作をする。

 彼女がその隙を見逃すはずもなく、続く二の手で銀線が化け物の長い首元を抉り飛ばした。

 首から上を失った化け物は、その場に身を伏すように崩れ落ち、動かなくなった。

 だくだくと体液を地面に撒き散らし、赤黒い染みを作っていく。

 血で汚れるのを気にも止めず、黒を纏い、白銀の光芒を振るうその女性は、化け物の背面から心臓へと向けて武器を突き下ろした。

「ごめんなさいね。私、同じ轍は踏まないの」

 吐き捨てられるように呟かれたその言葉は、不思議と彼女の耳にはっきりと聞こえていた。

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