a-20_好奇の形
ナギが声をかけると、レン・シンは木箱を抱えたまま振り返った。
「イールさん?………と、ローペーさん。どうしてここに?」
ナギの姿を見た彼は驚いたような顔をしていたが、その視線が後方のスーに向けられると、険しいものへと移り変わった。
同時にその声も堅いものへと切り替わった。
だが、彼はそれを極力胸のうちにしまい込むことに決めたらしい。
抱えていた木箱を地面に下ろした時には、見かけ上はいつも通りの態度に戻っていた。
「どうして、って程のことはないよ。遊びに来ただけ。ここは楽しいものがいっぱいあるからね。シンくんはどうして?」
ナギは彼の胸裡の移り変わり、その全てを気づかない振りをして改めて問いかけた。
それはナギの特技でもあり、真面目な話を真剣に聞いていられないという欠点でもあった。
それを知ってか知らずか、彼は一瞬だけ眉を顰めるが、結局は問いには答えてくれる。
「………少しお金が欲しかったのですよ」
少し言い淀んだのは、お金を求めるその姿勢が不純な動機によるものだと捉えられることを恐れたのかもしれない。
だが、理由を語るのも憚られるのだろう。そんな二律背反が彼の脳裏を行ったり来たりしているようだ。
「へぇ、意外。どうしてお金がいるの?貸そうか?そんなに持ってないけど」
ナギは別に本気でお金を貸すつもりはなかったが、小銭袋を取り出す素振りを見せた。
スーがいることで高まった彼の警戒心が少しでも落ち着いてくれることを狙ったのだ。
「いや、ありがたいのだけれど。足りないというか、借りるのでは意味がないというか………」
「どうして?」
ナギは覗き込むようにして、少しだけ背の高いシンの伏せがちになった目をじっと見据えた。
スーはそれを横で見ていたが、ナギのその行動に薄寒いものを感じていた。
まるで獲物を徹底的に追いかける肉食獣のようではないか。
「………逆に聞きたいのですけど、どうしてそんなに聞きたいんですか?」
最終的に、吐き捨てるように彼はそう言って、二人を避けるように一度は置いた荷物を持ち上げて歩き始めた。
ナギはそれを追いかける。
遅れてスーも続いた。やはりなんだかんだ言っても、面倒見が良い。
「ん〜まあ、最初はそんなにって感じだったんだけど、そこまで隠されるとね?休日を犠牲にしてまでも働く理由があるってことでしょ?」
「………」
シンは街道をどんどん降っていく。
街道と船着場を結ぶその坂は、そこまで勾配が激しいものでもなかったが、長く緩やかに続いている。
その間にも、彼が口を開くことはなかったが、ナギは諦めずにその後をつけ続けた。
その際も何人か、彼と同じようにに運びをしていると思われる人たちとすれ違ったが、彼のように学生の姿はない。
スーは嫌々という雰囲気は醸し出しつつも、いつの間に買ってきたのか、甘く仕上げた揚げ菓子を頬張って、意外にご機嫌である。
三人がやってきた船着場は、切り立った崖の下に寄せられるようにして作られた場所で、剥き出しの白味を帯びた岩石が無骨にその存在を主張している。
そしてその木造の船着場には多くの船と、多くの人間でごった返しているのだ。
ここは、先ほどの商店街とはまた違った賑わいがある。
「ソンテルマを思い出すわね」とスーがぽつりと呟いたのが聞こえた。
結局、長い坂を降り切る間に彼の口から話が出ることはなく、その道中は徒労に終わったかに思えた。
「おーシン、戻ったか」
一つの商船から声が上がり、そこから一人の髭面の男が降りてくるのが見えた。
「カィリさん、はいこれ。いつものところのやつね」
その男に対してシンはその手に持っていた木箱を手渡した。
「おー悪りぃな。っかし、お前は働きもんだわな、お袋さんのために金を貯めたいなんてなぁ。俺がお前くらいの歳の頃なんてお前、家の手伝いもしねえで………、とおめえ、後ろのお二人さんはなんだ?まさかお前………」
カィリは見るからに年相応の下卑た笑いを浮かべた。
それを察知したシンは「そう言うのじゃないから」とため息混じりにぼやいた。
「彼女たちは学友なんだけど………」
「こんにちは。私、ナギっていいます。カィリさん、であってますか?」
シンがなんと説明するかを悩んでいるような素振りを見せていたので、ナギはその隙を付いてカィリと呼ばれた船乗りの男に話しかけた。
横で、スーが驚いた表情を浮かべている。
「おお」
少し面食らったような返事ではあったが、話す気がないことはなさそうだ。
ナギはそう感じて畳み掛けるように質問を投げかけた。
「カィリさんとシンくんってどう言う関係なんですか?仲が良さそうに見えますけど、家族のようにも見えないし………」
ナギはシンとカィリの姿を見比べて、その絶望的なまでの違いを確認する。
シンはむしろ細身で故綺麗な格好なのに対し、カィリは恰幅の良い熊のような男だった。
とても似ても似つかない。
「あ?まあ、血縁ではねえわな。ただ、こいつの親御さんとは仕事上の関係があってな。ガキの頃から知ってるよ」
「ちょっと、カィリさん!」
シンが耐えかねて彼の名を呼ぶが、カィリは気にする素振りもなく嬉しそうに話を続ける。
「昔はこいつもわんぱく小僧だったんだがなぁ。今じゃこんな大人びちまった」
「何かあったんですか?」
「なんもかんも、お袋さんが病気になっちまったんだよ。命は取り止めたんだが、まだ、な」
「へぇ………」
「そこまでにしてください、カィリさん!」
そこまで聞き出せたあたりで、先ほどの声を倍するような彼の声が二人の会話を遮った。
「イールさんも、もう満足したでしょう?これ以上、無用な詮索をしては、天罰がくだりますよ。人には知られたくないことがあるんです!」
驚いたような顔をしているカィリとスーを尻目に、シンはナギを詰った。
「うーん………まあ、そうだよね。ごめんごめん」
遮られたとはいえ、ナギは上手いことシンの過去を聞き出すことに成功した。
彼の怒りようからしても、それが彼が今働いている理由に関わっているのは間違いない。
考えつつ、ナギは首飾りの赤い石を癖のように手で弄んだ。指先に石のひんやりとした冷たさが伝わってきた。
(よし!とりあえずは満足、かな?)
「………お詫びと言ってはなんだけど、二人の時間を邪魔するのも悪いし、そろそろ失礼するね。カィリさん、いろいろ聞かせてくれてありがとう!」
「お、おぉ。なんか良く分からんが、喧嘩はほどほどにな、若いうちの出会いは貴重だからな」
「はーい、シンくんもまたね。今度この埋め合わせはさせてもらうよ。スー、付き合わせてごめん、行こ?」
ナギは今までの勢いが嘘であったかのように急に引き下がった。
シンやカィリからしたら、突然やってきて突然去っていった嵐のような少女だ。
「あ、そうだ。おい、最近この辺りで良くない噂が流れてる、お二人さんも気をつけろよ!」
歩き去るナギとスーの背に向かって、カィリの大声が響く、それを受けてナギは手を振って応える。
その様子は負の色眼鏡があってなお、かわいらしく見える。
しかしその時、趣味も好みも違うシンとカィリの意見は珍しく一致した。
「なんか………おっかねえ嬢ちゃんだな」
その呟きの真意がどこであれ、シンは彼の言葉を否定することはなかった。
***
「………あなた、あいつに気でもあるの?」
船着場から街道へと戻る坂を登っている途中で、スーがナギに問いかけた。
質問の意図は分からず、ナギは首を傾げる。
「なんで?」
「なんでって。普通、あんなにしつこく人に過去を聞いたりしないわよ。………仮に、異性として気にしているのなら話は別だけど………いや、それでも微妙かしら?」
スーはうんざりとしたように最後の言葉を付け足した。
「あぁー、そういう捉え方もできるのか」
ナギはスーの言いたいことを理解して唸った。
彼女のシンに対する行為は純粋に、彼の持つ性質に対する好奇心によるものであり、そういった情緒的なものではない。
完全に意識外の見解であったため、次があったら気をつけようと自分を戒める。
「この前は邪魔をしてしまったかと思ったのだけど、その様子だと、杞憂だったわね」
スーは意外にも少し安堵したような吐息を漏らした。
「仮にそうなら、私ならその時に言うよ。と言うか、あの時は本当に失敗したかなって思ってた。あの時も言っている筈だけど、助けてくれてありがとうね。スー」
スーは軽く鼻を鳴らして、少しだけ歩調を上げた。
ナギは前をいくスーの背中を見つめ、スーに対する認識を改める必要があるかもしれないと、漠然と考え、彼女の首で踊る赤石を軽く指で弾いた。




